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初恋の相手は空也上人立像!? 芸人・みほとけ「推しの仏像」をどっぷり語る!

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みなさんの中には、中学や高校の修学旅行などで、仏像を鑑賞する機会があった方も多いと思います。10代の感性で仏像の素晴らしさを理解するのはなかなか難しいですが、芸人のみほとけさんは、高校二年生の修学旅行で六波羅蜜寺の空也上人立像に出会い、仏像の魅力に開眼し、空也上人立像が初恋の相手になったといいます。

和樂web編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。仏像好き芸人・みほとけさんに推しの仏像やお好きな旅のコースなど、仏像愛がほとばしる熱いお話をたっぷりとうかがいました。

ゲスト:みほとけ
1994年、神奈川県生まれ。2015年にアイドルユニット・WenDeeに加入、2018年にユニットを卒業。現在、芸人「みほとけ」として活動しており、好きな仏像や寺の要素を取り入れたネタで2018年から2022年まで5年連続で「女芸人No.1決定戦 THE W」準決勝に進出している。特技は仏像ものまねで、芸人のほか、レポーター、クリエイター、執筆など、仏像関連の活動を幅広く行っている。

みほとけさんてどんな人?元アイドルで、お寺や仏像が好きな芸人

高木(以下、高):そもそも、みほとけさんってどんな方なんでしょうか?

みほとけ(以下、み):けしからん名前ですよね(笑)。お笑い芸人ではあるのですが、浄土宗総本山知恩院発行の月刊誌『知恩』にコラムを掲載いただいたり、作務衣をつくったりなど、仏像関連のお仕事をいろいろやらせていただいておりますので、「女性タレント・レポーターなど何でもやる、お寺や仏像が好きな芸人」くらいに捉えていただければと思います。

高:お名前の「みほとけ」は、どういった意味があるのでしょう?

み:本名は「みほ」でして、「テレビデオ」みたいなノリです。キャッチーでいいじゃん、くらいに思ってつけました。

高: 「ミ(Me)」はイタリア語で「私」のことなので、「私の仏」などと深読みしていたんですが、シンプルに駄洒落だったとは。あと、みほとけさんは、昔アイドルをやっていらっしゃったんですよね。

み:ええ、もともとアイドルが好きで、中学3年生の時にAKBの9期生オーディションを受けて合格したのですが、諸事情がありまして、デビュー前に辞退しました。
その後、高校2年生の修学旅行で、六波羅蜜寺の空也上人立像※を生で拝観したんです。教科書などでは、空也上人立像は変わったもの、面白いものとして捉えていたのですが、実物を目の当たりにすると、その渋さと物語性の深さに痺れました。
ですので、私の初恋の相手は空也上人立像です。

推し(空也上人)のファンクラブグッズ

※六波羅蜜寺の空也上人立像……空也上人は、平安時代の中期に「南無阿弥陀仏」と念仏を広め、六波羅蜜寺を開山(お寺を開く)。空也上人立像は、鎌倉時代前期、運慶の四男・康勝の作品で、口から針金でつながった木造の6体の仏が現われる様は、空也上人が「南無阿弥陀仏」の6文字を唱えると阿弥陀如来の姿に変わったという伝承を示している。

高:空也上人立像は素晴らしい作品です。空也上人のすごさを表す上で、口から仏様を出す以外の表現を考えられないと思います。

み:そこが空也上人の生き様ですから。私があまりに空也上人立像を好きだと言っていたら、仏師の方が私の思いを汲んで仏像を彫り、いつでも空也上人になれる、なりきりアートを作ってくださいました。

高:これはすごい。 本当に空也上人になりたい方でないと使ってはいけない作品ですね。

みほとけさん考案・だれでも空也上人になれる(?)アイテム

セバスチャンも空也上人気分!

み:ええ。私は空也上人立像から、こんなに素晴らしいものがこの世にあるんだと感銘を受け、改めて仏像全般に興味を抱き、仏像オタクになりました。
アイドル活動としては、AKBは辞退せざるを得なかったのですが、その後も諦めきれず、死ぬ前にやりたいと思って大学生でアイドルデビューしました。その際、アイドルは実に多彩で個性豊かだったので、私も自分の個性を探そうと考えた時に、昔から好きだった仏像に思い至りました。そして、自分の仏像関連のPR活動に名前をつけようと思い、名前を「みほとけ」としたんです。その後、アイドルグループが解散して、みほとけの活動だけが残りました。

高:では、アイドルとしての自分探しの過程で、仏像が出てきたんですか?

みほとけ:はい。その後は仏像を幅広くご紹介したいと願い、仏像のお話を面白く喋るために芸人になりました。こうして私は仏像のために芸人になり、最近ですと、学校に呼んでいただいたり、お坊様の研修会で私がどれくらい仏像が好きかを語ったりするなど、活動の範囲が少しずつ広がっています。

高:みほとけさんは、ものまねも得意と伺いました。

み:はい。ものまねが好きで、みちょぱ(池田美優)さんや井上咲楽さんや仏像のものまねをしています。先ほどの空也上人立像のように、すごいもの、憧れるものを自分の体に落とし込みたい、という思いがあります。

高:仏像のすごさは、顔が三つで手が六本あったりするにもかかわらず、美しさが破綻していないのですよ。そのような像を自分が作ったら、おかしなものになってしまうと思います。最高峰が興福寺の阿修羅像ですよね。私、興福寺からお許しを得た上で、阿修羅の腕を「アシュランアーム」と名付けて雑誌に掲載しました。特に指が好きなんです。

みほとけ:これはすごい……! ものまねをするとき、このイメージが欲しいです。

みほとけさんにとって仏像とは?三位一体の魅力を備えた存在

高:仏像を鑑賞する方は、彫刻として好きな方と、祈りの対象として参拝する方といらっしゃると思いますが、みほとけさんにとって、仏像はどのような存在ですか?

み:仏像は、彫刻のような美術作品であり、祈りの対象であり、それにもう一要素、歴史的ロマンでもあると思っています。私にとって三位一体で、人生のパートナーは仏像だと思っています。

高:死んでからもお付き合いできますから(笑)。最近感銘を受けた仏像はありますか?

み:長野県諏訪市の佛法紹隆寺にいらっしゃる諏訪大明神御本地普賢菩薩(すわだいみょうじんごほんじふげんぼさつ)※です。神仏習合※をテーマの一つとした特別公開展『諏訪信仰と仏たち~諏訪上下社神宮寺由来仏像一斉公開』が開催されていて、いろいろな像を参拝することができました。
諏訪大社の神官だった諏訪氏は、鎌倉幕府の執権を世襲していた北条氏と親交があったため、鎌倉時代の像がふんだんにあり、慶派※仏師の見事な仏像がたくさん残っています。
そして諏訪大社上社神宮寺普賢堂のご本尊であるこちらの普賢菩薩像は、菩薩様が象の台座に乗っていらっしゃて、その象がゆるかわいい感じなのですが、生命力の証であるオチンチ○がついていたんです。そのため、この像そのものが夢ではなくて現実、生命を宿した存在なのだと実感できました。

※諏訪大明神御本地普賢菩薩……普賢菩薩は菩薩の一尊で、仏の慈悲と理智を示して人々を救う賢者であり、白象に乗ってあらゆる場所に現れ、全ての生き物を救うとされる。
諏訪大明神御本地普賢菩薩は諏訪大社上社神宮寺普賢堂の本尊で、普賢菩薩像には文禄2(1593)年の銘が刻まれているが、台座の白象は鎌倉時代(1292)のものとされている。

『普賢菩薩像』平安時代・12世紀 絹本着色 東京国立博物館 
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※普賢菩薩様のお姿の参考。白い象に乗り、両手を体の前で合わせた姿で描かれています。

※神仏習合……日本で平安後期から明治維新辺りまで根付いていた信仰で、神と仏を一体のものとして敬う思想。その後、廃仏毀釈によって多くの文化財が破壊されるが、諏訪は廃仏毀釈の運動が激化せず、仏像などが保管されるに至った。

※慶派……平安時代末期から江戸時代の仏師の一派で、特に鎌倉時代に奈良を中心に勢力をもった一派。康慶、運慶、快慶といった、名に慶の1字をつけるものが多い。

高:その話、私も最近のテーマにしていまして、上野公園のパンダのベンチにイチモツがないんですが、つけるべきだと思っています。そういうのを隠すのは子どもの教育上宜しくない。今、諏訪大明神御本地普賢菩薩の象にはついていらっしゃると伺って、非常に感動しました。
諏訪大社ですと、近くに万治の石仏※がありますね。万治の石仏は日本仏像史でも独特の位置づけで、岡本太郎さんが絶賛していました。

※万治の石仏……火山岩である安山岩を胴体として上に仏頭を乗せた石仏で、万治3(1660)年と刻まれていることから万治の石仏と呼ばれている。胴体正面に定印を結んだ阿弥陀如来の坐像が彫られており、胸部に描かれた逆卍や月や太陽などの記号や、巨大な胴に小さな頭が乗る姿などが非常に個性的で、多くのファンがいる。

み:万治の石仏は、水田の中に石仏がいらっしゃるんですよ。そこだけが神秘的な空間になっていて、ぐっとくるものがありました。諏訪の周りは真言宗で、万治の石仏の仏様は、真言宗式のお袈裟をお召しになっていますので、当時のお坊さんが石に宿る神秘的な何かを見出したのだと思います。

デートコースは仏像オンリー!仏像最優先の人生

高:私は一時期、『図説 仏像巡礼事典』を持っていて、旅や取材に行くと必ずその近くの仏像を拝観していました。

み:それはすごい。お寺によっては、ただの旅行ではなくて、冒険しなければならないレベルの場所もあります。

高:個人的な話で恐縮なのですが、私が女性と付き合えるかというかという基準は仏像なんですよ。付き合いはじめると、まず真冬に三泊四日で奈良旅行に行き、朝から晩まで仏像を巡る旅をします。

み:仏像ハラスメントだ(笑)。

高:ええ。それで大体関係が終わります。

み:それは終わるでしょう……。

高:冬のお寺は大変寒いのですが、仏像巡りは寒い時が一番いいんですよ。また、普通の方ですと、おいしいものなどを食べたがりますけど、それも行きません。

み:仏像を巡る旅をしていると、食事は移動時間中にしかできませんから。私も移動中にゼリー飲料などを飲んで終わらせます。

高:移動中のレンタカーでも仏像のレクチャーをしているので、付き合いはじめた女性としては、苦痛以外の何物でもないと思います。これはもう、修行です。

み:そこを乗り越えられる方は、なかなかいませんね。

高:それを乗り越えると、次は滋賀に行きます。琵琶湖周辺には素晴らしい仏像があるのですが、最終的には福井の小浜まで抜けまして、ニ泊三日ほどかかります。でも、それを突破すると、長く続くんですよ。

み:その思考は私も分かります。私は女芸人ですので、休日はどこに行くとか、デートはどこに行きたいかなどとよく話を振られます。でも行き先の優先順位は仏像が上にあるので、それに付き合ってくださる方、もしくは放置してくださる方、となりますね。ただ仏像を巡る旅は、初手ではやりづらいです。

高:いや初手でやらないと。人生のパートナーになるかもしれないし。

み:でも人間に対しては加減しないと。

高:因みに、お好きな旅のコースはどこですか?

み:奈良です。私は車を持っていないので、レンタサイクルで足をぱんぱんにしながら奈良道中を楽しみます。奈良では、ベタですけれど興福寺・東大寺・奈良公園などの一帯や、足を延ばして般若寺(はんにゃじ)や白毫寺(びゃくごうじ)の辺りにも行きますね。

高:白毫寺は、菩薩様などが前のめりでいらしたりするんですよ。我々を真剣に救ってくださるという心意気を感じます。

み:白毫寺は、閻魔大王様もいいですよね。

高:分かります。京都ですと、関心が庭などに移ってしまう。庭は庭で価値がありますし、それ自体素晴らしいのですが、仏像を巡る旅としては趣旨が違う気がします。奈良は仏像しかないからいいんですよ。奈良のお寺の中では、どこが一番好きですか?

み:聖林寺(しょうりんじ)が一番好きです。聖林寺のご住職とお友達になれました。私は息子さんと同じ年なんですよ。

高:聖林寺はご本尊が江戸期の地蔵菩薩様、子安延命地蔵※ですよね。

※聖林寺の子安延命地蔵……地蔵菩薩は菩薩の一尊で、釈迦の入滅後、5億7600万年後もしくは56億7000万年後に弥勒菩薩が現れるまでの間、現世で仏が不在となってしまうため、その期間にあらゆる生き物を救うように釈迦から依頼された。袈裟を纏った剃髪の僧侶として描かれる。(本対談では、56億7000万年後に弥勒菩薩が現れるという説を採っています。)
聖林寺の子安延命地蔵は、江戸時代中期に聖林寺の僧である文春が浄財を集めて造像した像。地蔵菩薩が文春の夢枕に立って仏師を指定し、文春は指定された但馬の石工を探し出して完成させたと伝えられる。

『地蔵菩薩像』鎌倉時代・13世紀 絹本 著色 掛幅 一幅一鋪 奈良国立博物館 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※地蔵菩薩様のお姿の参考。僧の持物である錫杖(しゃくじょう)、左手には願いを叶える宝珠(ほうじゅ)を持つ、優美な相貌の地蔵菩薩像。

み:あのお地蔵様、ばーんとした感じで迫力があって、しかもお顔が真っ白なんです。みうらじゅんさんが初めて参拝した時かなり興奮していた、という話を聞きました。

高:聖林寺の十一面観音※は、もともと三輪山をご神体とする大神神社(おおみわじんじゃ)の神宮寺、大御輪寺(だいごりんじ)のご本尊だったんです。

※聖林寺の十一面観音……十一面観音は菩薩の一尊。頭部に11の顔を持ち、極めて慈悲深く、あらゆる生き物から苦しみを抜き去る功徳を施すとされる。頭部の顔は様々な表情を浮かべており、右手を垂らして左手に花瓶を持っていることが多い。
聖林寺の十一面観音は奈良時代作で、均整の取れた仏身や謎めいて美しい指先の魅力などから高い人気を誇る。

『十一面観音像』平安時代・12世紀 絹本 著色 掛幅 中一幅左右半幅一鋪 奈良国立博物館 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※十一面観音様のお姿の参考。頭上に11の顔が表されています。

み:十一面観音は手が好きです。あと、長谷寺(はせでら)・室生寺(むろうじ)辺りも参拝します。

高:私は土門拳※という写真家から仏像に入ったので、室生寺は欠かせないんですよ。
土門は、室生寺の雪景色を撮影するために、2月19日から近くの病院に入院させてもらって待機し、3月9日に定宿にしている旅館の橋本屋に移って粘りに粘った後、とうとう3月12日の朝に雪が降ったという、感動的なエピソードがあります。その話を追体験したくて泊まったんですが、ただ私の場合、雪はすぐ降ったんです(笑)。

※土門拳……戦後の日本を代表する写真家の一人で、リアリズムを追求し、報道写真やポートレートやスナップのほか、多くの文化財の写真を残している。完璧主義者でモデルを怒らせるなど、エピソードに事欠かない。

み:それは羨ましいです。室生寺の本堂の如意輪観音菩薩(にょいりんかんのん)※、素晴らしいですよね。

※室生寺の如意輪観音菩薩……如意輪観音菩薩は観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つであり、六観音の一尊。あらゆる生き物の願いを意のまま(如意)に叶えるとされる。像は全て坐像または半跏像で、片膝を立てて座る六臂(腕)の像が多い。
室生寺の如意輪観音菩薩は平安時代中期の作で、榧(かや)の一木造りであり、観心寺・神咒寺(かんのうじ)の如意輪観音とともに日本三如意輪の一つとされている。

『如意輪観音像』鎌倉時代・14世紀 絹本 著色 金泥 金箔 截金 掛幅 奈良国立博物館 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※如意輪観音様のお姿の参考。六臂(腕)で描かれ、左の第3手の指先で法輪を支えています。

高:如意輪観音菩薩様は、女性に人気がありますね。

み:体の艶めかしさに女性らしさを感じるですけど、それに加えて強そうなんです。女大ボスに出会ったような気持ちになって、従いたくなるんです。

高:仏像ですと、みほとけさんがなさっていた、観心寺の本尊如意輪観音菩薩※のものまねとか、難しくないですか。手は六本ありますし。あのものまね、クオリティが高くてびっくりしました。

※観心寺の本尊如意輪観音菩薩……平安時代の密教美術の最高の仏像とされ、日本三如意輪の一つ。秘仏である。

み:観心寺の本尊如意輪観音菩薩さまの美しさにたどり着きたいと思ったんですが、本当に難しかったです。肘の角度がほんの少し違うだけで、ダサくなってしまうんです。
あのものまねは、大仏カメラマンの友人に撮っていただきました。如意輪観音菩薩様は大仏様ではないんですけど、私は大仏様も好きです。ただ、大仏様は仏像とは別のジャンルなんです。

高:仏像と大仏様の違いは、仏像好きな方にしか分からないと思うのですが、鑑賞する流れが異なりますよね。ですので、仏像が好きだと言うと、「牛久大仏行った?」などと聞かれるのですが、ちょっと違うなと思います。

み:ええ、大仏様は大仏様で魅力はありますけど、私は仏像ファーストです。

高:仏像だと、観音菩薩系から入る方が多いのではないでしょうか。

み:救ってくださるから、分かりやすいです。

高:不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)様※とか、羂索という縄みたいなものをかけて助けてくれるんですよ。観音菩薩様の救済テクニックってすごいものがあります。十一面観音様などは、11個のお顔全部でご覧になって救ってくださったりしますし。

※不空羂索観音……菩薩の一尊で、多臂(多くの手)を持ちシカの毛皮を身に纏う姿で描かれ、日本では一面三目八臂(いちめんさんもくはっぴ 顔が一つ、目が三つ、手が八本)とする像が多い。手に持つ羂索(投げ縄)で、人々の願いを空しいものにせず、もれなく救済するという誓願を立てている。

『不空羂索観音像』平安~鎌倉時代・12世紀 絹本 著色 掛幅 奈良国立博物館 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※不空羂索観音様のお姿の参考。三目八臂で、左肩から右脇腹にかけて鹿皮の条帛(じょうはく)を纏っています。

み:手に目がついていたりしますから。

高:救済において、如来が会長みたいなもので、菩薩が現場のトップみたいなものですよね。
みんなが如来になるために頑張っている中で、地蔵菩薩様はすごいです。お釈迦様が入滅してから56億7000万年後に弥勒菩薩様※が現れるまで、現世で仏様が不在になってしまうので、「オラ地に降りるダ」と言って、あんなに質素な格好で我々を救ってくださっています。
そういったことも仏像を好きになるまで分かりませんでしたから、お地蔵様がそんな崇高な方だと知って感動しました。お釈迦様がいなくなった時代を我々は生きているわけですから。

※弥勒菩薩……菩薩の一尊で、ゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次に現われる未来仏。未来の世界に現われて悟りを開き、人々を救済するとされている。

『弥勒菩薩図像』鎌倉時代・13世紀 紙本白描 東京国立博物館 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
※弥勒菩薩様のお姿の参考。類例がほとんどない、三十臂(腕)の弥勒菩薩像。

み:それを分かった上で、おばあちゃんたちがお地蔵様に帽子をかぶせているところなどを見ると、ぐっと来ます。ああ、このお地蔵様は、おばあちゃんたちを救済しているのだなと。

高:我々は釈迦・弥勒菩薩不在時代を生き抜かなければならないですから。弥勒菩薩様が現れるのが56億7000万年後で、お釈迦様がいなくなって2500年経っているので、あと56億6999万7500年くらいですかね。その間、我々はどうすればいいんでしょうか。

み:仮に100年生きたとしても、56億7000万年の中ではあっという間ですから。
そうですね、私としては、私の芸人活動をご覧いただき、話を元にして仏像を拝みに行っていただけると嬉しいです。仏像への入り口は、私みたいなマニアックなものでなくていいんです。ちゃんと拝めばパワーをいただけるので、ライトな感じでいいですし、旅行の一環として仏像を拝観していただければと思います。

高:それ、私は認めません(笑)。身も心も捧げないと。

み:まあ、それがベストです(笑)。

書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。