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2019.08.16

京都旅行で必ず食べたい!京寿司専門店いづ重の絶品鯖寿司「極上」はどこで買えるの?

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数ある鯖寿司(さばずし)のなかでも絶対おすすめの逸品があります。京都の老舗いづ重の鯖寿司、その名も「極上」。今回はこのおいしさに徹底的に迫ります!

京都の老舗が打ち出す画期的な新商品誕生秘話の裏側に迫る

京都で老舗と呼ばれる100年以上続く専門店。取材をするたびに感心するのは、こんな斬新な発想が! と驚くものが100年以上前につくられたものだったりすることにあります。

時代を超えてすごいね、と認められているもの。それは店にとってはベストセラーであり、ロングセラー。だからこそ私はその店から生まれる新商品に興味がわきます。できたばかりのものが100年前から店にあるものと並んでいても、違和感がないような新商品を考えることって、難しいの? それともお手本が先にあるだけに、案外するっとできてしまうもの?

そんな話を老舗の当代に聞きたいと思ったきっかけは、今回取り上げる「いづ重(いづじゅう)」の4代目店主・北村典生さんとの会話でした。和樂2016年10・11月号で「京寿司、折り詰めの美学」という小特集を担当したときのことです。
いづ重(左端)を含む10軒の自慢の寿司が折箱に。詰め方の美学も見どころ。

折箱に詰められたばかりのお寿司を店の奥で撮影していたとき、横に立っていた北村さんは箱の中を見てつぶやいたのでした。
右上から時計回りに、ぐぢ(甘鯛)・小鯛・鯖・鱧の姿寿司。酢飯の上に調理された魚の身をそのまま置いた棒寿司をいづ重では姿寿司と呼ぶ。大きくて丸い寿司の形は「いづう」譲り。

「100年前からあるもの(左下の鯖姿寿司)と僕の代からできた寿司(右上と右下、右上のぐぢの姿寿司はこの記事で紹介します)が同じ箱に入っていても違和感ないねぇ」。「どうしてでしょうね?」という私の問いに、「ずっと自分の店のお寿司を見てきているから、できるんでしょう」とご主人。

そう軽く言えるところがシビれるのですが、100年以上のロングセラーと肩を並べるものをつくるには、この先100年以上売るぐらいの自信のあるもの、、、のはず! そんな当代の思いが詰まった老舗の新商品をひもといていきましょう。

いづ重は明治45年創業、鯖寿司で知られる京寿司の専門店

初代重吉が奉公先の「いづう」からのれん分けを許されて八坂神社の近く(真葛ヶ原)で創業。現在の場所に移転したのは戦後から。ちなみに、いづうは若狭湾から洛中に運ばれてくる”ひと塩鯖”を用いた鯖寿司を初めて商品化した店であり、今もトップを走り続ける京寿司界の名門。いづ重はいづうの約130年後に開業したことになります。

いづうに続く高級店として知られるいづ重ですが、こちらは親しみやすい雰囲気。地元の人がぶらっとおいなりさんだけを買いに寄ったりするんですよ。オープンスペースになった入り口の調理場をのぞいて見てください。ピリッとした職人さんの動きや言葉数少ない会話のなかにも、なごやかな空気が伝わってくるんですよね。家族を中心に少人数で商いをされているからなんでしょう。
右が4代目当主・北村典生さん。店と自宅を兼ねたここで生まれ、現在も暮らしている。

細く長い店の奥にはお寿司が食べられる空間も。ずらりと飾られた伊万里のうつわは、初代のころ出前に使われていたもので、これを眺めて食事をするのがまた贅沢。食事処のさらにその奥にはネタを仕込む調理場があり、食べているかたわらでおかみさんやスタッフが店頭の調理場と行き来するわけですが、このざっくばらんな雰囲気もわたしは好き。昔の人も持ち帰りの注文を待つ間に「ちょっとつまんで行こうか」なんて言いながら腰掛けていったのかもしれませんね?
机には季節のお花が置かれている。花街・祇園に構える老舗の美意識はこんなところにも垣間見られる。

ここでおさらい、京寿司ってなに?

京寿司の前に、関西で食べられてきた寿司の歴史の説明が必要ですね。関西では寿司の歴史は古く、平安時代にさかのぼるのですが、そのころは木型に入れた熟鮓(なれずし)。そこから時代が江戸に下って箱にネタと寿司飯を詰めて押す箱寿司が生まれ、のちに巻寿司棒寿司に発展しました。ネタに生魚は入らず、塩や酢にあてる、焼く・煮るなどの工程を経た寿司ネタが用いられます。ネタはあらかじめ味付けがしてあり、それに合わせて寿司飯にもしっかり甘みが付けてあるので食べるときには醤油を付ける必要がありません。

京都は海に面していないため、若狭でひと塩をあてた魚しか入手できませんでした。それをどうやっておいしく食べるか、その研究心が生んだ傑作が鯖寿司(塩をした鯖を酢で〆て酢飯と合わせ、昆布で巻いて鯖の旨みをさらに引き出す)なわけです。そんなわけで、京寿司の代表と言えば「鯖・箱・巻」。鯖寿司、箱寿司、巻寿司のことで、大枠で見れば京寿司も関西寿司と言えます(鯖寿司に関しては大阪寿司と製法などいろいろな点で違う)。

大きく異なるのは、いづう・いづ重がわかりやすい例ですが、京寿司は「花街」を中心に発展してきた点。宴席で映える寿司が重視され、見た目も麗しいように工夫が重ねられてきた歴史をもちます。

さらに京寿司が素敵だな、と感じるのは行事に応じた寿司があること。夏の訪れを告げる鱧寿司、祇園祭に欠かせない鱧寿司や冬になれば錦糸卵をたっぷりのせた蒸し寿司など…、和菓子のように京寿司にも季節のうつろいがあるんですよ。

いづ重の永遠のスタンダード、それは巻寿司

こんにちまで老舗が続いてきた家宝とも呼べるものを毎回ご紹介していますが、本題の鯖寿司話が後に続くのでここでは別のものを。鯖寿司の次に続くロングセラーは? その答えは「巻寿司」でした。
宴席でどこから手が伸びてもお寿司が皿の上できれいに見えるように先達の寿司職人が考えた「石段積み」の巻寿司。皿は赤楽、店にあるお宝です。露地物の三つ葉の旬は2月から3月で、そのころの巻寿司の味は別格!

「100年前とまったく変わらないままだと思うんです」とご主人。
かんぴょうにしいたけ、三つ葉と厚焼き玉子…昔から日本人が食べてきた具材ですよね。いいえ、このお寿司の見どころはそこではありません。
中心をご覧ください。ぐるっと芯の具を巻く「白いかんぴょう」!!

おだしで炊くので色は付かないとしても、かなり上等なかんぴょうでないとこの白さは出ません。これこそが「いづう」からのれん分けが許された店である証であり、この繊細な美意識が祇園街生まれの寿司屋である象徴です。こんな意匠を寿司飯の中に施すセンスって、すごい。
「ひとつのお寿司の中に異なる食感が詰まっているでしょう。だから食べ続けていても飽きない。栄養素から見てもバランスがいいし、昔の人の知恵ですよね」とはおかみさん。しいたけとかんぴょうを薪釜で炊くのはおかみさんの担当だそうで、それはもう想像を超えた手間のかかりようだと思うのです。「うちはガス代を惜しまず(笑)、炊き倒しますよ」とご主人が言うように、じっくり、ゆっくり味を含ませた乾物のおいしさといったら。わたしにとってここの巻寿司は、手間ひまかけた「食の工芸品」。ありがたくいただいています(帰りの新幹線でつまむのにもぴったり。お酒のお供にも申し分なし!)。

いよいよ本題。鯖寿司の極上とは?

これまでいづ重が提供する鯖姿寿司はひとつだけでした。それが2017年の初秋に「極上」を販売。京寿司界の鯖寿司でいちばん高価と言われていたものを越す金額設定に驚いたことを覚えています。

意を決してわたしが買いに行ったのは、発売から半年が経っていました。これまでの鯖寿司とどこが違うのでしょう? との問いに、ご主人はこのポーズ。
いづ重
脂のノリがまったく違うもんなんです。身が透けて見えるでしょ? 極上に使う鯖は身がピンピンしていて、塩をしても酢をあてても、跳ね返してきよるね」。え、、、どうやってそんな鯖を確保できるようになったのですか?

いづ重の伝統、鯖の仕入れは「箱買い」。中身を見ないで信用で買います

「前々から、仕入れた鯖の中にもこれは明らかに別格!と思うものはあったんです。ただ、それを別枠にして売るほど手が回らなかっただけで。もちろんここ数年で流通が格段に進んでいるので、京都に届くまでの鮮度も良くなっているのは確かなんですが」とご主人。

いづ重の鯖の仕入先は長崎県対馬。巻き網で集められた鯖の中で「上にいる」=「より良い良い状態でいるもの」を集めて箱に詰めたものを魚屋さんに任せて買い付けてもらっているのだとか。「いわゆる箱買いですよね。だから、箱を開けるまではその魚屋さんもわからないし、僕もわからない。漁師さんと魚屋さんの付き合いに任せているだけです」。

箱の中には通常の姿寿司に使う大きさの鯖が均一に入っているわけではなく、「寿司には使えないほどの小さい鯖も入っていることもある」一方で、「びっくりするぐらいの大物」も入っているとか。その大物を「極上」にあてているそうですが、効率や採算を考えていたら、箱買いなんてできないはず。

おいしい鯖寿司を期待してくれるお客様がついているのがわかっているから、こんな商売ができるんですね。老舗というブランドがあっても、それを貫くためには苦労も多分にあることでしょう。「鯖の値がつり上がったときでも、一度箱買いするって決めたらずっと続けて買う。それが信頼を得ることなんですよ」。
いづ重昆布1枚を巻く店も今は希少。昆布から出るだしがまろやかな旨みになります。
ぶ厚い鯖が、米が、輝いている!

「極上」を発売したら、思いもかけない反応が

「極上」に選ばれた鯖は、優先して仕込みがされるとのこと。そこにも味の差が出るのでしょうね、品のいいという表現がぴったりな味でした。脂がのっているのにそれが重く感じないのが不思議。鯖寿司は昆布と鯖、寿司飯が熟れていく過程を味わうものですが(その日で食べ切らずに、味の変化を楽しむのがおすすめ)、「極上」はその熟れ方もまろやかでした。

京寿司界の革命ともいうべき「極上」を生み出して、周囲の反応はどうでしたか?

「同業者はこっそり買ってくれているみたいだけれど、、面と向かっては何も言われたことはないねぇ。困ったことは、お得意様から『この上をつくれ!』って求められることかな。それは難しすぎる(笑)」。

なんと贅沢な! でもその気持ち、わかります。ご主人の手わざをもっと使って、これ以上においしいお寿司をつくってもらいたい。「極上」はご主人の心意気が生んだ賜物ですからね。高額ですが、その裏には目先の儲けだけを考えては到底できないような手間や損得抜きの人間関係が詰まっている。老舗で買い物するって、その価値に感動したり、共感することだとわたしは思っています。

稀代のヒットメーカー4代目の転機は、20年前の新作・ぐぢ寿司にあった

「極上」をさかのぼること20年前、4代目は京都人が平安時代からこよなく愛する「ぐぢ(甘鯛)」を京寿司として商品化しています。これまでさんざん「極上」が高額寿司と説明してきましたが、実は「ぐぢの姿寿司」の方がもっと高額。ですが、料理屋で甘鯛を頼んだことがあるならこの価格、納得のお値段のはずです。

「近所の料理屋連中はこの寿司を気に入ってくれてるんですけれどね。『お前、こんな身の使い方してアホか』って言われました。うちのお寿司は姿寿司にこだわっているんで、片身をそのまま使うわけです。『料理屋だったら片身だけで2、3万いただけるのになぁ』って言いながら、おいしいって食べてくれはる(笑)」。
とろんと艶やかに光る薄桃色のぐぢの身が見えますか? 口の中がとろっとろ、悶絶です。「ぐぢのお寿司は香りもごちそうやね」とご主人。

「原価ギリギリ」の価格設定でも発売した当初はそれほど売れなかったとか。京都の人はひと塩をしたぐぢのおいしさをよくわかっているけれども、京都以外の人はその味を知らない人の方が多かったかもしれません。「ここ最近ですよ、コンスタントに注文が入るようになってきたのは」。

売れなくても、ずっとつくり続けてきた理由はなんですか?

「どうしてもこれじゃなきゃダメな人がいるのを僕が知っているからです。ぐぢの寿司を食べたら、『鯖はもういらん』って言うのよ。特に地元の人はね」。

「極上」の鯖寿司と同じですね、それを食べたら「ほかはいらん」となるほどの商品をつくり出すこと。京寿司が好きで好きでたまらない人に向けて、ご主人は淡々とできることを叶えていっているわけです。昔と同じ寿司の形、つくり方で!

「ぐぢ寿司もね、もっと前からアイディアはあったんです。でも魚の入手ルートを確保するのに時間がかかりました。それにぐぢは水分の多い魚なんで、いかに水気を抜いて寿司に仕立てるかが考えどころなんですが、それは寿司屋なんだから考えるのはあたりまえですね。もっと、つくりたい寿司はありますよ。真魚鰹(まながつお)に鰰(はたはた)…。昔から京都で食べられてきた魚なのに、寿司になってないものはまだまだあります」。

最後に、夏から秋にかけて限定で販売される新商品をご紹介します

こちらも4代目が2018年に考案した「焼きあゆ笹巻き ふきみそ入り寿し」。
いづ重
三角型に整えられた笹巻きをほどくと、ひと口サイズのお寿司が顔を出します。見えているのは風干しした鮎を、さらに塩焼きしたもの。寿司飯との間に、自家製のふきのとう味噌。笹の香りも加わって味の三重奏が口内に響き渡ります。

鮎の塩焼きを開いて酢飯に挟む「鮎寿司」は京寿司の定番で、それもそれでおいしいのですが、風干しにするとは! 京寿司で扱うネタはどこの店もほとんど同じなのですが、どこの店もそこにちょっとした工夫を加えて、自分なりの店の味に仕立てています。その違いが面白いんですね。

京寿司の未来は、決して明るいとは言えません。とにかく仕込みに手間がかかるので、若い人は同じ寿司なら江戸前の寿司職人を目指すのが現状。鮮魚を扱う高級寿司店ならひと晩でひとり2万円以上のお支払いがあたりまえになってきていますからね…。京都にある京寿司店は、減ってはいないけれど増えてもいない一方で、街中にどんどん江戸前寿司ができているのがなんだか寂しい。

京寿司の文化を残したい、と願うなら皆さんも食べてください。指でつまめる大きさの中に、京都の風土や文化、職人の手わざがぎゅっと詰まっています。

いづ重
京都府京都市東山区祇園石段下
075-561-0019
※水曜定休ですが2019年7月中の毎水曜は開業し、翌木曜が休業日に変わります(8月1日も休業)。ご注意ください。
新幹線京都駅構内にて「巻寿司」ほか数量限定で販売中

*次回は開化堂の茶筒「Tea Bag缶」を紹介します。

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書いた人

職人の手から生まれるもの、創意工夫を追いかけて日本を旅する。雑誌和樂ではfoodと風土にまつわる取材が多い。和樂Webでは街のあちこちでとびきり腕のいい職人に出会える京都と日本酒を中心に寄稿。夏でも燗酒派。お燗酒の追究は飽きることがなく、自主練が続く。著書に「Aritsugu 京都・有次の庖丁案内」があり、「青山ふーみんの和食材でつくる絶品台湾料理」では構成を担当(共に小学館)。