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2019.12.06

精進料理とは?ベジタリアンやビーガンが注目!日本の「もどき料理」を解説

この記事を書いた人

毎日、行われる食事。
無意識に繰り返していることほど、日々の積み重ねで、自分だけではなく周囲の世界にも与える影響が大きいものです。
日々、繰り返されるこの行為を意識的に行ってみたことはありますか。
今、西洋社会を中心に食の意識改革が世界規模で広がっており、食生活の変化も起こっています。

肉食の食文化が根付いていた西洋社会でさえ、動物の殺傷を行わない西洋版の精進料理のような食べ物や、こうした食べ物を提供する飲食店なども増加傾向。健康・環境意識が高い人、若い人などを中心に人気なのです。

どうしてトップ画像にハンバーガー?と不思議に思っている人もいるかもしれませんが、実は米国でさえ、今、大豆ミートを使用した植物性素材によるハンバーガーが大人気。疑似肉という発想は、まさに日本に古来からある「精進料理」の中の「もどき料理」に通ずるものがあります。

今回は、最近、世界において飛躍的に増加中のベジタリアンやビーガンを、日本が誇る古来からある食文化の「精進料理」と照らし合わせながら、その魅力をご案内します。

精進料理とは?


ユネスコ無形文化遺産に登録されている日本が世界に誇る食文化「和食」。
その発展の元となったのが精進料理です。

和食は、仏教文化から誕生したもので、僧侶の修業期間に食されている長い歴史もあります。
すべての命に感謝し、調理されるので、動物の殺生も一切行われません。
これにより、仏教の戒律に従った野菜や穀物といった植物性食品だけが、食材として使用されることが許されています。

それはまさに、今、急増中のベジタリアンやビーガン料理のさきがけのような料理なのです。

驚くほど種類がいっぱい!現代のベジタリアン

精進料理のお話の前に、まずは現代のベジタリアン事情についてご説明しましょう。
ベジタリアンと一口に言っても、驚くほどに様々なタイプが存在します。

卵、乳製品、はちみつ等、動物が関わっているものは一切口にしない完全菜食主義の「ビーガン」や、ビーガンをさらに推し進めた、衣食住の全面において動物を殺生しない「エシカル・ビーガン」。

仏教の戒律に基づいた植物性食材だけを口にする「オリエンタル・ビーガン/ベジタリアン」。そして、ビーガンよりも更に推し進めた考え方を持つ「フルータリアン」は、収穫しても植物自体の命は絶たれない、葉や、植物が最終的に生産した果実、種子、ナッツなどを食べる植物も殺生しない菜食主義者です。

また現在、一番多いのが部分的なベジタリアン。「基本はベジタリアンだけど、乳製品、卵、魚介類、鶏肉のいずれか、もしくは、それらは食べる」というタイプです。たまに動物性食品を口にする「フレキシタリアン(ゆるべジ)」、肉の消費量を減らす食生活を行う「リデュースタリアン」などがいます。

さらには、水に加えて、コーヒー、青汁、スムージー等の植物性の液体だけを飲んで生きている「リキッダリアン」や、光などの「気」からのエネルギーを摂取して生きる「ブレサリアン(プラーナタリアン)」というもはやベジタリアンを超えてしまっている驚きの人たちもいるんです。

「五葷」が禁じられている精進料理

さて、精進料理が一般的なベジタリアンやビ―ガン料理と大きく異なるのは、煩悩へ刺激を与えないといわれている植物性食材を使用している点です。

煩悩への刺激を与えるといわれている5種類の野菜は、仏教世界では「五葷(ごくん)」と呼ばれており、ニンニク、タマネギ、ネギ、ニラ、ラッキョウがこれに含まれます。
この5種類の野菜は、仏教の宗派や時代によっても多少異なるようです。

五葷は、人間が元来持っている「気」を傷つける野菜とも言われています。
また、臭いが強いことで修行の妨げとなったり、欲情や怒りを仰ぐ煩悩への刺激物となることも理由となって精進料理での使用が禁じられています。

さらに、ニンニク、タマネギ、ラッキョウといった球根類は、球根部分が植物の肉体そのものに当たるので、殺生して命を奪わないという観点からも五葷として禁じられています。
僧侶の修行の目的は、人間の本質を悟ることであるので、修行者の気を損なうとされている五葷を口にすることはありません。

インドの古来からある伝承医学のアーユルヴェーダでも五葷は精神的なバランスを崩すものとして記されています。古代のインドを起源とする宗教には、「非暴力(アヒンサー)」の重要性が教義の中でしっかり説かれています。仏教自体、インドから元々は来たものなので、こうした歴史的つながりもあるのでしょう。

仏教の宗派によって異なる戒律の違いでも多少の差異はありますが、精進料理は五葷を抜いているためベジタリアンの種類のうち「オリエンタル・ビーガン/ベジタリアン」に入ります。

ちなみに、オリエンタル・ビーガン/ベジタリアンの食生活を送っている人や、ヨガなどを通して肉体と精神を鍛錬し、自分の意識世界を広げていっている様な人々の間では、五感や五感を超えた様々な感覚がさらに研ぎ澄まされるというのを実感している人も少なくないようです。

こうした側面からも、精進料理は、精神的にも肉体的にも健康的な日常を導く食事であるということも分かります。

そもそもなぜ、仏教は肉や魚を食べないのか?

仏教の発祥地のインドでは、昔は条件付きで肉や魚も食べていました。

それは、僧侶は信者からお布施として食べ物を与えてもらっており、その食べ物を選り好みできなかったという歴史的な背景もあります。
しかし、肉や魚といった動物の殺生を行って調理されたものを口にできるのは「三種の浄肉(さんしゅのじょうにく)」という3つの条件を満たしたもののみとされています。

※三種の浄肉・・・「見」、「聞」、「疑」が無い浄肉のこと。
「見」とは、自分に差し出されるために動物が殺されるところを見ていない肉。
「聞」とは、自分に差し出されるために動物が殺されたという話を聞かなかった肉。
「疑」とは、自分に差し出されるために動物が殺さたという疑いが無い肉。


しかし、三種の浄肉が認められているのは、小乗仏教(※)の世界においてのみ。
こうした歴史的な背景もあり、タイ、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどの小乗仏教圏では、現在でも精進料理という概念は存在しても、この料理自体は発展していません。

一方、中国、朝鮮、日本、ベトナムなどの大乗仏教圏(※)の寺院の食事では、動物性の食材を口にすることが禁止されているので、完全植物性の食事となっています。
これにより、大乗仏教圏で仏教の戒律に基づき誕生した精進料理は、時代と共に発展してきた長い歴史があります。

※小乗仏教・・・個人が悟りを開くことだけを目的とした釈迦の教えを守る弟子たちのための教義となっているのが大きな特徴。
※大乗仏教・・・救いを求める他者を救済しながら仏道の修行を続ける菩薩の立場の段階に重点が置かれた生命のあるすべてのものを救済することを目的としいるのが大きな特徴。

日本における精進料理の歴史

精進料理は、仏教が中国から伝わったのと同時に日本に入ってきたものです。
比叡山の天台宗寺や高野山の真言宗のお寺の食事として導入されはじめ、作法や調理スタイルの原型が誕生したのは奈良時代や平安時代と言われています。

仏教が庶民にも普及した鎌倉時代から室町時代になると、これまで一部の寺院で導入されていた精進料理が全国の寺院にも広まっていきました。

日本で現在調理されている精進料理は、鎌倉時代に曹洞宗の道元という禅僧によって食に対する教えが説かれた『典座教訓』が主なルーツとなっているとのことです。

和食の歴史を見ると、この料理の技術が一気に向上したのが、鎌倉時代~南北朝時代。
精進料理が日本に伝来してから、この食事を作る僧の探求心が調理技術や味付けを飛躍的に向上させたとのことです。植物性食材特有の淡白な味から、動物性食材のようなインパクトと満足度が高くなる複雑な味を生み出すために、植物性の油としてごま油を使用したり、調味料として味噌なども巧みに使い始めます。

これが確立していくと、肉や魚などを使用した料理に見立てた「見立て料理」というものが誕生し、この料理は、精進料理に欠かせない「もどき料理」のルーツとなっていきます。

こうした精進料理で誕生した和食の技術は、僧侶の間だけではなく、一般庶民にも広まっていき、和食の文化が発展する大きなきっかけとなりました。
懐石料理も精進料理が元となっている料理です。

さらに、江戸時代になると、「普茶(ふちゃ)料理」という精進料理の中華版のようなメニューも中国から伝わって来たという歴史も残っています。

この料理の大きな特徴は、ごま油を多用し、揚げ物や炒め物の料理が多いことです。また、ごま油に葛を使用してとろみ付けがされているので、これまでの日本で発展してきた精進料理に比べて食べごたえもしっかりしており、オイリーなところも、まさに中華料理そのものです。

そして、中華料理と同様に食卓を皆で囲みながら、大皿に盛られているものを取り分けて食べるスタイルという点も、「銘々膳(めいめいぜん)」という各自にお膳が用意された日本における精進料理のスタイルとは異なっています。

代表的な精進料理

精進料理と一言で言っても、様々な料理があります。
和食の食材として現在も普段使用されているものも多くあり、普通の和食の食材と思っていたものでも元は精進料理であったり、もどき料理であったものも少なくありません。

ゴマ豆腐


「ゴマ豆腐」は、「豆腐」という名前がついていますが、豆腐の原材料となる大豆が全く使用されていません。ゴマを練ったものに葛(くず)を加えて、練り固めてできたもので、精進料理に欠かせないメニューの1つです。

高野山などの精進料理の歴史が長い日本の寺院周辺では、ゴマ豆腐を味わえるお店が多いのもこうした理由によるものだったのですね。

けんちん汁


和食メニューとして現在でも定番メニューの1つとなっている「けんちん汁」も元々は、精進料理です。
現在、一般化している和食のけんちん汁とは異なり、精進だしで出汁を取り、肉や魚といった動物性の食材は一切使用されていません。

精進揚げ


「精進揚げ(しょうじんあげ)」は、主に仏事で出されることが多い、忌中期間に食べる料理としても知られている野菜の天ぷらのことです。「精進揚げ」と「精進落とし」を混乱する人が少なくありませんが、両者は全く違います。

昔の日本の仏教文化では、四十九日までの忌中期間は動物性食品を断って精進料理を食べる習慣がありました。そのため、忌中明けに動物性食品も含めて普段の食事に戻す区切りの食事を「精進落し」と言いました。
しかし、現在は、 故人の供養を願うためと関係者へのお礼として、遺族が法要後に準備する食事という意味合いが強くなっています。

精進だし」

日本料理特有の「だし」は、和食の調理に欠かせない味の決め手となる大きな要素です。和食では、鰹節や昆布などでだしが取られますが、動物性食材を一切使用できない精進料理では、昆布と干し椎茸を使用する「精進だし」が欠かせません。

鰹節よりも繊細な味なので、美味しさを見極める味付けも容易ではありません。
こうした点から、様々な調理工夫によって調理方法が複雑なことでも有名な精進料理は、和食の中でも格が高い料理として扱われています。

精進料理に欠かせない「もどき料理」

動物性の食材が一切使用できない精進料理には、肉や魚を真似た外観や味を再現した料理があります。これを「もどき料理」と言い、精進料理には欠かせないものとなっています。

がんもどき


日本のもどき料理で1番有名な「がんもどき」。
鳥の「雁(がん)」の肉を再現することを目的とした「もどき料理」であることから「がんもどき」という名前が付いています。
現在でも和食に欠かせない食材の1つです。

大豆ミート


精進料理の肉もどき料理の発想や技術を現代的にアレンジして世界的にも大人気の「大豆ミート」は、大豆を主原料とした植物性食材です。
冒頭でもご紹介しましたように、ハンバーガー大国のアメリカでも、この大豆ミートを使用したハンバーガーが、ベジタリアンでない人々にも人気を博しています。

この大豆ミートは、バラ肉、ひき肉、から揚げ風など、調理用途に応じて色々な種類が揃っているので、色々な現代版のもどき料理を家庭でも手軽に楽しめます。

西洋版もどき料理が続々と登場!


ベジタリアンやビーガン食で人気も栄養価も高いバナナの花。
現代版のもどき料理でも最近活躍しはじめており、大きな話題を集めています。

イギリスの代表料理のフィッシュ&チップスのフィッシュが、ロンドンのとあるビーガン専門店では、バナナの花をうまく駆使して魚を再現した揚げ物となっており、リピーター続出の美味しさとのことです。
このように、今まであまり使用されてこなかった食材を巧みに駆使しした西洋版もどき料理が、現在、西洋社会のベジタリアンやビーガン文化を中心に続々と登場しています。

「食べる」という行為を見直せる精進料理の魅力

ベジタリアンの種類のひとつ「ブレサリアン(プラーナタリアン)」という考え方や概念は、精進料理と通ずるものがある様にも思えます。

それはこんな経験を私はよくするからです。
日本全国を旅している最中、秘境などの非常に気が良いような場所に滞在していると、美しい景色や素晴らしい体験で感動の連続のあまり、心が常に満タンになるので、本当に不思議なことにずっと空腹を感じないような状態になるんですよね。水は適度に摂取していますが、そんな時は、きっと、良い気もエネルギーとして満タンになっているのかもしれません。

ブレサリアンは、宇宙からのエネルギーを摂取していると言われています。

私は、自分が空腹知らずの時の経験をこの様に思います。
全ての存在は、心が満たされていると宇宙と大きく繋がることができている状態、つまり逆も真なりで、宇宙と大きく繋がることができていると心が満タンに満たされている状態でもあり、自分が発しているエネルギーも宇宙と大きく呼応して、小石を投じてできる波紋の様にさらに大きなエネルギーとなって自分に返ってくるのでしょう。
このエネルギーをまた自分が摂取して、これを繰り返せる時間が長ければ長い程、空腹感を感じない期間も長くなっていくのではないのかと、ふと、そんな風にも思いました。

つまり、心底、自分が好きなことに我を忘れて純粋に没頭している時間も同じようなことでしょう。
宇宙と大きく繋がることができている状態にあれば、ブレサリアンのような宇宙エネルギーの循環が盛んに無意識のうちに行われているはずです。


では、人はなぜ、「食べる」という行為を行うのでしょう。
食べるという行為を否定しているわけではありません。
もし、見えない根底にある恐怖や妄想が原因であるのであれば、それが無くなった時、この行為に対する無意識さに大きな変化があらわれるかもしれない。
もしくは、食べるという行為を意識的に行ってみると、無意識さの中にあった恐怖や妄想が幻であったことに気づくのかもしれない。

精進料理は、そんなことにも気づきを与えるきっかけをももたらす不思議な魅力にも溢れていると私は思います。
だからこそ、人間本来が持っている「気」を損なうとされる「五葷」という概念も存在するのでしょう。

「食」が変われば「気」も変わる。
食材そのものというよりも食材の気を「いただいている」んだと思います。

日本の「精進料理」のレベルの高さと「もどき料理」の技術は地球を救う!?

精進料理は、仏教という宗教的な側面だけからとらえられるのではなく、その本質に目を向けられて文化として進化・発展を遂げている点も精進料理の素晴らしさや大きな魅力の1つだと思います。
その派生文化の1つがユネスコ無形文化遺産に登録されている日本が世界に誇る食文化「和食」。
そして、現在、現代版の精進料理やもどき料理にも通ずる、西洋のビーガン/ベジタリアン文化が、更なる発展を遂げようとしています。

西洋のビーガン/ベジタリアン文化にも日本の精進料理やもどき料理は大きな影響を与えています。

大乗仏教の文化がある国では精進料理文化も根付いており、日本とは異なる様々なスタイルの精進料理やもどき料理がありますが、健康面や調理技術の高さ、洗練度、おいしさなども含めて総合的にみると、日本の精進料理は世界的にも誇れるレベルの高い逸品です。


精進料理に欠かせない「もどき料理」においても、西洋的なもどき料理は、日本のものよりも、健康面の影響を懸念せざるをえない程の加工が過度にされているものや、季節の旬の素材の良さを十分に発揮しきれていないものもまだ多いようです。

そういった意味でも、食材の素材の良さも最大限に活かし、食の安全性もしっかり考慮された日本が誇る精進料理やそこから誕生したもどき料理は、動物にも環境にも人間の体にも優しく、味も見た目も素晴らしいので、その調理法にもさらなる注目が集まっているとのことです。
日本の人気の宿坊などでは、人気のおしゃれな洋食メニューが精進料理で出されたりと、現在も進化し続けている精進料理をいただけることもあります。

世界的にベジタリアンやビーガンが急増している今、日本の精進料理やもどき料理の技術、発想などは、これからさらにもっと世界で活用され、更なる高い評価を得ていくものの1つだと思います。
それと同時に、地球環境を改善していける大きな道にもつながっていくと思います。

ゆるく長く楽しみながら続けることが大事!

自分の行動の責任の1つとして食生活にも意識し始めている人々が、西洋社会の特に若い世代や環境・健康意識が高い人々を中心に世界的に広がるように増加傾向にあります。
しかし、日本は、日本古来のオリエンタル・ビーガン/ベジタリアンである「精進料理」や「もどき料理」において、世界屈指のレベルや技術がありながらも、まだこうした分野では、不思議なことに後進国。
近くにありすぎるものは、意外と見えないものなのでしょうか。
それとも日々の生活の意識の高さの違いなのでしょうか。

自分の住む環境と精神的、肉体的健康は常にリンクしているもの。
このような意識が日々の生活に反映されてきた結果、ベジタリアン人口も急増しはじめ、数多くのベジタリアンの種類が誕生するほど、現代の食生活も良い意味で多様化。
こうした様々な人々のニーズに合う食を扱う産業も世界的に急成長しています。

多くの人が無意識に日々繰り返している「食べる」という行為。
ちょっと意識してみるだけで、色々なものが見えてくれば、「いただく」という行為へと変わっていくのかもしれません。

大切なのは、長く続けること。
「ゆるく長く楽しく」をモットーに、自分のその時の体調に合わせて無理せず柔軟に楽しい食生活を幅広い選択肢の中から随時、責任をもって選択していくと、小さな一歩でも日々の積み重ねで、非常に大きな変化を生み出します。

地球環境の改善、動植物の命をむやみに奪わないこと、命をいただくことの重さや日々の感謝など、自分を取り巻く環境も含めて健全な改善が図られ、その大きなつながりの中ではじめて本当の意味での心身共に健康的な生活を送っていくことができるのでしょう。
そうして、自分の意識が広がっていくと、自分自身が本当の意味で心身共に健康であることが、地球や宇宙の健康にもつながっていることにも気づくはずです。

書いた人

猫と旅が大好きな、音楽家、創作家、渡り鳥、遊牧民。7年前、ノラの子猫に出会い、人生初、猫のいる生活がスタート。以来、自分の人生価値観が大きく変わる。愛猫を連れ、車旅を楽しむも、天才的な方向音痴っぷりを毎度発揮。愛猫のテレパシーと自分の直感だけを頼りに今日も前へ進む。