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2019.12.10

静岡県の特産品「サクラエビ」が消滅の危機に!産地で起こっている異変とは

この記事を書いた人

静岡県静岡市で、大きな問題になっている事項がある。

それは「サクラエビ」だ。

駿河湾は、日本で唯一サクラエビを漁獲できる海域である。他の海では定置網にたまたまサクラエビが引っかかることもあるが、それは「サクラエビ漁によるサクラエビ」ではない。だが駿河湾の場合は、サクラエビ特定の漁が認められている。

サクラエビは、静岡県のかけがえのない特産品なのだ。

ところが、そんなサクラエビが歴史的不漁の憂き目に遭っている。

地元紙が伝える「異変」

静岡市清水区由比港。

11月は、サクラエビの秋漁の真っ只中である。漁船は夕方に出港し、夜に網を落としてサクラエビの群衆を捉える。この日、筆者はそれを見計らって午後4時頃に由比へ出向いた。

しかし、由比はどこか閑散としている。

サクラエビ漁が毎日行われるわけではないというのは分かっている。別に漁船に便乗して海に出ようとは考えてはいない。漁に向けて漁船や網の整備をする漁師の写真を撮れればそれで十分、と思っていた。もちろん、サクラエビを使った料理も食べてみたい。和樂Webの編集部には、そのつもりで話をしていた。

そんなことを書くと、静岡新聞の購読者からは「こいつは新聞を読んでいないのか」と言われるかもしれない。

静岡新聞には「サクラエビ異変」というトップ面掲載の特集があり、そのための取材班もいる。去年からのサクラエビ不漁について、静岡新聞は科学的データを基にしながら報道している。Twitterには静岡新聞とは別の、サクラエビ取材班のアカウントも用意されているほどだ。

この取材班が伝える状況は、お世辞にもポジティブなものとは言えない。

活気のない秋漁

10月から解禁された秋漁は、どう贔屓目に見ても振るっていない。

サクラエビを水揚げする港は由比港と焼津市の大井川港の2拠点。だが商業レベルでの漁を行っているのは大井川港の漁船のみで、しかもその隻数が例年よりも大幅に減らされている。

駿河湾のサクラエビ漁操業海域は3つに分けられている。北から湾奥、湾中部、湾南部と呼称される。由比港は湾奥に、大井川港は湾南部に位置するが、今年は湾南部での操業に限定されている。

が、これでも去年より幾分かは良い状況とも言える。2018年の秋漁は、どちらの港からも漁船が出ずに終わった。

今シーズン秋漁の初日水揚げ量は約2.5t。これは2017年の秋漁の3割程度だ。筆者の生年である1984年秋漁の総水揚げ量は1500tに届いたが、もはやこれは過去の夢物語のようになっている。繰り返すが、2018年の秋漁は一度も漁船が出航しなかったのだ。

静岡経済研究所の調査では、静岡県内のサクラエビ加工組合所属の業者のうち4割が廃業を検討しているという。加工業者の同時廃業は、県内の雇用情勢や税収にも悪影響を及ぼすはずだ。

静岡県や静岡市、地元の各金融機関はサクラエビ関連業者に対する緊急融資を実施しているが、無論それだけでは埒が明かない。

来年の春漁はどうなってしまうのだろうか?根っからの静岡市民であれば、口に出さずともサクラエビの話題はいつも胸に留めている。

「郷土の食材」の意味合い

筆者の育ちは神奈川県相模原市だが、両親は共に静岡市の出だ。相模原にあった公務員団地で育った筆者の友人は、みんな他の都道府県から越してきた者ばかり。一番の友人の武藤君は北海道の生まれだった。

従って、同じ団地でも世帯毎に食文化が違う不思議な環境だった。筆者の家では黒はんぺんを入れたおでんとサクラエビのかき揚げが時たまテーブルの上に出てきたが、他の家ではそんなものは絶対に出てこない。北海道へ里帰りした武藤君が「親戚みんなでジンギスカンを食べた」と聞いた時、それは一体どんな代物なんだと当時小学生の筆者は首を捻った。筆者が羊肉を生まれて初めて口にしたのは、成人を迎えてしばらくの頃。武藤君にとってのサクラエビも、おそらくそのような感じだったのだろう。

そういう環境で育つと、「郷土の食材」の意味合いや重要性が嫌でも分かってくる。

サクラエビの不漁の原因については、静岡新聞が調査を続けている。その詳細はここでは控えるが、結局は「自然環境の保全」という話になってしまう。

「タンパク質貯蔵庫」駿河湾の海産物

駿河湾は、古来から「タンパク質貯蔵庫」のような役割を果たしてきた。

山梨県には「アワビの煮貝」という郷土料理がある。これは醤油ダレで煮込んだアワビの加工食品であるが、山梨県には海がないのになぜアワビが獲れるのだろうか?

それは、かつて甲州商人が駿河湾まで出向いてアワビを買っていたからである。それを腐らないよう醤油に漬け、甲府に持ち込んだのだ。武田信玄も、合戦の合間にアワビを食べていたという。

駿河湾でのサクラエビ漁の歴史は、それよりも大幅に下る。1894年に由比のアジ漁師がたまたま大量のサクラエビを揚げてしまった出来事がきっかけだ。以来、サクラエビは正月料理等の特別な日の食べ物として、そして現代では日常の食卓にも用いられるようになった。

いや、この書き方はかなり語弊があるか。近年の不漁がたたり、サクラエビはもはや日常の食卓に登場することはなくなったからだ。現在ネット通販で出回っているサクラエビは、その殆どが台湾産である。

ひとつの食文化が、まさに今消滅しようとしている。それに対し、我々には何ができるだろうか。

書いた人

ノンフィクションライター、グラップリング選手、刀剣評論家。各メディアでテクノロジー、ガジェット、ライフハック、ナイフ評論、スタートアップビジネス等の記事を手がける。