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バーナード・リーチが愛した小鹿田焼の里を訪ねる

民藝の創世の雰囲気が今なお残る地、小鹿田

案内人・てっさい堂/貴道裕子さん

民藝運動の中心人物だった柳宗悦(やなぎむねよし)が最初に世に紹介して、英国の民藝陶芸家バーナード・リーチが滞在したことでも知られる、大分県日田市の皿山、小鹿田(おんた)。京都で骨董美術を扱う「てっさい堂」の貴道裕子さんと共に、小鹿田焼の里を訪ねました。-2013年和樂5月号より-

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小鹿田の集落の真ん中にある共同の登り窯。年に6、7回火が入る。丸2日以上焚き続け、工人たちは寝ずの番で見守るという。
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“日田の皿山”へ

天領(てんりょう)であった日田は歴史のある豊かな町で、特に豆田町(まめだまち)と隈町(くままち)にはいにしえの繁栄をしのぶ町並が残っています。隈町は筑後川が豊かに流れる水郷で、林業に栄えた奥深い町です。どちらも古き良き風格のある多くの建物や用水などが残り、それを現代に生かして各々の営みをしておられます。
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小鹿田はそこからさらに奥へ進む1本の道から始まる、10件の窯元からなる焼物の皿山です。小鹿田の集落を囲む土のほとんどが焼物となり、川の流れは唐臼(からうす)の動力となって土を衝きあげ良質の陶土をつくる。まさに天与の条件を生かした地です。川の中から唐臼のゆったりとした響きが聞こえる本当にのどかな空気漂う所です。

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轆轤(ろくろ)で成形した器は1〜3日間、庭で天日干しにする。
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同じ小鹿田焼きの中にも様々な味わいの違いが

ある窯元で素焼きながら火の入った釜を見せていただき、火の力を感じることができました。私は窯元10件とも訪ねさせていただきましたが、本当にどの窯も、それぞれの家族がひとつになって、昔からの取り決めの中、同じ工程で弛(たゆ)まず制作し続けている様子に、「あるべきように」という言葉を見る思いで、老いて学ぶ事ばかりでした。小鹿田焼は工人とその家族たちが力を合わせて伝統を守り続けています。数ある工程の中でも土づくりと、窯焚きの火入れの蓋をするという大切な仕事が女性の役目であるということも聞き、なるほど担い手としての女性の役割がまことに尊重されているのだなと納得と共に心地よさを感じました。
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素焼きのために火が入った窯。空に向かってもくもくと煙が上がる。タイミングさえ合えば、各作業を垣間見ることもできる
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あのバーナード・リーチも…

以前バーナード・リーチがつくった水差しをみたことがあるのですが、今回小鹿田焼きの水差しをひとつ手に入れました。よくリーチが小鹿田に指導したことばかりが言われがちですが、実際私が手に取ってみると、逆にリーチが、実に小鹿田から多くの事を学んだのであろうと感じられました。

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坂本正美窯の縁側で過ごすバーナード・リーチ。この写真は、リーチが皿山に滞在中、運転手を務めたという「小鹿田古陶館」の亡きご主人が撮影したもの。

●きどう ひろこ
てっさい堂を営む。1949年、京都の美術商の家に生まれる。幼いころから書画や骨董の器などの美術品に親しむ。約40年前に始めたてっさい堂では、豆皿や帯留、かんざしなど、女性が親しみやすい骨董を扱う。著書に『伝えたい日本の美しいもの、まめざら』、『染付』などがある。

-撮影/篠原宏明-

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