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日本庭園の傑作!桂離宮の美しき仕掛けとは…?

幾重にも施された美しき仕掛け

日本庭園のひとつの完成形として、今や世界的な名声を得ている「桂離宮」は、八条宮智仁親王と智忠親王親子が精魂を込め、約50年の歳月を費やして完成しました。離宮の造営を始めた智仁親王は8歳のときに豊臣秀吉の養子となっています。しかし、秀吉の側室淀君に嫡子鶴松が生まれたことから養子を解消され、八条宮家を創設し智仁親王を名乗ることに。秀吉の死後、兄である後陽成天皇が智仁親王への譲位の意を表するものの結局中止となり、不遇な人生を甘受しながら、鬱屈した日々を送っていたと伝えられています。智仁親王は幼少期から学芸に優れた才能を発揮し、早くから戦国武将で歌人の細川幽斎に師事。古典文学や漢学、絵画、琴、茶道をたしなむ文化人として成長し、譲位の一件があってからは『古今和歌集』や『源氏物語』などに没頭。そんな日々を経て、「桂離宮」の造営に乗り出すのです。

絢爛豪華な桃山文化隆盛の当時、京都の公家や町衆の間では平安時代の王朝文化への関心が高まっており、智仁親王もまた、その思いを強くしていたひとりでした。池に舟を浮かべて歌を詠み、月を愛で、管弦を奏でながら酒宴を楽しむといった王朝様式の生活―。それを実践するのに、願ってもない場所が桂の里だったのです。東に比叡山、西に愛宕山を望む山紫水明の地は、かつて藤原氏の別荘もあった場所。桂川の西岸の広大な敷地に、智仁親王は桂川から引いた水で池をつくり、池の周りには趣の異なる4つの茶屋とふたつの腰掛、持仏堂を配し、変化に富んだ苑路を設け、見事な池泉回遊式の庭園をつくり上げます。智仁親王の跡を継いだ智忠親王は、中書院や新御殿、茶室を増築。今日まで伝わる「桂離宮」の姿を整えました。

庭の苑路に沿って進むと、次に見えるはずの景観が巧みに隠されていて、新しい景観が突然展開するのも「桂離宮」の特徴のひとつ。智仁親王が密かに凝らした技巧の数々は、今も人々を驚かせています。

1.松琴亭、一の間からの優美な景観
切石橋の組み合わせが見どころ。縁側の竈は、客にふるまう料理を温めるためのもの。

2.池越しに見る時代が異なる書院群
右から古書院、中書院、新御殿。古書院には月見台がある。

3.田舎家風の笑意軒も内部はモダン
腰壁に金箔とビロードをあしらったデザインで意表を突く。(建物内部は立ち入り禁止)

4.先の景色が見えない仕掛けがここにも
書院の表玄関である御輿寄へと続く苑路に立つ、わびた風情の茅葺きの中門。

5.最も格が高い御茶屋・松琴亭
茅葺きの草庵風茶室の松琴亭は「桂離宮」にある4つの御茶屋の中で最も格が高いもの。

桂離宮の見どころ!

園内各所に、自然を凝縮した意匠をちりばめた回遊式庭園「桂離宮」。その醍醐味は、苑路を進むごとにがらりと変わる風景との出合いにある。高い生垣を抜け、橋を渡るたびに新しい風景が広がる仕掛けは、閉ざして開く景観展開を意図したもの。全体を一望できないようにつくられていて、日本美の極致ともいうべき庭や建物が次々に現れる仕掛けには、思わず感動してしまう。

桂離宮 離宮庭園

池泉舟遊・回遊式庭園 1624(寛永1)年、第一期完了
八条宮智仁親王が造営開始

公式サイト

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