伊藤若冲ワールドには日本美術の技のすべてが秘められている!

伊藤若冲ワールドには日本美術の技のすべてが秘められている!

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実際の鶏を描き続け神の領域に達した!

若冲の凄さはディテールの圧倒的な描き込み、さらには200年以上も前に描かれたとはとても思えない色彩の鮮やかさにあります。そんな超人的で卓越した描写はいかにして形成されたのでしょうか。

若冲ははじめ狩野派に弟子入りして絵を学んだと言われています。ですが彼は「狩野派が元にしている絵は中国画なのだから、それなら中国画に直接学べばいい」として、やがて京都中の中国画を模写(一説には千枚!とも)します。しかし、ここでもハタと気づくのです。

「中国画をどれほど巧みに写してみても、所詮は中国人が描いた絵をまた写しているにすぎない。自分も絵ではなく、実際のものを直接見て描かなければ意味がない」と。そこで、若冲は十数羽の鶏を庭に放って、何年にもわたって描き続けます。
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こうして鶏の姿を見尽くしたところで若冲は、「生き物のもつ“神気”を摑んだ」と親交のあった大典が記すような画力を手に入れます。実際、彼の描く動物たちが見たままをリアルに描いてはいないのに、鶏ならそのもの以上に鶏らしく見えるところが、彼の言う「神気」というものなのでしょう。若冲の超絶的な描写は、実際のものをこれでもかと観察し続けた結果生まれたものなのです。

さらに、その筆致をより鮮明に際立たせる技のひとつが裏彩色(画面の裏にも絵具を入れる)でした。この『動植綵絵』に限らず、多くの絹本着色画において若冲はこの裏彩色を採用したと考えられ、絹地と絵具を巧みに操っては色艶やかな世界を創出したのです。これは、主に平安時代の仏画などに多く用いられた技法で、若冲は数多の模写をする中でこの画法を学んだのではないか、と考えられています。

このように若冲その人の画力は、天賦の才とともに、旺盛な好奇心と伝統的な技法がまるで、カクテルのように巧みに調合され、さらにはたゆまぬ努力によって確立されたものなのです。

『動植綵絵』30幅は相国寺の『釈迦三尊像』とともに

現在、宮内庁三の丸尚蔵館が所蔵する『動植綵絵』は全30幅ですが、本来は33幅で一いの作品でした。

『動植綵絵』はもともと、若冲が相国寺に寄進するために描いた仏画ですが、明治の廃仏毀釈の折、やむなく仏を荘厳するために描かれた30幅の花鳥画部分だけが皇室に献上されることとなり、寺には一連の作品の中心的存在とも言える『釈迦三尊像』3幅だけが残されたのです。

DMA-P54-あ『釈迦三尊像・釈迦像』三幅のうち一幅 絹本着色 210.3×111.3㎝ 江戸時代・明和 (1765)年ごろ 相国寺蔵 写真提供 相国寺承天閣美術館

ちなみに、この3幅の『釈迦三尊像』は、花鳥画である現在の『動植綵絵』よりも、大きさが一回り以上も大きくなっており、若冲が相国寺の方丈に作品を掛けた際、中心となるこの3幅が目立つように計算していたことが窺い知れます。

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