嚴島神社・地獄草紙〜ニッポンの国宝100 FILE 29,30〜

嚴島神社・地獄草紙〜ニッポンの国宝100 FILE 29,30〜

目次

日本美術の最高到達点ともいえる「国宝」。2017年は「国宝」という言葉が誕生してから120年。小学館では、その秘められた美と文化の歴史を再発見する「週刊 ニッポンの国宝100」を発売中。

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各号のダイジェストとして、名宝のプロフィールをご紹介します。

今回は海上に立つ華麗な社殿、「嚴島神社」とすさまじい戒めの絵巻、「地獄草紙」です。

海上に立つ華麗な社殿 「嚴島神社」

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広島県西南部、瀬戸内の海に浮かぶ小さな島──宮島(厳島)。周囲30㎞、海抜535メートルの弥山を主峰とする山並みが連なるこの島は、古くから「神の島」として瀬戸内に暮らす人々の崇敬を集めてきました。この島の北側、弓状をなす入り江の奥で、緑豊かな弥山に抱かれ、華麗な社殿を見せているのが嚴島神社です。

創建は推古天皇元年(593)と伝えられ、平安時代中期以降に平清盛が篤く信仰したことで、繁栄を極めました。

清盛にとって、瀬戸内は特別な地でした。久安2年(1146)安芸守に任ぜられ、京都と九州を結ぶ瀬戸内海の制海権を得たことで、彼は西国へと勢力を拡大。さらには、瀬戸内経由で京都と中国の宋を結んだ日宋貿易によって、巨万の富を手にすることができたのです。嚴島神社の主祭神は、福岡県にある宗像大社と同じご祭神で海の守り神です。清盛は、瀬戸内海を行き交う船の安全を祈るなかで、嚴島神社への信仰を深めていったのでしょう。

そして太政大臣となった清盛は、仁安3年(1168)、日宋貿易で手にした財力を背景に、嚴島神社に現在見られるような社殿を造営。他の社寺建築では見られない、貴族の邸宅の建築様式である「寝殿造」を採用し、豪華にして雅な社殿が誕生したのです。さらには、舞楽をはじめとする都の文化が取り入れられ、後白河法皇をはじめ皇族や貴族が嚴島神社を参詣するようになりました。

社殿が建つのは、潮が満ち引きをするところ。満潮時には海上社殿、干潮時は砂浜に立つ社殿。潮位の差の大きい瀬戸内海という立地を生かして人々に海の神の力、さらには平氏の権力を誇示するかのような、見事な「演出」です。しかし、これは、古来、宮島全体が聖域として崇められていたために、島に直接社殿を建てることを憚ったためともいわれています。

手つかずの原生林の残る霊山・弥山を背景に、瀬戸内の海上に立つ朱塗りの社殿群。この祈りのための美しい景観は今なお、多くの人々を魅了し、1996年には、世界遺産に登録されました。

国宝プロフィール

嚴島神社

13〜16世紀 本社(本殿 幣殿 拝殿 祓殿 高舞台 平舞台) 摂社客神社(本殿 幣殿 拝殿 祓殿) 東回廊 西回廊

飛鳥時代、神託により社殿を造ったことに始まるとされ、平安時代には朝野の信仰を集め隆盛。とくに平清盛は社殿を整えるなど一門をあげて篤く崇敬し、「平家納経」などの奉納でも知られる。現在の本社本殿は16世紀、毛利元就による造替。

嚴島神社

美しく描かれた恐怖 「地獄草紙」

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生前、悪行を重ねると堕ちるといわれる地獄。地獄とはいったいどんな世界なのか、それをわかりやすく教えてくれるのが平安時代末期に作られた絵巻「地獄草紙」です。

そのころは、武士が台頭し、政変や争いが絶えない時代でした。災害や飢饉も頻繁に起こり、当時広く信じられていた釈迦の入滅後2000年で仏法が衰退し世が乱れるという「末法思想」とも相まって、人々の心は不安と絶望のうちにありました。こうした背景から、念仏を唱え、阿弥陀如来の姿を心に描くことで極楽往生できるという浄土教が人々に受け入れられたのです。

しかし、もし極楽往生できなければどうなるのでしょう。仏教では、人間は死ぬと、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天の6つの世界、すなわち六道のどれかに生まれ変わることを繰り返すとされ、これを「六道輪廻」といいます。極楽往生とは、このぐるぐるまわり続ける輪廻から抜け出し、極楽浄土で永遠の命を授かることなのです。

六道を主題に描かれたのが「六道絵」で、「地獄草紙」もそのひとつと考えられます。

「地獄草紙」に大きな影響を与えたのは、天台宗の僧・源信が10世紀末に書いた「往生要集」です。これは、極楽往生するにはどうしたらよいかを説く書物で、地獄の詳細な説明から始まります。地獄には「熱地獄」と「寒地獄」があり、それぞれ8つに分かれています。それら8つの地獄には、さらにそれぞれ16の小地獄(「別所」と呼ばれます)が付属し、そこではさまざまな方法で獄卒たちが亡者を責め立てるのです。

「地獄草紙」は、地獄について平明に説明した詞書と鮮烈な絵で構成され、現在、国宝としては奈良国立博物館蔵の奈良博本と、東京国立博物館蔵の東博本があります。奈良博本は仏教の宇宙観を解く経典「起世経」に基づき、制作には後白河法皇の関与も推定されています。東博本は「正法念処経」に基づき、地獄のひとつ「叫喚地獄」に付属する16の別所が描かれています。どちらも迫真の表現力で地獄のさまが活写され、卓越した技量の絵師によると思われますが、作者は不明です。

国宝プロフィール

地獄草紙

12世紀後半 紙本着色 奈良国立博物館本(詞書6段 絵7段) 1巻 26.5×454.7cm、東京国立博物館本(詞書4段 絵4段) 1巻 26.9×249.3cm

極楽往生を説く浄土教の広まりとともに、さかんに描かれるようになったのが地獄絵。なかでも傑作とされるのがこの絵巻。動乱の世を反映し、地獄のさまが生々しいほどの迫力で描かれる。

奈良国立博物館東京国立博物館

嚴島神社・地獄草紙〜ニッポンの国宝100 FILE 29,30〜
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