玉虫厨子・臼杵磨崖仏〜ニッポンの国宝100 FILE 89,90〜

玉虫厨子・臼杵磨崖仏〜ニッポンの国宝100 FILE 89,90〜

目次

日本美術の最高到達点ともいえる「国宝」。小学館では、その秘められた美と文化の歴史を再発見する「週刊 ニッポンの国宝100」を発売中。

玉虫厨子

各号のダイジェストとして、名宝のプロフィールをご紹介します。

今回は、飛鳥時代の総合芸術「玉虫厨子」と、61驅の国宝石仏「臼杵磨崖仏」です。

法隆寺の名宝「玉虫厨子」

玉虫厨子

現存する日本最古の工芸品のひとつとされる「玉虫厨子」。その名は、唐草模様の透し彫りの金具の下に玉虫の翅が敷かれていることに由来します。七色に輝く翅をもつ甲虫として古くから知られる玉虫をおよそ4500匹も使ったといわれる「玉虫厨子」は、飛鳥時代の工芸・絵画・建築の粋の結晶です。
 
厨子とは、仏像や経巻、釈迦の骨である舎利などを納める仏具のこと。厨房(台所)で使う調度品が転じ、仏教用具を納める容器として用いられるようになったといわれています。「玉虫厨子」も、かつては法隆寺の金堂に安置され、おそらく釈迦像が納められていたと考えられています。また、聖徳太子(厩戸皇子)を摂政にして国政を執った推古天皇が、身近に置いて崇拝していたとの伝承もあります。

高さ2メートルを超える「玉虫厨子」は、仏堂をかたどった上半分の宮殿部と下半分の台座部からなります。制作された正確な時期や、いつごろから法隆寺に伝来しているかは諸説ありますが、天平19年(747)に記された「法隆寺伽藍縁起流記資財帳」に本品と思われる厨子が記載されていることから、奈良時代には法隆寺にあったという説が有力視されています。
 
宮殿部の内部は、銅板を打ち出した多数の仏(押出千仏像)で埋め尽くされ、現在は中央に金銅菩薩立像が安置されています。台座部は須弥山(仏教で世界の中心にそびえるとされる霊山)をかたどった須弥座と台脚からなり、須弥座の4面には釈迦の物語が漆絵と密陀絵(油絵)で描かれています。
 
また「玉虫厨子」は、工芸の部門で国宝に指定されていますが、建築資料としても貴重です。現在、飛鳥時代の仏教建築はほとんど残っておらず、当時の姿は遺跡から推測するしかありません。しかし仏堂のミニチュア版ともいえる宮殿部は、屋根の途中に段差を設ける錣葺と呼ばれる様式や、棟の両端につけられた鳥の尾羽を模した鴟尾など、今は失われてしまった古い様式を有しています。礼拝の対象として作られた「玉虫厨子」は、飛鳥時代の工芸・絵画・建築における巧みな技を現代に伝える“総合芸術”なのです。

国宝プロフィール

玉虫厨子

7世紀 木造 金銅装 漆塗 密陀絵 漆絵 総高233.3cm 法隆寺 奈良

法隆寺に伝わる大型の厨子で、上部の宮殿部と下部の台座部からなる。宮殿部の透し彫り金具の下に、玉虫の翅が敷き詰められている。宮殿部、台座部ともに4面に漆絵と密陀絵(油絵)により、釈迦の前生の物語などが描かれ、細部まで巧みな装飾が施されている。

法隆寺

謎の石仏群「臼杵磨崖仏」

玉虫厨子

大分県南部を流れる臼杵川の支流・深田川の南岸に面する丘陵斜面には、61軀の石仏群「臼杵磨崖仏」があります。朝鮮半島をはじめ大陸では、石仏が多く造立されましたが、良質の石材に恵まれなかった日本では、仏像といえば金銅製や木製がほとんどでした。しかし、阿蘇山(熊本県)の噴火で生じた溶結凝灰岩という軟らかい岩盤に覆われた大分県一帯は、日本では珍しい石仏の宝庫です。
 
そのなかで「臼杵磨崖仏」は国内最大級の規模を誇ります。磨崖仏とは石仏の一種で、切り立った崖や大石に仏像を彫刻したもの。平安時代末期から鎌倉時代にかけて造立されたと考えられ、4群に分かれて点在し、地名からそれぞれ「ホキ石仏第1群」「ホキ石仏第2群」「山王山石仏」「古園石仏」と呼ばれています。

刻まれた仏像の多くは、背面が岩盤にわずかに接するだけの、立体感のある「丸彫り」に近い表現で表されています。それは同時代の木彫像と似通った造形で、とくにホキ石仏第1群と第2群に見られる温雅な仏の尊容は、平安時代後期に活躍した大仏師・定朝の作風を模範とした「定朝様」の趣を感じさせます。いっぽう、古園石仏は、大日如来を中心に、左右に4仏・4菩薩の坐像をそれぞれ2軀ずつ、その外側に、毘沙門天と不動明王を配しています。こうした配列はほかに例がなく、仏の悟りの世界を図式化した密教の「曼荼羅」を立体化したものと考えられています。

「臼杵磨崖仏」に関する確かな記録は残されていませんが、ホキ石仏第1群のほど近くにある石造の五輪塔2基には、それぞれ嘉応2年(1170)、承安2年(1172)の年記が刻まれており、磨崖仏の製作年代の目安となっています。また、天台宗との関連で造立されたとも考察されています。

「臼杵磨崖仏」は、1995年に59軀が国宝に指定。さらに2017年には、古園石仏手前の2軀の金剛力士立像が新たに国宝指定を受けました。のどかな丘陵地の岩肌に刻まれた石仏は、長年の風雨に耐えながら、この地に育まれた独自の信仰のかたちを伝えています。

国宝プロフィール

臼杵磨崖仏

12世紀後半〜14世紀 石造 ホキ石仏第1群4龕25軀 ホキ石仏第2群2龕18軀 山王山石仏3軀 古園石仏15軀 臼杵市 大分

大分県南東部、臼杵市の丘陵の崖面に彫られた石仏群で、4群に分かれる。阿蘇山の噴火による溶結凝灰岩の軟らかい石質の層に、丸彫りに近い形で彫っている。「ホキ」とは険しい崖を意味する地名。

臼杵石仏事務所

玉虫厨子・臼杵磨崖仏〜ニッポンの国宝100 FILE 89,90〜
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