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2019.10.03

都内のアート観光に。東洋美術専門美術館、大倉集古館の基本情報と展覧会レポート!

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こだわり抜いたキュレーションに痺れた!企画展「桃源郷展」

「桃源郷」とは?展示の見どころは?

リニューアルオープンとなる企画展のタイトルは「桃源郷」。陶淵明(とうえんめい)の有名な散文「桃花源記(とうかげんき)」を典拠として、俗世を離れた究極の理想郷としてこの「桃源郷」を主題として制作された山水画や工芸作品が特集された企画展です。

陶淵明「桃花源記」の有名な一節は、高校の漢文の教科書にも掲載されていることもあって、なんとなく内容を覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか?そのストーリーの概要はこんな感じ。

中国、東晋の時代(4世紀後半)に湖南地方の武陵に住むある漁師が舟で川を遡っているうちに、満開の桃林に迷い込みます。桃林の奥の洞窟を抜けると、そこには平和な別天地・桃源郷(武陵桃源)が広がっていました。その隠れ里の住人たちは、もともとは秦の戦乱を避けて同地へ隠棲した人たちの末裔でしたが、その後、漢・魏・晋と数百年間もの間、彼らはこの理想郷で俗世間の戦乱とは無縁の牧歌的な生活を営んでいたのです。しばらく桃源郷で歓待された後、漁師は家路への道中、後日再訪できるよう印をつけておきましたが、その後彼は二度と桃源郷へ辿り着くことはできませんでした・・・。

呉春「武陵桃源図屏風」六曲一双・絹本着色 江戸・天明4~5年(1784)大倉集古館蔵/元キミコ&ジョン・パワーズ・コレクションとして戦後長らく米国にあった作品。数十年ぶりの里帰りを果たし、同館へと収蔵!

本展では、陶淵明の散文に描かれた理想郷の情景を着想源にした、古今東西様々な作家が描いた「桃源郷」をテーマとした作品を一挙に集めて約30作品を展示。うち、今回新収蔵・初公開された呉春「武陵桃源図屏風(ぶりょうとうげんずびょうぶ)」をハイライトとする10作品で与謝蕪村・呉春の師弟コンビに力を入れて展示しています。

ワンテーマでここまで集める企画力は只者ではない?!

今回本当に驚いたのが、「桃源郷」という非常に限定された山水画の一テーマを追究した展示でありながら、出品される全29件のうち、館蔵品は呉春「武陵桃源図屏風」1点のみだったといいうことです。他はすべて東洋美術に強みを持つ日本全国の美術館・ギャラリーなどの個人コレクターから作品を集めて構成されていたこと。徹底的に日本全国を探し尽くさないとここまで揃うことは有り得ません!お金も時間もしっかりかかっているはず。この贅沢過ぎるキュレーションには脱帽でした!

時代・画家によるモチーフの描かれ方の違いを楽しむ

では具体的にどの部分に注目すればより効果的に比べて楽しむことができるのでしょうか?それは、「桃源郷」が描かれた作品の主要となるモチーフ「漁師」、そして「桃源郷」の村の描かれ方です。

まずいちばんチェックしてみたいのは各作品内に描かれた「漁師」です。中国・宋代から連綿と受け継がれてきた山水画において、「漁師」は俗世間の喧騒から離れ、きままな隠棲生活を謳歌する山水世界に住む「自由」の象徴でした。桃花源記でも桃源郷を発見したのは「漁師」であり、まさに作品の主役として描かれます。しかしその描かれ方は様々。たとえば、桃源郷内に到着して村人と談笑しているシーンだったり、これから洞窟を抜けて桃源郷に漕ぎ出して行くシーンだったり、作品を見比べると作者の個性や作品の時代性が反映され、各作品で違いが明確に際立っています。どの作品が一番「漁師」の気持ちになって没入できるか試してみるのもいいですよね。

特に呉春が描いた作品では、漁師=呉春、桃源郷の高士・陶淵明=与謝蕪村(師匠)と見立てて解釈することで、亡くなった最愛の師へのオマージュを表しているとも取れるのだそうです。

また、桃源郷の描かれ方も千差万別。満開の桃林の中、高士たちが琴棋書画(きんきしょが)に遊ぶ村の様子がしっかり描かれる作品もあれば、遠景に人のいない春の農村風景としてあっさり描かれた作品もあり、これもまた時代や作家によって桃源郷への思いや解釈は変わってくるのだなということを実感できます。

藍釉粉彩桃樹文瓶 景徳鎮窯 清・18世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

もう1点注目したいのは、工芸作品に現れた「桃」のモチーフ。今回集められた工芸作品は、粉彩技法による景徳鎮(けいとくちん)の名品や、精巧な堆朱(ついしゅ)の漆芸作品など、非常にハイレベルな作品揃いで目を奪われました。やはり中国美術では「桃」は「西王母」「東方朔(とうほうさく)」などの道教神話や「桃源郷」エピソードから不老長寿の仙果として、伝統的に吉祥画題として大切にされてきたのだな、と実感します。

中国・明時代の「堆朱」超絶技巧作品から、景徳鎮の明清時代の名品まで「桃」をモチーフとした良品揃いでした。

本展では、大倉集古館の実力と矜持を感じるとともに、本当に贅沢な展示空間を満喫させていただきました。与謝蕪村・呉春の師弟コンビの名作群を筆頭に、江戸絵画・中国絵画・明清時代の各種工芸など各時代や国に応じて個性の違う作家が描いた様々な「桃源郷」を徹底的に比較して鑑賞できるという贅沢な展示空間、ぜひ味わってみてくださいね。僕ももう前期だけで2回行きました!

書いた人

サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。