学生ファッションデザイナー・河合瑠夏が表現する日本のサラリーマン

学生ファッションデザイナー・河合瑠夏が表現する日本のサラリーマン

著名なファッションデザイナーを多数輩出し、世界のファッションスクールランキングで幾度も1位に輝く、ロンドンにある芸術大学の名門・セントラル・セント・マーチンズ。2019年、ここのファッション・ニット科から日本人学生・河合瑠夏が卒業した。河合が卒業コレクションで表現したのは、サラリーマンとバスケットボール選手、OLとお花屋さんなど、日本にありふれた職業のユニフォームをミックスしたものだ。河合はこのコレクションを通して、いったい何を表現したかったのだろう。クリエイションの先にある想いを聞いた。

all workers is beautiful(すべての労働者は美しい)

「卒業コレクションは、私の友人たちや姉をインスピレーションソースに制作しました。彼らの今の職業と昔憧れていた職業のユニフォームを合わせ、ひとつのルックにまとめてみたんです」

河合の同級生らはみな中高一貫校に通っており、高校卒業後すぐに海外へ渡った河合より一足先に就職活動を行なっていた。同時期に卒業コレクションの制作をスタートさせた河合は、拒むことなく自然に社会人となっていった彼らに対し、尊敬の念を抱いていたという。

「もともと友人や姉は、バスケットボール選手やお花屋さんなど、今とは別の職業に就きたいと言っていました。しかし現在はさまざまな事情で、それなりの職に就いています。当時は、自分より先にきちんと社会に出て働いている彼らのことを立派だと思っていましたし、とてもまぶしかった。さまざまな苦労や葛藤に揉まれながら働いている彼らにエールを送るつもりで、このコレクションを制作することにしました」

そこから導き出したコレクションのテーマは「all workers is beatiful(すべての労働者は美しい)」。制作したルックは計6ルックだ。彼らの過去の夢と現在のスタイルを想起させるものになるよう、取材を重ね、細かいディテールを詰めていった。

それぞれのルックに込めた想い

1ルック目は、夢はバスケットボール選手、現在は大手広告代理店で働いている男の子がモデルだ。小さい頃からずっとバスケットボールを続け、スポーツ関係のプロジェクトを志望して入社したが、今は違う仕事をしている。バスケットボールは社会人サークルでやってるようだ。仕事終わりにすぐ、バスケウェアに着替えられるようにという想いが込められている。

トップスはデジタルニットのプリーツになっており、表面がスーツの柄、プリーツの内側がバスケットボールのユニフォーム柄に。角度によって見え方が異なるのが特徴だ。スパンコールやユニフォームのトリコロールカラーで華やかな印象に。

お花屋さんになるのが夢で、現在は大学の事務員をしている友人をモデルにした2ルック目。

「ギャルっぽい子ですごく派手なイメージなんですが、いつも会うたびにお花をくれるんです。それが意外で『お花屋さんになるのが夢だったん?』って聞いたら、『そうやで』って」

友人の高校生への説明会用にいつも着ているかっちりとしたスーツをアレンジし、その上に大胆にお花の刺繍をしたり、後ろにカラフルなかぎ針編みのお花を付けた。スーツとデコラティブでかわいらしいお花の組み合わせが絶妙。

3ルック目のモデルは、大工になりたかったコンサルタントの男の子だ。家族は4人兄弟で上に姉が2人、下に弟がひとりの大家族。いつも姉たちに部屋を取られていたので、大きい家を建てるが夢だったという。

「今はコンサルタントなのでいつも時間に追われ、パンパンの手帳を持ち歩いています。ふたりでお茶しているときもずっと電話がかかってくるので、そんなに時間に追われているなら日めくりカレンダーを一面に貼っちゃえと」

後ろはアニメ「おぼっちゃまくん」に出てくるびんぼっちゃまのように、全身まるまるスーツのパーツがない。前が夢の職業で後ろが現在の職業を表現しているそうだ。腰には大工道具のようにオフィス道具一式が。

4ルック目だけ、モデルになった人物はいない。その代わり、河合が海外に住んでから気づいた、日本特有の文化がぎゅっと詰まったものになっている。

「もともと人を観察するのが好きで、新聞紙を折りたたんで読んだり満員電車にすし詰めになるのは日本独特だなと感じていました。あと細やかな気遣いや周囲の目を必要以上に気にするきらいがあることにも、海外に出てはじめて気づきました」

多忙なOLに向け、スカートにファイルホルダーを付けたり、喫茶店にある新聞紙の棚をトップスのデザインにしたりと、日本特有の細やかな気配りをくすっと笑えるユーモアに変え、アイデアをすべてデザインに落とし込んだ。プリーツをリンクさせた絶妙なデザインが目を引く。

宇宙飛行士になりたかった友人の男の子をモデルにした5ルック目。TOEIC950も取り、ギリギリまで宇宙飛行士になりたかったようだが、現在はエネルギー系の会社で働いている。

スペースミュージアムへリサーチを重ね、NASAのパッチを貼ったり、ジャケット内側のライニングをホイルで加工している。中綿入りで、パターンをとても細かく取った。後ろには、宇宙飛行士にとって一番重要な酸素ボンベに見立て、月曜から金曜までのシャツとネクタイが入ったダンタイトを背負っている。

「サラリーマンはシャツとネクタイは必需品。なので酸素ボンベのようにシャツとネクタイが入ったダンタイトを背負わせました」

6ルック目は河合の姉がモデルだ。お嫁さんになることが夢だった姉は、現在は銀行員をしている。

「職場ではいろいろと大変なこともあるようです。でも結婚したいという夢に対しては、きちんと努力をしていて。姉のウェディングドレスを作るつもりで制作したという思い入れもあります」

前はOLのベストやスカートをモチーフにした手編みのニットで、後ろを振り返るとドレスになっている。ニットとドレスの異素材の組み合わせがおもしろい。

コレクションの制作過程で

卒業コレクションの制作期間中には、デザインはもちろん、文化の違いに関しても気づくことが多かった。就職活動など、日本独特の文化は向こうではなかなか理解されなかったという。

「『なんで履歴書に写真貼るの?』と言われたり。それはすごく考えさせられました。その分、日本人らしい意味づけをしてデザインに落とし込めたのではないかと思います。あと、海外の人は色彩感覚が豊かなのですが、派手かオーガニックかのどちらかのみだったり。日本人は制服などに使われる害のない色じゃないですが、周囲への影響を配慮した色を使っている。そのような考え方は日本特有で、改めて興味深いなと思いました」

ちなみに今回のコレクションで使用したほとんどの糸は、山形にある老舗ニットメーカー・佐藤繊維のもの。河合が山形の工場へ足を運び、協力を得られることになったという。自分で糸を組み合わせてオリジナルの糸もいくつか制作したそうだ。そのような経験が河合をひと回りもふた回りも大きくした。

日本文化の中でも特に浮世絵が好きで、浮世絵のニットも制作。「ニットの柔和なイメージと浮世絵の精神性はとても相性がよいと思うんです」

現在はVISAの関係でイギリスを離れ、日本で生活をしている河合。来春からは株式会社イッセイ ミヤケの企画職で働くことが決まっている。将来について聞くとニットの更なる普及のために尽力したいという言葉が返ってきた。

「今は仕事以外でもやりたいことがやれる時代だと思うんです。だから諦めなくてもいつかチャンスが巡ってくるかもしれないし、大変な仕事の後に素晴らしい出来事が待っているかもしれない。コレクションを通して、一生懸命に働いている彼らを元気付けられたらと思います」

卒業コレクションで提唱したこの想いは、そのまま河合自身のこれからの生活を大きく後押ししてくれるだろう。河合が日本の、そして海外のファッションの架け橋となる日はそう遠くないかもしれない。

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