写真集『インフラメンテナンス』なぜ私たちは工事現場に惹かれるのか?写真家山崎エリナさんインタビュー

写真集『インフラメンテナンス』なぜ私たちは工事現場に惹かれるのか?写真家山崎エリナさんインタビュー

写真集『インフラメンテナンス 日本列島365日、道路はこうして守られている』が各方面で話題を集めている。本書を手にした多くの書店員が心を動かされ、4月の出版以来、全国の書店で相次いで特別写真展やパネル展が開かれたほど。そこに収められた写真は、なぜこんなにも見る人の心を揺さぶるのでしょうか。

撮り手は気鋭の女性カメラマン山崎エリナさん。今日も各地のインフラメンテナンスの現場を飛び回る山崎さんに、“ファインダー越しに見つめる世界”について話をうかがいました。

グッと心をつかまれた“インフラメンテナンス”の現場。

――写真集『インフラメンテナンス 日本列島365日、道路はこうして守られている』(以下『インフラメンテナンス』)が反響をよんでいます。まずは「インフラメンテナンス」というテーマに向き合い始めたきっかけを教えてください。

山崎さん(以下、山崎):福島市にある建設会社の社長さんからお話をいただいたことがきっかけです。『ただいま おかえり』(小学館、2006年)という私の写真集をご覧になって、「こんなふうに情感あふれる写真を撮る写真家が、我々の作業現場を撮影したら一体どんな写真になるのだろう」と思ってくださったそうで。

© elina yamasaki 『ただいま おかえり』(小学館、2006年)都会から田舎の実家に帰省した友人を追った数日間の記録。ノスタルジックな風景が心に優しくしみる写真集

――オファーをもらってすぐに福島へ?

山崎: 「インフラメンテナンス」という言葉さえ知らなかった私にとって、まったく未知の世界でしたが、「すぐに現場を見てみたい」という気持ちで現地へ向かいました。

私は神戸市の出身で阪神・淡路大震災を経験しており、倒壊したビルや分断された高速道路、陥没した道路が人の手によってひとつひとつ修復され、街がよみがえっていった姿を目の当たりにしています。今でも忘れられないその光景が、私の背中を押したのかもしれません。お話をいただいた現場が福島ということにも不思議なご縁を感じていました。

――実際に足を踏み入れたインフラメンテナンスの現場、印象はどうでしたか?

山崎: 2017年の秋、最初に入ったのは道路の除草作業の現場でした。除草作業も道路のメンテナンスなのかと驚きましたが、はじめて間近で見たその作業風景にグッと心をつかまれて。

夏の間、猛烈な勢いで伸びた草は放置すると通行の妨げになり、また、舗装を傷めます。大人の背丈よりも高く伸びた草をアスファルトすれすれの位置できれいに刈り取る熟練された技術。刈った草が道路に飛ばないように飛散防止ネットを絶妙なタイミングで移動させていく息の合った連係プレー。気付けば夢中になってシャッターを切っていました。

©elina yamasaki

その後、道路トンネル、農業用の水路トンネル、高速道路、橋梁(きょうりょう)の補修工事、除雪作業など様々な現場を経験させてもらいながら、インフラメンテナンスの世界に引き込まれていきました。

© elina yamasaki

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この凄い世界、素晴らしい光景を伝えたい。

――作業の種類や地域などによって、現場の雰囲気はちがいますか?

山崎: そうですね。作業の種類や地域、それから季節によっても現場の景色はがらりと変わります。たとえば、冬の新潟の現場では、体験したことのない強風に心底驚きました。海や川から吹きつけられる凄まじい風で、全身が凍え息もできないほど。でもその景色の中で、他のどこでも味わったことのない“自然と人間が持つ土臭さ、力強さ、そして底力のようなもの”を感じとりました。その時に掴みとった臭い、音、皮膚の感覚、ヒトやモノの動き…私が感じとったものすべてをモノクロームの世界の中で表現してみたいと思いました。

© elina yamasaki

そして、そんな凄まじい強風が吹きつけ、普通の人だったら立っているのも困難な状況下でも、インフラメンテナンスの現場のプロたちは、目の前のやるべき作業をひとつひとつ完璧に終わらせていくんです。平常心で淡々と。

© elina yamasaki

――平常心で淡々と?

山崎: はい。これはどこの現場でも一様に感じることですが、常に危険と隣り合わせにあり、難しい技術と集中力、根気が必要とされるインフラメンテナンスの現場では、強い精神力、頭脳、体力なくしては仕事ができません。極寒の強風の中でも、真夏の灼熱の現場でも、やるべきひとつひとつの作業に集中し、平常心で淡々と取り組む強い精神力。その素晴らしい力が、私たちの「事故のないあたりまえの生活」を支えてくれているんです。

一般の人がなかなか知る機会がないこの凄い世界、素晴らしい光景を伝えたい、その気持ちに引っ張られながら撮影を続けています。

望遠は使わない。同じ場所に立ち、思いを共有する。

――『インフラメンテナンス』の高速道路の補修工事の写真をみると、大型トラックがすごいスピードですぐそばを走り抜けているのがわかります。山崎さんは望遠を使わずに作業現場の至近距離から撮影されていますよね。

山崎: 高速道路は日本の動脈。物流の基軸で緊急時や災害時のライフラインです。小さな亀裂が大きな事故・惨事につながるため、常に手入れをしておく必要があるんです。しかし、まさに命がけの現場で、作業のすぐそばを時速100キロくらいの走行車が次々に走り抜けていきます。

© elina yamasaki

ゴーーツという轟音とともに風が巻き上がり、撮影しながら、一瞬体がフワッと浮きそうになったこともあります。ですが望遠は使わず、自分も同じ場所に立ち、作業員の一員になったつもりで撮ることをモットーにしています。これは簡単なようで、技術的な面においても非常に難しいことなのですが…。真夏の太陽が照りつけるアスファルトの上でも、真冬の強風が吹き荒れる川岸でも、同じ場所に立ち、思いを共有することで、その場の熱量を作品に込められると思っています。

© elina yamasaki

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自分の人生をかけて、ひとつひとつの作品をつくっていきたい。

――『インフラメンテナンス』の中で、“ベスト・ショット”はどの作品でしょう。

山崎: どの作品も思い入れがあり、「これがベスト・ショットだ!」と自分で選びきれないのですが、“作業員さんがふと見せてくださった笑顔を捉えた写真”は多くの方からご好評をいただきました。皆さんに「この笑顔がすべてを物語っていますよ」というコメントをいただいて。私自身、こんな温かい笑顔にいつも勇気づけられながら現場に向かっています。

© elina yamasaki

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――たしかに山崎さんと現場の皆さんとの信頼関係、その場の空気感がとてもよく伝わります。 ところで、『インフラメンテナンス』の作品には、それが厳しい環境下のものであっても“どこか不思議な安心感”を覚えます。それは何かと考えた時、作品に投影された“山崎さんの存在、温かいまなざし”ではないかと。作品にご自身が投影されている意識はありますか?

山崎: 自分で自覚したり意識したことはないですが、おっしゃるように、「作品の中に撮影者(山崎さん)の存在を感じる」と言われることはよくあります。まだ写真集も出していない無名の頃、東京ではじめて開催した写真展に来てくださった大先輩のハービー・山口さんからは「君はレンズの向こうの空間に入っていける、 “見る人が写真の中と外を行き来できる作品”を生み出せる写真家だ」と言っていただいたことがありました。

―― “写真の中と外を行き来できる”…まさにその感覚です。 では、山崎さんが他の写真家の作品をみた時に、作品の中にその方の存在を感じることはありますか。

山崎: もちろんあります。その写真家が撮りたいと思った世界観とか、内面にいだいているものとか。その方の撮影している時の感情がこわいほどみえる時もあります。

写真家がそれまでに経験してきたすべてのことが、否が応でも投影されることにより、作品が生まれるのだと思います。だからこそ、感覚を研ぎ澄ませ、色々な出会いや経験を大切に積み重ねて、自分の人生をかけてひとつひとつの作品をつくっていきたいと思っています。

その一瞬を切り取りたいと強く願い、シャッターを切る。

――『インフラメンテナンス』の作品を通じて、メディアとしての写真の底力のようなものを感じました。写真家として、写真のもつ力について、山崎さんの想いを聞かせてください。

山崎: 私は連写はしないんです。「これぞ」と思った瞬間こそが大切で、その一瞬にすべてをかける気持ちでシャッターを切っています。

たとえば、インフラメンテナンスの現場で、作業員の方がグッと力をこめて機械を握った瞬間の“その手の表情の素晴らしさ”や“そこに生まれたストーリー”は、動画や連写では伝えられないと思うんです。撮り手の私自身が、「すごい!」と心を動かされて、その一瞬を切り取りたいと強く願いシャッターを切る。だからこそ見る人に伝わる何かが生まれると信じています。私は写真が持つ素晴らしい力を信じていて、写真にはもっと大きな可能性があると思っています。

© elina yamasaki

作品を通して、日本のインフラメンテナンスの素晴らしさを世界に向けて発信したい。

――山崎さんにとって、大きな出合いとなった「インフラメンテナンス」というテーマ。今後の展望をぜひ教えてください。

山崎: ひと言でインフラメンテナンスの現場といっても、地域によってさまざまな違いがあり、まだまだ驚きの連続です。今後は、こうした地域ごとのカラーもテーマとして追いかけていきたいです。また、現場の方たちの“誇り”を、もっと作品の中で表現してみたいですし、作品の芸術性を高めていきたいと思っています。

また来春には、フランスのパリ文化会館で「山崎エリナ・インフラメンテナンス写真展」が開催されることになり、その後、各国を巡回する予定です。今後はこうした機会を大切にして、“日本のインフラメンテナンスに携わる人々の技術力、人間力の素晴らしさ”を、自身の作品を通して、世界に向けて発信していきたいと思っています。

 

山崎エリナ(やまさき えりな)

© elina yamasaki

写真家 兵庫県神戸市出身。1995年渡仏。パリを拠点に3年間写真活動に専念する。40か国以上を旅して撮影を続け、エッセイを執筆。帰国後、国内外で写真展を多数開催。雑誌・広告・映像などで活躍。海外での評価も高く、ポーランドの美術館にて作品収蔵。第72回アカデミー賞にて名誉賞を受賞した映画監督アンジェイ・ワイダ氏からもその作品を高く評価された。また、CMソングなどの作詞・作曲を手掛けるシンガーソングライターとしても活動中。

2018年、「インフラメンテナンス写真展」を福島、仙台、東京にて開催。

2019年、フランスのルーブル美術館「パリ写真フェステバル」にて、 山崎エリナ写真作品(saudade、ただいま おかえり、檜枝岐歌舞伎)を展示。

2020年4月末から5月、フランスのパリ文化会館にて「山崎エリナ・インフラメンテナンス写真展」開催決定。また、同時期にパリのギャラリーなどで個展を開催、その後、各国巡回予定。

写真集に『アイスランドブルー』(学研)、『サウダージ』(初版 ピエブックス)、『千の風 神戸から』(学研)、『ただいま おかえり』(小学館)、『アンブラッセ~恋人たちのパリ』(ポプラ社)、『三峯神社』(グッドブックス)がある。来春『インフラメンテナンス』続編を出版予定。

山崎エリナオフィシャルサイト http://www.yamasakielina.com/

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