京都にある不思議な建築、その正体は?建物全体まるっとアート⁉︎謎の美術館に潜入してみた

京都にある不思議な建築、その正体は?建物全体まるっとアート⁉︎謎の美術館に潜入してみた

京都市の衣笠山(きぬがさやま)のふもと、金閣寺や龍安寺という名だたる古寺のほぼ真ん中の位置に、ひときわ目を引く建物があります。

屋根はゆるやかに曲線を描きながら左右にのび、白亜の壁にはさまざまな意匠が施されています。通りすがりの観光客は、「京都らしくない」この奇抜な建築物に目を奪われ、写真を撮っていきます。

はたしてこれは、どんな目的で建てられたものなのでしょうか?

この建物の名は、京都府立堂本印象美術館。日本画家の堂本印象(1891~1975)が、1966年に自宅そばに設立した美術館です。多くの人は、この画家の名前は初耳かもしれません。美術館のスタッフによると、「印象派の作品を集めた美術館?」と思って来館する人もいるそうですが、「印象」は本名である堂本三之助の雅号です。

インパクト大な、この美術館を建てた堂本印象とはどのような人物で、この美術館の中はどうなっているのでしょうか? 今回はその謎に迫ります。

20歳で帝展に入選した早熟の画家

堂本印象は、明治時代半ばの1891年、京都市内で酒造を営む丹波屋の当主・堂本伍兵衛の三男として生まれました。

少年期には、絵の才能が芽吹き、京都市立美術工芸学校の図案科に進学します。人生の出発点は順風満帆に見えましたが、まだ学校に在籍中に丹波屋は倒産。堂本一家の生活は暗転します。しかし、成績が優秀であった印象は、学校側の配慮によって授業料を免除されます。

16歳の頃の印象

印象は学業に全身全霊を傾け、卒業後は、龍村製織所の初代龍村平蔵のもとで図案を描く仕事に就きました。龍村は、印象の優れた仕事ぶりに感銘を受け、その資質をもっと伸ばすべく、京都市立絵画専門学校に入学させました。これが、印象の画才を花開かせます。

20歳になった印象は自分の力量を試そうと、第1回の帝展(帝国美術院展覧会)にて京都郊外の農村を描いた「深草」を出品します。これが入選を果たし、画壇デビューすることになります。

第1回帝展で入選した「深草」(1919年、京都府立堂本印象美術館蔵)

印象は、第2回、第3回の帝展にも出品し、第3回(1921)の「調鞠図(ちょうきくず)」(永青文庫蔵)で特選を受賞。この年に中国へ旅行して日本画の源流に触れ、一層の感性を育みます。

戦後は抽象画へと大胆に作風を変化

その後も、帝展などの展覧会に精力的に作品を発表。同時に、優れた仏画が多いことが仏教寺院関係者の目に留まり、襖絵の依頼が来るようになります。1つの寺院の襖絵ひとつとっても、それは何面にも及ぶため、印象が生涯の間に手がけた襖絵は、約600面にも及びました。

あまりの多忙さに印象は、「暑中休暇も正月もない、ただあるのは画面だけ」と述懐していますが、絵描きに人生を捧げた印象の本懐であったでしょう。

「風神」(1961年、京都府立堂本印象美術館蔵)

さて、上の屏風を見て、あまりの前衛っぷりに驚かれた方も多いと思います。これは1961年の作品ですが、それより前の作品は、花鳥風月など比較的オーソドックスな画題が主でした。もっともこの変化は、突然始まったものでなく、戦争が終わって日本画壇全体がそれまでの作風・価値観の再考を迫られた時期にその萌芽を見せ、1952年の欧州視察などを経て、やがて「新造形」と称する抽象表現の作品を発表することによって、完全に顕在化します。

「生活」(1955年、京都府立堂本印象美術館蔵)

「新造形」宣言後に描かれた「交響」(1961年、京都府立堂本印象美術館蔵)

以降、具象画を完全に辞めたわけではありませんが、最晩年に至るまで、単なる西洋抽象画の追従ではない、新しい日本画の1つのあり方を追究していきました。

堂本印象美術館は、新造形の時代の真っただ中に建てられたものなのです。

建物自体が作品である堂本印象美術館

堂本印象美術館は、外装も内部もすべて、印象が構想しデザインしたものです。建物の壁面は、新造形時代の作品に特徴的な、エネルギーが奔放にうねるような意匠が散りばめられています。その中で唯一とも言える具象的な顔の彫刻がはまっていますが、これは印象の母「よし」といわれています。

建物の左側に小規模な庭園があり、20脚近くの椅子が安置されていますが、これらも印象の作品です。背もたれの独特のデザインに印象らしい抽象表現が見てとれます(庭園の奥には、印象のアトリエに使った建物が移築保存されていますが、内部は非公開)。

再び美術館の建物に戻り、入口に行きましょう。ガラスの扉の把手も印象の作品です。デザインはすべて異なり、それぞれにタイトルが付いています。

「思潮」(左)、「創造」(右)と名付けられている入口扉の把手

美術館の内部も印象のアートが展開

中に入ると、ロビーは上から下まで印象の作り上げた空間に包まれ、圧倒されます。印象は各造形に対し、細かい解説は付していないそうですが、そのことがこの空間をより神秘的なものとしています。

ちなみに、入ってすぐの左手は「京とうふ藤野」が運営するカフェ「藤野茶房」があり、こちらは2018年3月のリニューアル時にオープンしたものです。また、ロビーを上がったところにミュージアムショップがあります。絵葉書、マスキングテープ、タオル、一筆箋、さらにはロビーのステンドグラス作品をモチーフにした和菓子(羊羹)「光る窓」も販売されています(ちなみに来館者はロビー空間の撮影はOKです)。

京菓子司・笹屋守栄(ささやもりえ)特製の羊羹「光る窓」

受付を過ぎると、美術館が所蔵する印象の多くの作品を鑑賞することができます。作品は随時入れ替わるそうです。時には、川端龍子といった他の画家の作品が展示されることもあります。

2階に上がると、訪問時(2019年12月)に開催されていた企画展「DOMOTO INSHO  驚異のクリエイションパワー」の諸作品が展示されていました。メインとなる展示作品の竹林寺襖絵は、現地の竹林寺では非公開なので、印象の抽象襖絵の傑作を鑑賞できる稀なチャンスとなります(企画展は2020年3月29日まで)。

印象の旧宅を臨む3階の「サロン」では、印象の資料・映像を見ることができます。ここでは、印象が生前使っていた画材も展示されているほか、扉の装飾や皿絵も鑑賞することができます。

いったん下りて、接続している別館に行ってみましょう。訪問時は、印象の100作品から3作品までを選んでもらうという、「DOMOTO INSHO 驚異のクリエイションパワー」展に関連するイベントが行われていました。投票者にはもれなくオリジナルステッカーと、抽選で「生誕130年記念 堂本印象展」の特典がもらえるそうです。

堂本印象美術館は、決して大規模ではないのですが、年代とともに大胆に変わってゆく印象の作風と運営者の工夫によって、かなり見どころの多彩な美術館となっています。衣笠山ふもと界隈への観光の折は、建物全体がアートの異空間に浸ってみてはいかがでしょうか。

京都府立堂本印象美術館 基本情報

住所: 北区平野上柳町26-3
電話: 075-463-0007
時間: 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合、翌日火曜が休館)、12月28日~1月4日、その他展示替等による臨時休館
観覧料(一般):510円
公式サイト:http://insho-domoto.com/

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