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尾上右近

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【中編】東博に超絶御室派のみほとけ大集合!尾上右近の日本文化入門_INTOJapaaaaN!

【前編】 「空海は生きていた!」、「曼荼羅は真ん中から見る?」に続き、【中編】 「そこは仏像男子、垂涎の空間!!」スタートです!

第3章 御室の宝蔵 「ここは割愛しますが…凄いです」

尾上右近

承平元年(931)、仁和寺の御室で宇多法皇が崩御した際、膨大な数の御物が仁和寺の管理下に移され、仁和寺の宝蔵が成立しました。以後、仁和寺の宝蔵は、御願寺(皇室の私寺)の宝蔵として厳重に管理され、護られてきました。その中には国宝「医心方」など、中国・日本の医学史上において重要な史料も含まれています。今回は割愛しますが、御室派関係寺院ならではの絵画・書跡・工芸の名品が鑑賞できます。

第4章 仁和寺の江戸再興と観音堂 「これが修行道場だ!」

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応仁の乱で京都の町はほぼ壊滅状態となり、創建以降、広大な寺域を誇った仁和寺の伽藍も全て焼失してしまいます。その後、江戸時代初期になって再興。覚深法親王(1588-1648)の頃でした。寛永11(1634)年、覚深法親王は将軍徳川家光に働きかけて、仁和寺再興の援助を受けることに成功します。また、天皇の御所であった紫宸殿、清涼殿、常御殿も移築され、堂舎に改築。皇室ゆかりの仁和寺ならではの特別な配慮でした。江戸時代初期に再建された諸堂のうち、僧侶の修行道場のための観音堂は、伝法灌頂などの重要な法会が行われる風格のある空間。一般には非公開ですが、現在、観音堂が改修工事のため、東博の展示室に奇跡的に再現されました。実際に安置されている千手観音菩薩立像はじめ本物の仏像33体に加え、壁画などは高精細画像で再現。仁和寺の僧侶により守り伝えられてきた観音堂の空間を体感できます。ここは一般の方も撮影OKですよ!

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須弥壇正面壁画 地獄堂(亡者が燃えさかる地獄の釜に突き落とされる様子)

観音堂の裏側にあたる回廊の壁面には、上段が天界、下段には六道絵が描かれています。下段の地獄堂の絵の中の、地獄の釜に突き落とされる人の表情を見ながら、「僕はこの絵が大好きだなあ。落下する最中に、もう受け入れた目をしてますよね」と、ケンケン。地獄では鬼が火を焚いて待ち構えています。「この鬼の表情と動きもいい。鬼にとってはもう日常ですよね、流れ作業で、なんとも思ってない」。「まさしく地獄ですねえ」と、丸山さん。「ここはふだん足を踏み入れられないところなので貴重ですよ」と、金崎師。

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第5章 御室派のみほとけ 「ここは仏像男子、垂涎の空間」

仁和寺は、今から1100年あまり前の平安時代に開創されましたが、それ以後の長い歴史のなかで、仁和寺と御室派諸寺院とはさまざまな縁が取り結ばれてきました。現在、御室派寺院は約790箇寺。その縁には今となっては忘れられてしまったような両者の歴史がしっかりと刻まれています。「僕みたいな仏像男子にとってはここからがたまらない」と、編集長。本展覧会では、普段は公開されていない秘仏を含めて、全国各地の御室派寺院から貴重な仏像が普通の展覧会の2〜3倍の仏像が集まっています。

尾上右近国宝 阿弥陀如来坐像および両脇侍立像 木造 漆箔 平安時代 仁和4(888)年 仁和寺

「こちらは宇多天皇が創建したときの仁和寺のご本尊の阿弥陀さんです」と、丸山さん。「9世紀の仏像はちょっとクセが強い表現が多いのですが、この像はとても優美で…」。するとすかさず、ケンケンが「クセというのはどういうことですか?」と、質問。「顔つきがちょっと怖かったり、衣の襞がぐるぐると渦巻いていたり、すごく彫り込んでいたり、個性的なものが多いんです。11世紀半ばには定朝という仏師が宇治の平等院で阿弥陀如来像をつくり、和様の優雅な彫刻表現を完成させます。が、9世紀の後半から徐々に、優美な像に変化します。その最初の転換点となるお像ですね」と、丸山さん。「なるほど、和様の原点か…」と、編集長。「ううむ、日本風の仏像の始まりなんですね、たしかに顔がやさしいですね」。仏像彫刻の時代の分岐点に感動するケンケンでした。

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重要文化財 降三世明王立像 木造、彩色 像高252.4CM 平安時代 11世紀 福井・明通寺

2メートルを超える巨像、降三世明王立像と深沙大将。明通寺の薬師如来像の両脇侍として本堂に安置されています。髪を逆立て、顔は左右と背面に4面あり、8本の腕をもち、本面には3つの眼、牙をあらわに怒りの表情!足下に踏みつけているのはヒンドゥー教のシヴァ神と、その奥さんだそうです。「神より強いと…これはヒンドゥー教対策ですか!?(笑)」と、編集長。「すごい喧嘩の売り方ですね(笑)」と、ケンケンも失笑。

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国宝 十一面観音菩薩立像 木造 平安時代 8〜9世紀 大阪・道明寺

「道明寺は尼寺で皇室の女性がつとめるお寺なんです」と、金崎師。その道明寺の本尊として安置されている十一面観音。「これについては、白洲正子さんも書いていますよね」と、編集長。「そうでしたね。今回の展覧会は、錚々たる仏様が会場に犇めいていますが、いずれも本当に優れた仏像ばかりです。中でも、この十一面観音はさすが国宝だという仏像です」と、丸山さん。「細やかな彫刻ですね。これは何世紀ごろの作ですか?」と、ケンケン。「8〜9世紀です。8世紀に中国から壇像で彫った彫刻が中国から輸入されました。空海の最初の薬師如来で、白檀の緻密な木目を活かしたすごく細かい彫りなんです。が、日本では白檀がなかなか手に入らないため、これは緻密な木目のカヤという木を活かして彫っています」と、丸山さん。しかも、頭頂部の仏面から台座の蓮肉、右手の指先まで、すべてカヤの一材から掘り出す一木造りの技法です。

尾上右近国宝 千手観音菩薩坐像 奈良時代・8世紀 大阪・葛井寺蔵


西国33所第5番札所である葛井寺のご本尊で、天平彫刻の最高傑作の1つ。優美な表情、均整の取れた体や衣の表現は、究極の天平美。「千手観音は40本の手で千手をあらわすのが一般的ですが、この千手観音像は大手40本と小手1001本、あわせて1041本の手をもっています」と、丸山さん。頭上には十一面をいただき、胸前で合掌する手と像のまわりに半円形に広がる脇手とをあわせて1041本の手をもち、各手の掌には目が描かれています。「お寺では厨子の中に入っているので、こんなふうには見られませんよ」と、金崎師。「実際にお寺に行ってみると、ほんとうに信仰のお寺という感じで、おばちゃんたちがみんな手を合わせて拝んでいますよね(笑)」と、編集長。「そうなんです。ご近所の方が境内を通りがてら拝んで行ったり、集団でお経をあげたり、たいへん信仰の深いお寺ですね」と、金崎師。「じゃあ、今、その人たちは困っているんじゃないかな…」と、心配するケンケン。「困っているかもしれないですね。魂はこっちに来ちゃってるから…」。丸山さんが「魂を抜いて運搬して、今は魂が入ってます。博物館でも毎朝ご住職にお経をあげていただいています」。「じゃあ、移動のときは彫刻なんですね」と、編集長。「で、お寺に戻ればまた別の存在。なんだか、不思議な感じですね」。

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丸山さんが、千手観音の頭上にある十一面の真後ろの顔を指して「ほら、ご覧ください」と…。ふだんは絶対に見えない真後ろに、大口を開けて笑っている顔があるではありませんか!「なかなか…こんなに大笑いしている顔があるんですよ(笑)」と、丸山さん。「お経にもたしかに笑ったお面があるというのは書かれていますが、その意味やどういう笑いかは書かれてはいないんですけどね」と、金崎師も首を傾げる。「面白いなあ」と、いつまでも興味深そうに覗き込むケンケンでした。

【後編】 <観賞後の雑談記>「必ず真理はどこかにあると信じて…」へ続きます!

【前編】 「空海は生きていた!」、「曼荼羅は真ん中から見る?」

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