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刀剣の歴史って?【刀剣博物館編_2】 尾上右近の日本文化入門_INTOJapaaaaN!

鑑賞法に続いて、刀剣歴史を紐解きます。起源は?お手入れは?刀剣は総合芸術、なんだか歌舞伎に似ているかもかも・・・・。

刀の起源を教えてください。

尾上右近

さて、刀の起源をうかがいましょう。「始まりはおそらく武士の発生と同時ではないかと…今は平安時代の中期〜後期が日本刀の起源だと言われています。いちばん古いところでは、今の島根・鳥取あたりで、伯耆の国の安綱(やすつな)という刀工や、京都の三条宗近(むねちか)あたりかとよく言われます。一説では東北地方で、持つところがグッと反った蕨手刀(わらびてとう)という刀が源流ではないかという説もあります。どこが直接の源流かはまだ未解明な部分が多いところではあるんです」と、石井さん。「刀というものに価値が生まれたのはいつ頃からなんですか?よく歌舞伎にも名刀とか家宝とかって出てきますけど…」と、ケンケンが質問しました。「実際のところ、室町の後期あたりから本阿弥家という刀の鑑定と研ぎを生業とする家がありまして、江戸時代になっても徳川家に仕えて、いわゆる折紙の鑑定書を発行したんです。その頃には完全に刀は大名間での贈答として使われたり、もう実用ではなくなってきますから、そういう側面がだんだん大きくなっていったのです。

刀のお手入れは?

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「金象嵌銘 助真」と「津田越前守助広」を拝見した後に、手入れの作業も見せていただきました。錆を防ぐために、古い油をきれいに拭いとり、新しい油をくまなく薄く塗りかえ、白鞘に納めておきます。時代劇などで侍が刀の手入れにポンポンポンと刀を叩く作業…「これは何のためにやるんですか」と、ケンケン。「砥石を粉末状にしたようなものですが、この打粉で古い油を絡め取る感じです。油は薄く膜が張るような感じで、あまりべったりやり過ぎると油が鞘にしみ込んでよくない。茎の錆味も鑑賞のポイントなんですよ。錆の付き具合とかですね。いいものはほんとにテカって飴色になっている。長年、ほんとうに大事に手入れされていたんだなという感じがします」と、石井さん。そして2本の刀を鞘に納めたとたん、「はあ〜、偉い人が帰ったという感じです(笑)。刀があるだけで緊張しますね。偉い人がふたりいるのと同じような、相当な存在感です。刀をおさめていただいたときのハアーという感じは不思議でした。偉い方がお帰りになって、あっ、もう帰ったんだ、お茶も飲まなかったよ、って。今、そんな感じです(笑)」と、ケンケン。

尾上右近まるで次郎左衛門のラストシーン!

「僕、助真を持った途端にすごい耳鳴りがして倒れるかと思いました。…やっぱり妖刀と言われるものもあるんでしょうか?…ないですか?」と、ケンケン。「一説によると、よく<村正>などは徳川家を祟ると言われていますが、多分に後世の創作の側面が大きいと思いますね」と、石井さん。ほっ。「歌舞伎の演目にはよくそういうのがあるんですよ。『伊勢音頭恋寝刃』は青江下坂の刀が名刀過ぎて操られます。『籠釣瓶花街酔醒』もそう。身請けすることになっていた花魁に裏切られた男・次郎左衛門が<籠釣瓶>という名刀を手に入れて、最後はそれで仕返しするんです。花魁を斬ったあとに、燭台の灯りで刀を見て、よく斬れるな”と呟くんです」と、ケンケンが次郎左衛門の振りをして見せてくれました。「ああ、そういう演目があるんですか。実は「籠釣瓶」という言葉は刀の切れ味を現わす言葉でもあるんですよ。籠で作った釣瓶が水滴さえも留めることができないことから、水も漏らさぬほどの切れ味を示す意味で「籠釣瓶」という言い方があるんです」と、石井さん。「へえ、そういうことなのか、面白い」と、頷くケンケンでした。

それは、和鉄をつくる「たたら」から始まる。

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さて、博物館の1Fにある情報コーナーでは、刀身ができるまでの工程をわかりやすく解説してくれます。日本刀は日本固有の、世界に誇れる「鉄の芸術品」ともいわれています。まず、日本刀の素材となる和鉄は、日本古来の製鉄技術である「たたら」により生産されています。明治以降、一般に製造される鉄は様式の溶鉱炉で製造される洋鉄だけになりましたが、洋鉄では日本刀はつくれないのです。戦前は島根県安来で細々と和鉄が製造されていましたが、現在、公益財団法人日本美術刀剣保存教会が島根県奥出雲町に「日刀保たたら」を復活させています。粘土で築いた炉に、三昼夜、不眠不休で砂鉄と木炭をくべていく様子を写真と図解で説明していただき、興味津々のケンケン。

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たたらによって生産された鉄は、鉧(けら)という塊。これを破砕・選鋼して分類されたもののうち、一番良好なものを「玉鋼(たまはがね)」といい、刀剣の材料になるのです。

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鉄をつくる段階から始まり、一振りの日本刀が完成するまでには、多くの職人の手による複雑な工程が必要です。刀匠(刀身をつくる)、研師(刀身を研ぐ)、刀身彫刻師(刀身に彫刻を施す)、白銀師(主に鎺をつくる)、鞘師(刀装の構想と、鞘をつくる)、塗師(鞘に漆などを塗る)、柄巻師(鞘の柄を鮫川などで仕上げる)、金工(鐔や目貫の金具)など、そういう刀に拘るいろんな職方さんがいて、古来より伝わる高度な技術を結集して初めて完成する総合芸術なのです。「刀を生かすも殺すも研磨です。研師さんの役割というのは非常に大きいですね。研師さんが悪いと刀は台無しになります。本当に気の毒な刀もときどきあります。いかに品格、格調をもって仕上げるか、つまり化粧の仕方です。濃い化粧なのか、あっさりした自然な感じの研ぎをされるかで全然変わるんです」という石井さんの言葉に、「おお、役者の化粧も自然が一番だと思います。自然でその人の骨格が見えるほうがいい、骨格を消してしまうほど濃い化粧にしちゃうと…というところがあるんでしょうね」と、ケンケン。いかにその刀の良さを生かすように仕上げられるかというのが大事なポイントだそうで、「姿かたち、線の決め方、刃文の白い部分も砥石の小さいので白くしています。そういう白くさせ方とか、どこまで白くするかという濃度などで、研師によって微妙な違いがあります。これは細かく話し出したら際限なくなってきますよ(笑)」と、石井さん。「歌舞伎も舞台美術や衣裳や小道具、音楽、そして役者など、さまざまな専門家がいて初めて成り立っていて総合芸術という意味では、歌舞伎も一緒ですね」と、ケンケン。

まだまだ続きます!

夢は自分の刀をつくること?!
刀剣博物館をぶらり!(とう)ケンケンさんぽ
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尾上右近プロフィール

尾上右近

歌舞伎俳優。1992年生まれ。江戸浄瑠璃清元節宗家・七代目清元延寿太夫の次男として生まれる。兄は清元節三味線方の清元昂洋。曾祖父は六代目尾上菊五郎。母方の祖父は鶴田浩二。2000年4月、本名・岡村研佑(けんすけ)の名で、歌舞伎座公演「舞鶴雪月花」松虫で初舞台を踏み、名子役として大活躍。05年に二代目尾上右近を襲名。舞踊の腕も群を抜く存在。また、役者を続けながらも清元のプロとして、父親の前名である栄寿太夫の七代目を襲名10月1日(月)〜25日(木)は御園座の顔見世公演に出演予定。【公式Twitter】 【公式Instagram】 【公式ブログ】

文/新居典子 撮影/三浦憲治 構成/新居典子・久保志帆子

【尾上右近の日本文化入門】

第1回 北斎LOVEな西洋のアーティストたち♡
第2回 大観と言えば富士?!
第3回 東博に超絶御室派のみほとけ大集合!
第4回 ケンケンが刀剣博物館に!
第5回 錦絵誕生までの道程 鈴木春信の魅力
第6回 日本建築とはなんぞや!
第7回 国宝「合掌土偶」が面白い!
第8回 永青文庫で、「殿と姫の美のくらし」を拝見

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