「工芸の世界ってちょっとハードルが高いな」「現代の暮らしには馴染まないんじゃないか?」と思っていませんか。
そんなあなたにこそ知ってもらいたいのが、伝統工芸の世界を広く紹介するギャラリー&ショップ『伝統工芸 青山スクエア』と伝統的工芸品の産地やつくり手が発信するオンラインショッピングモール『工芸百貨 匠市(たくみのいち)』です。
特に「工芸の産直」ともいえる『匠市』には、テレワークの日々に産直通販にハマった和樂web編集長セバスチャン高木も興味津々。伝統的工芸品の魅力やおもしろさ、産地の熱い想いが伝わるショップの秘密に迫ります。
和樂web編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。第19回は一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会 企画部主任の賀来潤恵さんです。
ゲスト 賀来 潤恵(かく ますえ)さん
「伝統的工芸品」の定義とは?
セバスチャン高木(以下、高):『青山スクエア』は全国の伝統的工芸品に触れることができるんですね。まさに超絶技巧なものから器などの日用品までそろっている。また同じジャンルの工芸品でも産地ごとの違いがわかり興味深いですね。
賀来(以下、賀):そういっていただけるとうれしいです。現在、ここには約130産地の工芸品が並んでいます。イベントスペースでは、産地などの企画による「特別展」のほか、1週間交代で伝統工芸士による個展を行っています。職人による実演やワークショップも大人気なんです。また反物や和装小物コーナーでは、きものについての無料相談会「きものクリニック」も開催しています。
高:なんとなく言葉は知ってはいるけれども、明確になにかと聞かれれば……となってしまうのが工芸の世界ですよね。ここには数々の工芸品が並んでいますが、伝統的工芸品産業振興協会が「伝統的工芸品」と定義しているものは、一体どのようなものを指すのでしょうか。またこの「伝統的」が意味するものはなんですか?
賀:昭和49(1974)年に公布された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」に基づいて経済産業大臣が指定した伝統的工芸品のことを指します。「伝統的」という言葉は「およそ100年以上の歴史があること」を意味しています。
高:なるほど。まずは100年以上の歴史があることが大事なんですね。
賀:そのうえでいくつかの要件があります。日常生活に使用される工芸品であること、伝統的な技法・技術でつくられていること、主要な工程が手づくりであること、伝統的に使われてきた材料を使っていること、一定の地域である程度の人数が製造に従事していること……。大まかに言えば「その地域で100年以上つくられていて、国のお墨付きを得ている工芸品」でしょうか。
伝統的工芸品が一番多い産地は意外にも…
高:100年以上の歴史を有することが「伝統的工芸品」の基準のひとつですが、要件にもある「日常的に使われるもの」は、100年前と現在では違っているものもありますよね?
賀:そうなんです。未来に繋がる産業振興が目的ですので、伝統的な技術・技法、材料などの要件は明確ですが、「つくられるもの」についての限定はしていません。指定の要件を満たしていると判断されれば、新しいデザインや色合いのものも伝統的工芸品と呼べることになります。
高:確かに現代の暮らしにあわないと、技術の継承は難しいですよね。例えば、桐簞笥の産地である新潟県・加茂市の桐製エコスピーカーや神札立ては伝統的工芸品なのですか?
賀:桐簞笥をつくる技術・材料から、新しい商品を生み出した例ですね。ほかの産地でも技術を応用して、現代の生活で求められる色々なアイデア商品を生み出しているんですよ。そういう場合、材料や工程の都合で、文字通りの「伝統的工芸品」に該当しませんが、すべて等しく伝統的な技術・技法から生まれた高品質の工芸品であることは変わりません。
高:指定産地の製品ならば何でも「伝統的工芸品」というわけでないのですね。それは産地組合側でもきちんと管理をされている、と。現在「伝統的工芸品」に指定されているものはどれぐらいあるのですか?
賀:経済産業大臣が指定する「伝統的工芸品」は全国に236品目あります(※2022年2月現在の数字)。一番多いのが東京、その次が京都です。品目によっては産地がひとつではないものもあります。例えば、和樂webさんが商品開発でコラボされた招き猫で知られる江戸木目込人形は、東京都と埼玉県のふたつの地域が産地に指定されているんですよ。
高:伝統的工芸品は、236品目もあるんですね。個人的には伝統的工芸品を購入するとき、修理に関して悩んでしまうことがあります。
賀:そうですよね。破損の具合にもよりますが、修理・メンテナンスをしながら長く愛用いただけるのが、手づくりの伝統工芸品のいいところだと思います。商品に添付されている取り扱い説明書に、つくり手の連絡先が記載されていることが多いので、ぜひつくり手にご相談してみてください。『青山スクエア』でご購入いただいた場合は、お取次ぎも、もちろん可能です! お客様からは金継ぎや刃物の研ぎ、漆器の塗りなおしなど、色々なご相談を承っています。
高:それは安心できますね。
賀:ちなみに、普段のお手入れ方法についてはジャンル別に基本を動画でご紹介しているので、ぜひご参考になさってください。
郷土の歴史や文化がこめられている伝統的工芸品
賀:高木さんは産地やつくり手の取材が多いと思いますが、どんなところに魅力やおもしろさを感じますか?
高:同じジャンルの工芸品でも技や意匠が産地ごとに異なるのはおもしろいですね。例えば仏壇などは江戸時代から続く産地が全国に30カ所以上はあります。大胆な彫刻と堅牢なつくりの山形仏壇、加賀藩の蒔絵や彫刻の技を凝らした金沢仏壇、仏壇発祥の地といわれ、多数の寺院と家庭の需要を受けて一大産地となった京仏壇・京仏具など、その地に根づいた文化や歴史がこめられている。
賀:工芸品の性質によって、一人の職人がすべてを仕上げる産地もあれば、分業の集積でつくる産地があります。協会では、従事12年以上の職人を対象にした「伝統工芸士」認定制度を実施していますが、例えば「漆器」の場合、「木地」「塗」「加飾」など、専門性によって部門が分かれているんですよ。また木材、陶土、蚕や植物など自然物由来の材料や、土地の気候や地形、歴史などが絡み合い、同じジャンルの工芸品であっても、製造工程と特徴がさまざま。『青山スクエア』で職人さんに実演してもらいながら話を聞くだけでも、本当におもしろく、勉強になります。
高:意匠や細工すべてに意味があることもいいですね。加茂桐簞笥には、金具の意匠に七宝文様が使われている。主に嫁入り道具の簞笥だからこそ、円満や縁を意味する吉祥柄が落とし込まれているとか。あしらいとしてのデザインではなくて、親から子への願いを刻んだものなんですよね。
賀:そうですね。日本古来の和柄や文様は、山梨県の「甲州印伝」をはじめ、染織品・陶磁器・和紙などさまざまな工芸品で見られ、同時にその土地ならではの自然をモチーフにした文様も多数ありますよね。親から子へ、つくり手から使い手へ、込められた「願い」や「祈り」の意味を知ると、背筋がぴんと伸びる感じがします。
産地から発信!工芸の産直オンラインショップ
高:2021年の冬にスタートされた、伝統工芸のつくり手と使う人をつなぐ『匠市』も、おもしろい取り組みですね。この取り組みをはじめた経緯や既存のオンラインショップとの違いを教えてください。
賀:国内旅行でその土地を訪れる人が減り、また『青山スクエア』や百貨店などの店舗・イベントにお越しいただき、つくり手と使い手を繋げることが難しくなりました。ですが産地は変わらずにものづくりにも励んでいる。それを応援し、使い手のかたが国内のどこに住んでいても優れた伝統工芸と出あえる環境を整えるべく『匠市』が立ち上がりました。産地組合やつくり手が情報を発信するオンラインショッピングモールなので、より産地を身近に感じていただけます。また伝統的工芸品産業振興協会が運営していますので、質の高い工芸品を安心してお買い物いただけるのが特徴です。
高:なるほど。『匠市』では出店している産地組合ごとに掲載する商品や内容を決めることができるんですね。だから産地ごとに特徴がでていて楽しい画面になっている。写真をたくさん掲載する産地、熱いメッセージを綴った産地、シンプルにまとめた産地……それぞれに個性があって、現地の空気感まで想像できますね。
賀:世界観が統一されたセレクトショップではなく、色々な個性を持つ職人たちが市場で自由に商品を広げるイメージから「匠市」というタイトルになりました。それぞれの産地が、自分たちのセンスでおすすめの商品をアップしているので、その「多様性」をぜひ楽しんでいただければ嬉しいです。
高:私ごとですが、テレワークが日常化したことで、農場直送の野菜や漁船直送の魚介など、産直のオンラインショップにハマりました。『匠市』を見ていると、これは工芸の産直だなって思ったんです。「丹精込めて育てた春キャベツ」みたいに「私たちが技を凝らした鬼瓦テッシュケース」が紹介されているじゃないですか。鼻からテッシュを出すだけのケースのために鬼瓦を焼くなんておもしろすぎますね。「これは買わねば!」って思わずポチリたくもなりますよ。
賀:そう言っていただけて嬉しいです! 職人さんとの繋がりを、ぜひ『匠市』でお楽しみいただければ。オープンしたばかりで、まだ出店準備中の産地が多いので、現状は『青山スクエア』も出店者として参加することで、そういった準備中の産地のフォローをさせていただいています。現在(※2022年2月時点)14都道府県23産地が出店していますが、2022年度中には100産地ぐらいの参加を目指しています。すべての産地に参加いただけるようにしていますので、これからは特集記事などのコンテンツを増やして『匠市』の充実を図っていく予定です。
高:産直ファンとして言わせていただくと、農作物が栽培される田畑や漁船での様子なども購買欲をそそるきっかけになります(笑)。工芸品だけではなく産地の風景やものづくりの現場などの情報も、どんどん発信していただきたいです。なかなか産地巡りができない日々ですが『匠市』で旅気分になれるなんていいですね。
次世代に「伝統工芸」をつなぐための人材育成も
高:伝統的工芸品産業振興協会では、次世代の職人にむけての取り組みもされているそうですね。
賀:次世代の職人支援という点では、毎年11月に国立新美術館で開催している「伝統的工芸品 公募展」で若手奨励賞を設けたり、『青山スクエア』でも若手職人のイベントを行ったりしています。また後継者不足の問題は大きな課題なので、産地と協力して、地元の小・中・高校などの教育機関での普及や、新人を育成中の師匠を支援する事業などを行っています。
高:公式YouTubeで配信中の、各産地の匠の技と土地の風景を紹介する動画シリーズ「手技TEWAZA」などを見ていると、未来にもこの技が継承されていってほしいと思いますね。
高:これからの時代は、人材育成とともに、伝統的工芸品をつくるための道具のアーカイブ化も大事なことですよね。職人への取材では、先代からの道具を工夫して使っているとか、道具の職人がいないから壊さないように使っているとか、誰もが同じことをおっしゃいます。伝統的工芸品を継承するうえで工芸道具の設計図を残しておくことは必要不可欠じゃないかと個人的には考えています。
賀:そうですね。道具や材料が、伝統的工芸品の指定を受けたときと異なり入手しにくい産地も多く課題のひとつです。臨機応変に、対応策を産地と協議していますが、併せてインターネット・SNSを活用して、産地の横のつながりを深められる仕組みをつくっています。情報交換をしながら、お互いに協力できる体制づくりを考えていきたいです。
花瓶ひとつ、皿一枚が心を豊かにする
賀:コロナ禍の2年で感じるのは、暮らしに伝統工芸を取り入れる20代~40代の世代が増えてきたことです。家で過ごす時間が増えたことは、身のまわりのものを見つめなおすいい機会になったのかなと思います。お気に入りの花器をひとつ飾ることで、心がすっきり整って明るい気持ちになれる。これは私自身のことでもあるんですけど(笑)。『青山スクエア』は産地と相談して、普段使いしやすいデザインで、実は価格も“かわいい”商品を中心に置いています。まずは身構えずにひとつ、使ってみていただければ嬉しいですね。
高:お皿一枚でも違ってきますよね。この皿で朝ごはんを食べるならば、ただのトーストではなく、フレンチトーストをつくろうかってなりますからね。日常が大きく変わった今だからこそ、時代の変化を取り込み継承しつづけてきた伝統的工芸品が注目されているのかもしれませんね。
賀:『青山スクエア』や産地発信の『匠市』をさらに充実させていくことで、使い手のかたに向けて伝統的工芸品の魅力を広げていきたいです。
ギャラリー&ショップ『伝統工芸 青山スクエア』
東京都港区赤坂8-1-22 1F
TEL: 03-5785-1301
営業時間 11:00〜19:00
年中無休(ただし年末年始を除く)
公式ウェブサイト:https://kougeihin.jp/
オンラインショッピングモール『工芸百貨 匠市』
公式ウェブサイト:https://takumi-no-ichi.jp