Gourmet
2020.06.22

お弁当で応援!新型コロナと闘う医療従事者、飲食店、生産者たちに希望を。全日本・食学会理事長インタビュー

この記事を書いた人

「数は力や」。人によっては思い上がって聞こえる物言いだ。しかし、この人の口から発せられると妙に素直に受け止められる。京都の老舗料亭「菊乃井」三代目で「一般社団法人全日本・食学会」(以下、食学会)理事長を務める村田吉弘さんは短い言葉に思いを託す。新型コロナウイルス感染症の治療にあたる医療従事者や営業自粛を求められる飲食店、生産者らを支援する食学会の取り組みに対する意気込みである。

この活動は、地域の飲食店がこしらえた弁当を地域の医療機関に届けるもの。原材料費や調理費などは食学会の運営資金や募金などでまかなう。冒頭発言の真意も含め、活動の狙いや仕組み、先行きの見通しなどを聞いた。
村田吉弘さん

「三方良し」を図らずも実現

ーー海外にも国内の他団体にも同じ趣旨の活動がありますが、食学会の取り組みはどういう経緯で始まったのですか。

村田:(以下略) 常任理事の脇屋(友詞)君との電話やったね。食学会は料理人や生産者、食に関する事業者の集まりです。われわれの使命はただ皆さんのお腹を満たすだけやない。食を通じて世界の方々を笑顔にすることやと思うんです。そういうこと常々考えとったら、新型コロナ禍に見舞われた。

そんなら、命の最前線で尽力してる病院に食を通じてエール送るのが筋とちゃうかと。そしたら、もちろんそれは大事やけど、同時に仲間の飲食店を助ける手立ても考えないかんという話になった。特に、営業自粛の中で頑張ってる若手。彼らが将来の食文化を担うわけやから、放ってはおけん。
祇園さゝ木
で、500円の材料費で作った弁当を1000円で引き取る仕組みを作った。粗利500円や。1日100個作って30日届けると15万円になるわね。作るということは材料がいる。せやから、この取り組みは生産者の皆さんの支援にもつながるんですね。

そう考えると、医療の最前線の方々、飲食店の若い人、生産者の皆さんがそれぞれ食を通じて前向きになれる。まさに「三方良し」になってるわけや。
ラ グランターブル ドウ キタムラ
ーーこれまで(6月10日現在)、北海道、東京、神奈川、愛知、岐阜、京都、大阪、長崎で活動されていますが、実際の運営や意思決定はどのように。

食学会は全国区です。せやから、基本的には各地の常任理事の裁量に任せてる。地方の実状の分からん中央が自分たちの考えを押し付けるのはよくない。中央に地方が合わせるのも無理や。政治と一緒やね。地域のことは地域に委ねて、思う存分に力をふるってもらうべきやと思います。
礼華
ーー弁当を届ける医療機関の選定も?

はい。「地方自治」です。

ーー選外の医療機関から「うちにも届けてほしい」と要請されたら?

喜んで受けます。ただ、あくまでも、新型コロナの重症患者を受け入れている病院に限ってます。それと、たいてい、それぞれの病院には、給食事業者が入ってる。われわれの活動はそういう人たちの邪魔をすることやないので、気を付けるようにはしてます。

「医者を辞めることを思いとどまった」

ーー提供する弁当の予算や中身についてのガイドラインはあるんですか。

予算という言葉が適切かどうか分からんけど、さっき言うたように、原材料費500円の中で工夫してやとは言うてます。せやから、どうしてもうちは原価700円でやりたいねん、というとこがあれば、それでええと思う。ただ、無理はせんでええとも言うてる。
モリエール
献立の中身も個々の店に任せてます。思い思いに腕を振るってもらえばええ。中には日替わり弁当みたいにしてるとこもあります。暑い季節には保存状態の心配もあるからパンやクッキーを提供する動きが出るかも。食事もろくにできひん人のための対策やね。
京料理 木乃婦
ーー品質面で留意しておられることは。

これから温度も湿度も上がるでしょ。当然、傷みやすうなりますわな。命を預かる人の口に入るものやから品質でも衛生面、安全面には特に気を付けてます。弁当から食中毒出たらシャレならんでしょ。
たか田 八祥
せやから、作ったんから毎日1個は検体用に取っておく。で、万が一、イエローカード出よったら、現場に足運んで調べて、徹底的に指導します。「あかんやろ」言うて頭ごなしに非難するんやのうて、衛生に対する意識を持ってもらう。

格之進

ーー弁当を届けられた医療機関からはどんな声が寄せられていますか。

おおむね、喜ばれてます。初めにぼくが言うたんは「一食で十分なボリュームがまかなえるようにして欲しい」ということ。現場は野戦病院やと思えと。テーブルクロスの前で、フォークとナイフで優雅に食べるわけやない。いつ食べれるかも分からん。味わいは二の次や。せやから、一食で足りる中身にして欲しいと言うたね。
Wakiya 一笑美茶樓
そんでも、若いドクターからは「もっと量を多くして」という声があった。「ごはんの量を増やして」という意見もあったな。要するに、きれいでのうてもええから素早く食べれるもんが求められてるということやね。
日本料理きん魚
そうそう、印象的な回答がありました。重症患者病棟の現場はわれわれの想像を超える状況らしい。それで、もう辞めてまおうと思った医者がいてた。
日本橋浅田
せやけど、毎日届けられる弁当食べてたら考えが変わった。皆さんの応援に応えるのが使命やと考えて辞めるのを思いとどまった言うねん。活動の力はこういうことや思うね。

理事長の最大の仕事は金を集めることや

ーー活動の成果について興味深いお話を伺いましたが、その仕組みの回し方に話を進めます。収支バランスはどうなっていますか。

直球やね。細かな動きは次の活動報告書で明らかになりますが、寄付金だけでざっと2500万円あります。このほかに食学会としての運営資金がある。それも充当できる。
日本橋ゆかり
一方、理事は無報酬で動くから人件費はほぼいらん。6月1日時点の累計経費が約1900万円やから、余裕はある。ただし、第二波に備えてもおきたいね。

ーー資金集めについては、どのような手立てを。

食学会加盟各社を支えてくださるファンにお願いすることにした。その(現時点での)合計が2500万円。

ーー短期間でそれだけの額が集まるということは、それぞれのお店に心強いファンがたくさんいらっしゃる証ですね。

それもあります。そやけど、大きな団体や会社に頭を下げるんは理事長の役目やと思う。最大の仕事やね。せやから、直接電話する。ぼくがかけるときは金のことやと分かるから「何にいくらいるねん」となる、話早いわな。

村田は私利私欲やなくて「公利第一や」いうことが言わんでも分かるから、たいていは理解してもらえます。今回も「持続化給付金もらえてない若い料理人潰したくないんや」と率直に訴えた。そのことでズーム会議したり、関係大臣に連絡取ったりもしました。

世の中、何事かをなそうと思えば、数が必要です。一人の力は尊いけど限りがある。数を揃えてこそ、動くものがある。せやから「数は力」や。最たるものは政治の世界。今回の取り組みもそうやね。組織として動くからこそ、それぞれの思いが行き届くんとちゃうかな。

日本料理 柏屋

やったらできるやん!

ーーこの活動を通じて得られた手応えは。

やったらできるやん! いうことです。自分がそうやから分かるけど、料理人はもともと独立独歩を好む傾向が強い。せやから、なかなかまとまりにくい。そやけど、基本的には「人に喜んでもらうこと」が好きなんや。

今回の取り組みかてそうでしょ。自分が弁当を作ることで生産者にも届けた先の医者にも喜んでもらえる。そういうことを実感できるええ機会になったんちゃうかなと思うね。

日本料理てのしま

ーー活動を通じて、業者間の交流も深まったのでは。

そうそう。例えば、東京のある業者が保冷車をもってる。けど、スペースに余裕がある。そんなら、あんたんとこのも載せてくわ、悪いな、ほんならその後で●●さんとこも寄ってあげて、みたいなやり取りが自然に生まれる。京都にも似た動きがあります。

ーーこの活動を今後の会の運営にどうつなげていきたいですか。

活動を通じて、会員相互の結束力が強まったのは確かやね。今回のことで、会に興味をもってもらえて、問い合わせもぼつぼつ来てます。新規に150名ほど増やしたい。会員増強は資金集めと同じくらい大事な理事長の仕事や。

ただ、勘弁してほしいのは「ここは何してくれんの」と聞かれること。ここは会員がサービス受けるとこやなくて、社会に奉仕する会や。そこは勘違いしてほしくないね。

あと、やりたいんはええ意味で会をごちゃごちゃにしてまうこと。誤解を恐れんと言うと、今は「あいつは三ツ星や」「あそこは三代目や」「うちは小さいラーメン屋や」いうような意識がある。それは事実やろうけど、会の闊達な活動を妨げてる面がある、と思う。

せやから、星の数やら歴史の長さやら何を作ってるかという垣根や境をいっぺん、取り払ってみたい。それが健全なる組織のあり方やないかな。

NHKは断ったけど『和樂web』には出るわ

ーー今回の活動を百点満点で採点してください。

われわれの取り組みとしては満点付けたいね。ただし、それが医療従事者や生産者の皆さんの力になり、どれだけ役立ったかは分かりません。せやけど、このことで「内なる力」は確実に強くなったし、活動を知った人から褒められんのは嬉しい。

会員の中から「ええ会や」「コミュニケーションが深まったんちゃうか」という声も聞こえてくる。北海道から九州まで、毎日連絡取り合ってるのも情報交流を深めてると思う。

ーー事実上、陣頭指揮を執ってこられた立場として、最も心を砕かれたのは。

やってることはものすごく意義深いことやと思うんです。少しでも医療従事者に感謝の気持ちを伝え、飲食店には事業継続の希望を届けたい。その考えはぶれてません。せやけど、いや、せやからこそ、それが売名行為の類と取られることだけは避けたい。それに尽きるね。

ーー村田さん自身がブランドだから。

良くも悪くも目立つのはあかん。黒子でええねん。その証拠に、これまでいっぺんも記者会見開いてないし、これからも開きません。活動始めたころにNHKがニュースで取り上げたい言うてきたけどお断わりして代わりに弟子を出しました。

ーーとなると、このインタビュー、貴重ですね。

うん。『和樂web』なら文化の切り口で見てくれるから受けたんや。頼むで。
ポンテベッキオ

一般社団法人 全日本・食学会

HP http://aj-fa.com/

FB https://www.facebook.com/ajfa2012/?fref=ts

 

書いた人

新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是自然体。