お香の名店・山田松香木店がまじめに蚊取り線香をつくったら?「夕涼み」に見る京都老舗のわざ

お香の名店・山田松香木店がまじめに蚊取り線香をつくったら?「夕涼み」に見る京都老舗のわざ

目次

京都の老舗が打ち出す画期的な新商品誕生秘話の裏側に迫る

「うちに新商品はありません」。

京都で老舗と呼ばれる100年以上続く専門店に私が興味をもったきっかけは、そんな老舗店との出合いでした。「目先のことだけ考えてものづくりをしていたら、古くからうちにあるものが売れなくなる」という言葉の重みを理解できるようになったのは、このごろのこと。

とはいえ、そんな商いが成り立つ老舗はごく一部。伝統的な商品を守りながらも、どこかの代で新作を生み出し、ヒットをつないできたからこそ今日まで店は続いているんですよね。

100年前のものが古臭く見えず、できたばかりのものが目新しすぎず、「その家らしい」と買い手を納得させるものづくり。そこにあえて挑戦した老舗の当主に話を聞きたい。

ということで、100年先もこれは売れてますね、と勝手に太鼓判を押した老舗の新商品にまつわるものがたりを紹介していきたいと思います。

山田松香木店は江戸時代から続く香りの専門店

江戸・享保年間に創業。薬種業に始まり、のち明和から寛政年間にかけて取り扱う薬種を香りに特化するように。

日本に香料が渡来したのは6世紀と言われていますが、当初から香りは薬の一種として扱われていました。そう考えると、この移行は驚くことではないんですね。

現在は伽羅(きゃら)・沈香(じんこう)・白檀(びゃくだん)に代表される香木(こうぼく)や麝香(じゃこう/鹿の香嚢)・龍涎香(りゅうぜんこう/鯨の分泌液)といった芳香性薬種(香原料)を中心とする香木業を営み、そこから派生して線香に代表される薫香商品を販売しています。

創業当時から御所近くに店を構え、表にかかるのれんは年間を通して「香色(こういろ)」。平安時代より高貴な色として尊ばれた色で、この店を象徴する色でもあります。お香を表す色があったなんて…驚きです。日本人と香りの深いつながりを感じますね。

山田松香木店といえば壁面を占める薬棚!

前回同様、新商品ご案内の前に、この店が今日まであり続けた代表商品を紹介しましょう。と言いながら今回は、店内壁面を飾る薬棚を私は選びました。

薬棚の引き出しの数は400個! ひとつの香木の中で香りや用途ごとに分かれてたくさんの数が収められています。天然の香木は日本では採取できないので、今も昔も輸入品が頼り。しかも上質の香木は年々希少になっているそうで、この数を保つことができているところが、さすがは老舗専門店。山田松香木店では香木を保護する活動にも取り組んでいます。

薬棚の前に見えるテーブルスペースは、香木を量り売りするためのもの。そう、この薬棚は在りし日の姿を伝えているわけではありません。現在も薬種業は続いているんですね。

オーダーの調香サービスは予約制で行われている。

山田松香木店がほかと大きく異なるのは商品に天然の香原料を惜しげなく、ふんだんに使う点。

「香りには効能がある」=人間の薬になるものだから天然の香りを、というのがこの店の信条。薬種業から始まったルーツにのっとり、「天然の、日本の香りを届ける」ことを創業時から貫いています。

新商品、蚊取り線香「夕涼み」とは?

「日本には蚊取り線香というものが昔から親しまれていますよね。それをうちの店としてーーつまり天然の香原料だけを使って”蚊やり”香がつくれないかな? と思ったんです」とは山田松香木店の9代目を2019年から担う、山田洋平代表です。

当時、専務を務めていた山田さんを先頭に、若手メンバー5名を集めてこのプロジェクトは発足。山田代表(左)の隣に座っているのが、そのチームリーダーの製造部の堀田千尋さんです。

そこで完成したのが、「かやり香 夕涼み」。

スリム線香「かやり香 夕涼み」900円(約80本入、1本の燃焼時間は約25分)。開け閉めのできるビニール製の袋が2つ紙箱に入る。湿気対策も万全です。

「これまでうちにはないものをつくるのだから、試行錯誤も含めて新作を生み出す過程を味わってもらって、その手応えを次の商品開発につなげてもらいたいという考えがありました」と若手メンバーを集めた経緯を話す山田代表。

蚊取り線香という具体的な命題を与えられて、堀田さんがまず頭に描いたのは「お香の専門店がつくるものなのだから、香りがいいことは大前提」ということ。

やっぱり、、、、そこでしたか!

「夕涼み」にはいわゆる蚊取り線香にない香りがある

ここでいきなりわたしごとの話になりますが。私が蚊取り線香を探し始めたのは、歴代暮らした家の台所には窓があっても網戸のつかないタイプでして(前回の家で苦労したのに、今の家も同じパターンになってしまったという…)。

台所に立つことは、すなわち蚊との戦いになるわけですが、調理するそばにヘンな匂いのする除虫剤は使いなくない。無臭であればいいわけでもなく、そもそも薬剤を食べ物の近くに置きたくない。

ということで、天然成分由来の蚊取り線香を探し始めたものの、最後まで納得できなかったのが、香り! オーガニックをうたうものでも匂いが気になる…。ライフスタイルショップで探すのをあきらめて、もしかして? とお香に目を向けてたどり着いたのがこの「夕涼み」だったのです。

「蚊取り線香の主成分は除虫菊になります。それは夕涼みでも同じなんですよ。うちは天然の除虫菊に白檀や桂皮、龍脳などを配合した天然香料を混ぜています

ほかにはない香りになっているのは、アオモジのエッセンシャルオイルでしょうね。除虫菊とアオモジの親和性が高いことは、僕たちもつくってみて初めてわかったことです」(山田代表)。

「夕涼み」は名前のごとく、清涼感のある香りがいいんです。ちなみにこの奥ゆかしい商品ネームも若手チームが考えたものです(若いのにさすがこのネーミングが浮かぶところが京都らしい!)。

防虫効果を確かめるのに一苦労。開発に1年以上かかりました

「いちばん苦労した点は、防虫効果がある香りに仕上がっているか。その判断でした」(堀田さん)。

「防虫剤を専門的につくっている企業であればいくらでも実証例があると思うのですが、僕たちにはそんなものはないですから」(山田代表)と当時を思い出して、苦笑するおふたり。

ということは…? まさか、まさか。地道に人体実験を重ねたのでしょうか⁈

「山田松香木店が長年培ってきたイメージがありますから、そこはお答えしないことが答え、ということでいいでしょうか(笑)」(山田代表)

おふたりの顔からどんな検証がなされてきたのか、想像できますね!

若手チームが体を張って頑張ってくれた結果でしょうか??

「夕涼み」には蚊やり効果もちゃんとある。かつ体に害のあるものが入っていない。愛用者は毎年、初夏の発売を待ってリピート買いしていくそうで、実用価値も認められている証拠ですね。

2018年に線香をぐっと細く改良。極細の線香にはどんな効果があるの?

最初に「夕涼み」が発売されたのは2012年初夏。当初から長時間使用に向く渦巻きタイプと室内香向けのスティックタイプが提供されていました。
巻線香「かやり香 夕涼み」1,500円(10枚入、1枚の燃焼時間は約90分)。手の込んだ包装なので贈答に使っても喜ばれる。

ところが2018年度分からスティックタイプが一段と細くリニューアル

このスリムな線香が画期的に良い!
これはもう新商品と呼んでもいいんじゃない? というぐらい使い勝手が向上したんです。

今回改めて山田代表にお話をうかがうことでわかったことですが、なんと山田松香木店は夕涼みに限らず、2018年を機に線香全般を細くスリムに改良

それって設備器具から全面取り替えですよね? 製造現場はもちろんのこと、パッケージなどすべてを変更していくのは大きな決断だったのでは??

となれば、ますます気になります。
線香を細くすると何が変わるの? そこにこだわる理由ってなんでしょう?

「燃えるときの煙の出る量が違うんですよ。香りは煙に乗って届くものですから、煙が立つ量が多いと焦げた香りがどうしても多くなってしまいます。

本来私たちが意図している香りを楽しんでいただくためには、ある程度の細さが必要だと決断しました」(山田代表)

「夕涼みを例にしても日常品と呼ぶほど価格は手ごろではないでしょう。
でも香りの価値をわかっている方がうちの商品を選んでくださる。
そこに確信がもてたので、見た目も美しいスリムな線香に全面的に変更しました」

堀田さんの「太い線香は燃えた後の灰がボロっと落ちてしまうんです」という言葉を頭に入れて、改めて眺めてみました。確かに! 灰の落ち方が以前よりもキレイ。「夕涼み」を使った後は、灰の後始末もラクだったのにはこんな理由があったんですね。

「夕涼み」の麗しい煙の立ち具合をお見せします。うっとりしませんか?

室内に限らず、庭仕事やお墓参りに、バカンス先でも「夕涼み」をいかがでしょう。香りが涼を運んでくる心地よさにうっとり、蚊取り線香の概念が変わりますよ!

香りの開発から線香の製造まで一貫してできるのが強みです

ところで、私が「夕涼み」にたどり着くまでに試した数々の蚊取り線香。“体に優しい”とうたいながらも、頭が痛くなるような匂いがしてみたり…。素朴な疑問を山田代表にぶつけてみました。

「よそのことはわかりませんので、自社と照らし合わせてお答えしますね。おそらく香りの製造元と線香の製造元が違うからではないでしょうか。

線香を量産できるところって限りがありますから。ほかのところからもってきた香りを線香に移したところで納得したものができるかどうか。うちは香りをつくって線香に落とし込むまで自分のところでやりますからね。

先ほどお話しした細い線香を例にしても、細く変えたら燃え方が早くなるので長さも必要トータルで変えていかなくてはならないんですね。ある程度の基準はありますが、香りそれぞれに適当な長さがある。細かく調整してひとつのものができあがるんですよ」
比較的新しい商品のこちら「香木千聚(こうぼくせんしゅう)」もぐっと細く、長くなってリニューアル。香木を焚く手間を省き、そのままの香りを線香に再現した贅沢な逸品。伽羅、シャム沈香、ジャワ沈香、白檀の4種類。2,000円〜5,000円(税抜)。

うちの商品は使ってもらえば、良さがわかるもの。あえて宣伝はしません。

「夕涼み」はどのお香専門店の蚊取り線香とも異なる点でも、もっとアピールした方が良いのでは? と山田代表に提案したところ、「うちのお客様はそういうことを嫌うんですよ」という答えをいただきました。

「『この店の良さは、使っている私が知っている』そんな風に思ってくださっているお客様にうちの店は支えられていますから。

“使い比べて、納得して選んでもらう”過程を残しておきたい。そのためにも商品アピールは控えめなんです」。

このあり方が、山田松香木店なんですね。顧客との長きにわたる信頼関係があってこその商いの仕方があるという老舗のいい見本を教えていただきました。

カジュアルに「練香水」を楽しむアイテムが新登場

「長い目で見ると、既存の商品だけに頼っていると先細りしてしまう。だから新しいものは常々つくっていきたいとは思っているんです。ただどんなものにしても “のれんの重み”を感じさせる製品ではありたいですね」と山田代表の言葉を表す新商品が、この夏発売になりました。

身を清めるために古くから日本人が使ってきた塗香(ずこう)。これをもっと身近なアイテムとして開発された「ハンドクリーム」と「ソリッドパフューム」です。こちらも若手チームが開発に携わりました「うちの香りをそのまま活かしてくれる化粧品メーカーを探すことに時間がかかりました。こちらも商品化まで時間がかかっています」(山田代表)。

ハンドクリーム(龍涎香・白檀)各1,200円(50g入)。

ソリッドパフューム(龍涎香・白檀)各1,800円(10g入)。

龍涎香(アンバーグリス)はマッコウクジラから採取される香原料が香りの基調。甘さとスパイスが濃く、深く響く香りは男性がつけてもにあうと思います。白檀(サンダルウッド)は最上品とされるインド南部産の老山白檀が使われています。

香りを効かせたいときは、クリームとソリッドパフームの重ね付けもおすすめ。ふとしたときにただよう和の香りってなつかしくもあり、心に響きますよね。
蚊取り線香しかり、毎日のように気軽に使えるものを通して、長く続いてきた日本人と香りの付き合い方に思いを巡らせるきっかけができたら、と願っています。

山田松香木店
京都市上京区勘解由小路町164(室町通下立売上る)
075-441-1123
※東京の半蔵門と日本橋髙島屋7Fに直営店あり。

撮影/田中麻以(静物、動画)
*次回はいづ重の鯖姿寿司「極上」を紹介します。

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