うなぎの老舗4選!江戸っ子気分に浸るならここ

うなぎの老舗4選!江戸っ子気分に浸るならここ

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江戸っ子をも魅了した、うなぎの老舗4軒をご紹介! 江戸時代前期の元禄年間にできたといわれる蒲焼き。以来、およそ300年もの間、変わらないつくり方でうなぎは料理されています。江戸の味を今に伝えるタイムカプセルのような蒲焼きをいただきましょう。

竹葉亭本店(東京・銀座8丁目)

戦前は、東京に10数軒支店があったという竹葉亭。創業は幕末の慶応2(1866)年です。大正時代、関東大震災直後に建てられた本店の離れや茶室は、都会の真ん中とは思えないほど静かなたたずまいを残しています。歌人・斎藤茂吉が、息子・茂太の見合いを催したのはこのお店。後に茂太の妻になる美智子がうなぎを残したのを見て、「食べないなら自分が食べる」と2人前食べたというエピソードが残っています。茂吉のうなぎ好きは有名で、「あたたかき鰻を食ひてかへりくる道玄坂に月おし照れり」という歌もあります。

竹葉亭

竹葉亭本店の蒲焼きは、煙のにおいをつけすぎないように気をつけているという、繊細な仕上がり。たれも、甘すぎず辛すぎず、品のよいバランスです。こちらでは白焼きも人気で、日本酒に合わせる人が多いといいます。わさび醬油でいただきます。蒲焼きを押し寿司仕立てにしたうなぎ寿司もあり、なかなか店に出かけられない歌舞伎役者からの注文もあるとか。都心に奇跡のように残った庭を見ながら、うなぎが焼けるのを待つのは、贅沢な楽しみです。

◆竹葉亭本店(ちくようてい)
住所 東京都中央区銀座8-14-7

明神下 神田川本店(東京・外神田)

玄関に着くと、「ごあんな〜い」の声。神田明神の男坂を下ったところにある神田川本店は、文化2(1805)年創業の老舗です。こちらの特徴は、きりりとしたたれ。江戸前の蒲焼きは醬油とみりんだけのたれを使うといいますが、神田川本店では醬油とみりんが同割の辛口です。後味がすっきりしているのは、砂糖を使っていないから。もうひとつ目を引くのは、蒲焼きも白焼きも串を打ったまま出されること。ご主人の神田茂さんに理由を聞くと、「職人の意地ですね。焼き上がりがきれいになるように串を打つのは難しい。これだけの仕事をしていますよ、と見せているんです」と教えてくれました。

神田川

「今ではいろいろな魚のことを言いますが、江戸前とはもともとうなぎのことでした。江戸時代は、江戸湾に注ぐ川で捕れるうなぎが最上とされていたんです。江戸湾にはしゃこやかになどの甲殻類が多くて、それを食べたうなぎを『しゃこうなぎ』と呼んで珍重しました」江戸時代、うなぎを食べるのは辻駕籠(つじかご)を使うのと同じくらい贅沢なことだったそうです。往時の美味を今も体験できるのは、うれしい限りです。

◆明神下 神田川本店
住所 東京都千代田区外神田2-5-11

野田岩(東京・東麻布)

『野田岩』の看板をよく見ると、『狐うなぎ』と書いてあります。天然うなぎを使っていたころ、きつねのように鼻先が尖ったうなぎが捕れることがありました。川でえびやかにを食べて引き締まった顔つきになったうなぎで、こんなうなぎがうまいと、かつては野田岩で扱っていたのです。養殖のうなぎが主流の現在、野田岩では、各地の養鰻池から、店の厳しい目にかなった、上質のものを仕入れています。

野田岩

こちらの特徴は『蒸し』です。焼いたあと、蒸籠で1時間30分ほども蒸したうなぎは、ふわふわです。これを落とさないように焼くのが職人さんの技の見せどころ。ご主人の金本兼次郎さんは「蒲焼きはこげてはいけない」と考えていますから、たえず表面を見るために、頻繁に持ち上げなければいけません。焼き上がったうなぎは、思いがけないやわらかさ。うまみが広がります。たれは江戸前、醬油とみりんだけ。江戸時代末期の寛政年間(1789〜1801年)に創業して以来、変わらない味を守ります。パリにも支店がある野田岩の歴史を経た味は、世界にも通用しています。

◆野田岩(のだいわ)
公式サイト

つきじ 宮川本廛(東京・新富町)

築地市場にほど近い『つきじ宮川本廛』は、明治26(1893)年創業。ご主人の渡辺安良さんのおじいさんである創業者の助之丞さんが、深川の『宮川』で修業。この店の廃業にあたって名跡を継いで、築地に店を出し、繁盛しました。「昔は天然うなぎでしたから、冬眠していて捕れないときは鶏料理とか、川魚料理を出していました」と渡辺さん。

宮川本廛

うな丼を頼み、ふたを開けると、つやつやした蒲焼きが現れます。たれは醬油とみりんの江戸前。こちらでは、ご飯にかけるたれは別につくっていて、あと味をすっきりさせるために、少々辛めにしているそうです。「丼のほうが安く見られることもありますが、うちではうな重とうな丼の値段は一緒です。お客様のお好みでお重か丼かを選んでいただいています」うな丼は、江戸・文化年間(1804〜1817年)に、日本橋堺町(現在の人形町)で、芝居の金主(興行主に資金を出す人)・うなぎ好きの大久保今助が、熱いご飯の間にうなぎを入れれば、冷めずに食べられると思いつきました。ご飯とうなぎの組み合わせは、江戸時代から最高だったのです。

◆つきじ 宮川本廛(みやがわほんてん)
公式サイト

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