3年いたら価値観が大きく変わるかも!?鹿児島県さつま町に移住してみない?

3年いたら価値観が大きく変わるかも!?鹿児島県さつま町に移住してみない?

目次

都会の生活から田舎暮らしへ

ある日突然、隣の席の同僚に仕事を辞めて鹿児島の田舎へ移住するのだと打ち明けられた。実家から一度も出たことがなく、一人暮らしすらしたことがない。30歳を過ぎ、仕事ばかりの都会の生活に疲れたのだという。なんで鹿児島?と聞いたら、食べ物がおいしくて、温泉や手工芸があるから、と理由を教えてくれた。

もう一つの理由は、地域力の維持・強化を図っていくことを目的とし、2009年度から総務省によって実施されている「地域おこし協力隊」の制度を利用し、さつま町での観光や移住促進の協力をしたいそうで、退職後すぐに鹿児島県薩摩郡さつま町へと移住してしまった。任期は3年。ちょうど2019年の秋で任期が終了するのだという。いつかいつか、と思っていたら、3年経ってしまって、終了一ヶ月前に滑り込みでさつま町へ行くことになった。

町役場にお邪魔します

「地域おこし協力隊」である瀬畑さんが席を置くのは、さつま町役場のふるさと振興課。進学で町を出る若者が多く、高齢化、人口減少が問題となっているさつま町だが、この町の魅力を県外へ発信し、移住促進のための仕事をしている。さつま町の大先輩、移住定住係の手塚さんと一緒にさつま町の魅力を案内してもらった。

左:さつま町役場本庁舎
右:移住定住係の手塚さんと地域おこし協力隊の瀬畑さん

さつま町の魅力はなんですか?

とにかく自然が豊か。中でも5月中旬~下旬頃にかけて見られるホタルは全国有数の鑑賞地として知られる。川舟に乗ってホタルの幻想的な光を鑑賞できる「ホタル舟」も有名。この他の楽しみ方や町の自慢をご紹介しよう。

温泉が沢山!

さつま町には、25箇所の温泉施設がある。この町の温泉には、4大美人泉質とされる硫黄泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、アルカリ性単純温泉のいずれかに属しており、アルカリ度が高く汚れた皮脂や分泌物を乳化し洗い流してくれる働きをもつ。まさに『美肌温泉』として親しまれている。

温泉の源泉は紫尾神社の賽銭箱の下!

「紫尾温泉」は、美人泉と呼ばれる歴史ある温泉地。紫尾神社拝殿下から湧き出る温泉のため『神の湯』と呼ばれている。

左:紫尾区営大衆浴場、通称『神の湯』
右:柿専用の浴槽

「あおし」とは鹿児島弁で「柿の渋を抜く事」を意味する。「紫尾温泉」に渋柿を一晩つけると渋が抜けて、独特の香りがする甘い柿になる。毎年10月中旬あたりから11月末までの間に見られ、紫尾区大衆浴場軒先に設けられた専用浴槽に柿がプカプカと浮かぶ光景は秋の風物詩となっている。

地産地消で食べ物がおいしい

鹿児島県は全国的に見ても第一次産業の割合が高いので、新鮮な食材が提供されている。多くのスーパーには「地産地消コーナー」と呼ばれる、地元食材を扱う売り場が設けられている。食品売り場を見ると珍しい食べ物が沢山!スーパーで発見した鹿児島らしいものをほんの少しご紹介。


日本の中でも鹿児島県と宮崎県の一部でしか見られない独特の食文化である「鳥刺し」は、鶏肉を生の刺し身で食べる。1人前の小さなパックが、スーパーで簡単に手に入る。この「鳥刺し」には鹿児島の甘~い醤油(この醤油の甘さにもビックリ!)がよく合う。焼酎の当てにも最高で、初めての美味しさに驚いた!

左:端午の節句に作られる「あくまき」

右:殺菌作用のある葉で包まれた「けせん団子」、「かからん団子」

鹿児島県民は甘いものが大好き!もち米を使ったモチモチ系の甘い郷土菓子も多い。端午の節句に作られる「あくまき」は土産物屋でも見られるメジャーな郷土菓子。もち米を竹皮で包み、灰汁で煮たもので、キレイな飴色とプルンとした食感が特徴。高温多湿な鹿児島の風土で保存を兼ねた食文化として受け継がれている。殺菌作用のある葉で餡だんごを包んだ「けせん団子」や「かからん団子」も鹿児島の風土から生まれた菓子。

左:21世紀手作り香辛料さつま町特産第1号「ひらめき」

右:鹿児島県人は皆、子どもの頃から食べている豆菓子「珍々豆」

さつま町のどの家庭にも常備されている、町内では超有名なスパイスがある、その名も「ひらめき」。桜島子みかんの皮を原料に、白ごま・タカノツメだけで作られている。七味に近い味わいだけど、みかんの香りが新鮮。蕎麦や豚汁には欠かせない。

スーパーには地域性のあるおいしいものが並んでいる他、地元の方々が作ったお惣菜や郷土菓子、新鮮野菜を扱う物産館も小さな町の中に何軒かあった。滞在中に見たことない食べ物がおもしろくて、何度か足を運んだ。

竹林の町

竹林面積日本一(16,000ヘクタール)を誇る鹿児島県の中で、最大の栽培面積を有するさつま町は竹細工のふるさと。「宮之城伝統工芸センター」は、竹細工の展示販売を始め、本格的に竹細工を学べる施設。1時間程度で作れる簡単な体験から、年間を通して通うクラスもある。瀬畑さんも竹の知識を深める為にと、この教室に通って3年目。

竹ヒゴを薄く剥いでいるところ

竹細工のスタートは、自らが竹をナタで荒立ちし、幅、厚さを揃えた「竹ヒゴ」を作ってから編み始める。作品の仕上がりは、竹ヒゴの出来具合で8割が決まってしまうという程に重要な工程。少しでも曲がってナタの刃先を入れてしまうと、端までいった時に大きな誤差が出てしまう。竹の特性に慣れるまでには、失敗も多いそうだ。

左:サイズを確認しながら編み進める

右:完成品と比べながら形成

希少な竹細工の編み方テキストや、晒した竹を求めて遠方からお客さんが来ることも。ここでどっぷり竹細工の世界につかってみるのもおもしろいかもしれない。

▪️宮之城伝統工芸センター 基本情報
開館時間:8:30~17:00
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
住所:鹿児島県薩摩郡さつま町虎居2638番地1 
 


伝統的な土人形を復興せよ

鹿児島県には各地に土人形が存在し、さつま町にも宮之城人形と呼ばれる土人形がある。宮之城町(現さつま町)で作られていた事から宮之城人形と名付けられた人形は昭和14(1939)年まで、松永仲次郎の手で作られていた。仲次郎は亡くなるまで宮之城人形を作り続けていたが、後継者はおらず、昭和14(1939)年以降は一旦途絶えた。
瀬畑さんは、この人形を現代へ復興させるべく活動している「宮之城人形復興会」に参加し、宮之城人形の作成をしている。

宮之城人形復興会にお邪魔します

お話を伺った宮之城人形復興会・会長の原田紀史(はらだのりふみ)さん

月2回ある宮之城人形復興会の活動日に、会長の原田紀史(はらだのりふみ)さんへお話を伺った。

失われた宮之城人形が復活した

約70年ぶり、平成17(2005)年に宮之城人形は復活した。どのようにして「宮之城人形復興会」が始まったのだろうか?

原田会長:最初に人形作りを習いに行った人が講師として、生涯学習講座を開きました。復興会のスタートは、その講座を受けに来た生徒たちが集まったものです。

復興会の活動は、皆の仕事などに支障がないよう月2回、週末に行われる。保存継承が活動の一番の目的であるため、人形の販売は年に1度、2月7日に開催される「初市」で並べるのみ。

初市とは?

初市とは、鹿児島県内の各地で1月から2月にかけて行われる行事。別名「人形市」と言われている。宮之城人形の他にも、市ごとで各地の土人形が並ぶ。

原田会長:古くからある伝統的な行事なので、人形と同様にそれを引き継いでいます。なので、営利目的で販売をしていません。売り上げは全て次の市に向けて制作費、材料費として使用させていただいています。途絶えた人形を皆で1年間作り、「初市」でお分けしています。市に並べる以外では、作者個人が所蔵します。個人で所蔵するものには作成年月日や名前などが掘られています。縁起物なので自分の手で作り、家に飾ったり、プレゼントしたりします。

人形の作成工程

お話に伺った日は、ちょうど型から粘土を外して成形をしているところだった。

合成樹脂ではない型。福助の人形用

原田会長:人形型はありますが、外し具合は個体差があるので、同じものは出来上がりません。それが人形の良さでもあります。

1:粘土をこねる
2:粘土を棒で平らに伸ばしていく

3:型に粘土を詰める
4:人形の前後の型を合わせくっつける

5:鯛抱きの型を外したところ
6:水を使って細部を整える

人形製作の経験が浅ければ簡単な形から製作し、数をこなすごとに難しい形を任される。皆で上手く形を振り分け、復興会として1年間で必要な製作数を完成させる。

難易度の高い成形や部分的な修復はベテランさんが担当。

型から粘土を外したら、2週間自然乾燥させる。

その後、800度の窯で約6時間焼く。

原田会長:色つけは、一応基本がありますが、個人の自由で好きな色のアクリル絵具で柄を塗ります。この点も、それぞれの人形に個性が出て良いものです。

途絶えたものを復興するという、皆で同じ目標に向かって、助け合いながら楽しそうに製作を進める場が印象的だった。

▪️宮之城人形復興会 基本情報
活動場所:宮之城文化センター

活動日:毎月第一土曜日と第二日曜日
問い合わせ先:宮之城歴史資料センター 0996-52-3340

Uターンして開業『TOFU STAND』

小さな町にお豆腐屋さんができたと案内してくれた。「TOFU STAND」という、夫婦2人で切り盛りしているお店。神戸出身の福田昌廣さんは、ご家族が豆腐を作っていたこともあり、自分も作りたいという思いを持っていた。実家がさつま町のお惣菜&お豆腐屋さんだった頼子さんと福岡で出会い、2016年に2人でさつま町に帰郷し、昌廣さんは豆腐作りを学び始める。そして2019年2月に、国道沿いに念願のお店をオープン。

左:カウンターには出来立てのお惣菜が並ぶ
右:「TOFU STAND」を営む福田夫婦

「TOFU STAND」の人気メニュー5品


1.どっしりと重量感のある木綿豆腐

2.看板メニューの豆腐とおからのドーナツ


3.季節の野菜を使った「がね」と具沢山のがんも
4.モチモチ食感の「がね」と軽く炙った厚揚げ

飲食店で経験を積んできた頼子さんは、新商品の開発にも積極的。卵・乳不使用の豆腐とおからのドーナツ、ランチタイムに食べられる豆腐をふんだんに使った優しい定食、豆腐入りの「がね」など、オリジナリティあふれるメニュー。「がね」とは鹿児島弁で「蟹」の意味。さつま芋などが入っているかき揚げのような食べ物で、鹿児島民のソウルフード。米粉やもち米粉などを使い、モチモチした食感でそのまま食べられるように味付けされている。形が蟹に似ている事から「がね」と名付けられた。


5.さつま町産スパイス「ひらめき」が入ったひらめき豆腐。ひらめき豆腐は湯豆腐がおすすめ

厚揚げはフライパンで炙って、醤油+かつお節をかけるだけで絶品メニューに。ひらめき豆腐は湯豆腐にしてポン酢を合わせるのがおすすめ。頼子さんにおすすめの食べ方をききながら、愛情が詰まったお豆腐メニューを食す。週末は各地イベントへも出店しているとのことで、多くの方々に是非食べていただきたい。

▪️TOFU STAND 店舗情報
営業時間:8:00-19:00(水曜定休)
住所:鹿児島県薩摩郡さつま町船木2922
インスタグラム:https://www.instagram.com/tofustand_f/

廃校した小学校をリノベーション『きららの楽校』

旧白男川小学校から生まれ変わった「きららの楽校」

最後は、もう一人の協力隊を紹介すると「きららの楽校」へ伺った。廃校となった白男川小学校をリノベーションし、「遊ぶ、学ぶ、泊まる、食べる」の楽校体験が出来る、みんなの笑顔があふれる楽しい施設として生まれ変わった「きららの楽校」。各教室の時間貸しや宿泊施設、カフェを運営している。

左:校内を活かして設計されているカフェスペース

右:本が自由に閲覧できるブックマウンテン

左:教室内が綺麗に改装されたドミトリールーム

右:広々としている長期滞在部屋

▪️きららの楽校 基本情報
住所:鹿児島県薩摩郡さつま町白男川1501-1(旧白男川小学校) 

公式サイト:https://kiraranogakko.jp

地域おこし協力隊が目指しているものとは?

「きららの楽校」に席をおく協力隊の川西さんにも、さつま町での活動についてお話しを伺った。

お話しを伺った地域おこし協力隊の川西さんは、一家で2年前に移住、さつま町で起業を目指している

川西さんが主に手がけているのは、神社復興のための活動や、町の音楽フェスなどのイベント運営。
映像関係の仕事をしていた前職の経験を活かし、終活のためのビデオレター作成の請け負いも始めたそう。自分のお葬式の時に流すために、生前から用意したいと需要があるそうだ。他にも飲食店の経験があるため、地元の広島式坦々麺も作って、イベント出店している。
「移住してきたら、1つの仕事というニュアンスをなくした方がいい。色んな種類の仕事を何個もやった方がいい。坦々麺を作って、映像の仕事もするというような、制限のない働き方をするのがおすすめ」と川西さんからお話しいただいた。
高齢化が進み人口が減っているこの町で、新しいビジネスを生み出し、町の活性化のため起業を目指している。

つかの間の居候を終えて

さつま町暮らしを味わって、3年この町にいたら価値観が大きく変わるのだろうな、と感じた。必要なものの分別が変わって、お金や時間の価値観も変わるのだろうし、味覚も変わるだろう。
鹿児島が好きだから任期終了後も鹿児島のために働く、と決意している瀬畑さんがたくましくて、印象的でした。

3年いたら価値観が大きく変わるかも!?鹿児島県さつま町に移住してみない?
この記事をSNSでシェアする
この記事をSNSでシェアする