芭蕉が使った矢立から徳川家康の鉛筆まで。進化する筆記具は日本人の魂の舌だった

芭蕉が使った矢立から徳川家康の鉛筆まで。進化する筆記具は日本人の魂の舌だった

──”La pluma es la lengua del alma.“(ペンは魂の舌である)
『ドン・キホーテ』の著者として有名なスペインの作家、ミゲル・デ・セルバンテスは、ペンにまつわるひとつの名言を遺しています。

今も昔も、人の思いを乗せるのに、ペンは重要な役割を持っています。
キーボードで入力するのも良いけど、やっぱりペン。
とはいえ、ペンが日本で一般的になったのはまだまだ200年も経っておらず、それまで使われてきた筆記具といえば、筆です。いわば、日本人にとって《魂の舌》は筆だったと言い換えることができそうです。

日本人の《魂の舌》はいつからペンになったのでしょうか。
そんな疑問を抱いたのなら、日本文具資料館へ行くのが良いかもしれません。

1000年以上続いた「筆一強時代」

日本に現存する最も古い紙に書かれた文字は、聖徳太子の「法華義疏(ほっけぎしょ)」と言われています。つまり、少なくとも1400年前には墨と筆が中国から伝来していたことは確かなようです。
紙に文字を書く以前は、物に文字を彫っていました。古墳から出土された鉄剣に文字が刻まれているのを見たことがある方もいるのではないでしょうか。

平安時代になると墨の量産化により、能書家も増えたと言います。ただ国民全員が筆と文字を使っていたかというとそこまでには至らず、庶民が持つようになるのは江戸時代のことです。

明治時代になってペンや万年筆が輸入されるようになるまで、1000年以上に渡って墨と筆の時代が続いていました。

日本文具資料館では、筆記用具を始めとした文房具の歴史を辿ることができます。

日本文具資料館には日本で使われてきた文房具が展示されています。

文具資料館で見る「矢立」コレクション

長く筆と墨の時代が続いた中で、密かにマイナーチェンジしていたのが、携帯用筆記具「矢立」(やたて)でした。

日本文具資料館所蔵品より。一体型矢立(作者・製作年不明)。

日本文具資料館所蔵品より。一体型矢立(作者・製作年不明)。壺の部分に綿などの墨を染み込ませたものを入れ、筒の中に筆を収納しておきます。

元々は武士が戦場で弓矢を入れていた箙(えびら)の下の小箱に筆、墨、硯(すずり)などを入れていたのを「矢立の硯」と言っていました。これが持ち運びに便利な筆記具へと改良され、鎌倉時代には矢立として使われるようになったのでした。

「前九年絵巻物」(写)(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)平安時代の武士は箙に弓を収納すると同時に、下の小箱に筆記具を収納していました。

矢立は筆が収納されているスペースと、墨を染み込ませた綿を入れておく墨壺が一体化したもの。鎌倉時代に描かれた絵巻物「蒙古襲来絵詞」では、檜扇(ひおうぎ)型の矢立が登場しています。武将が戦場で使い、松尾芭蕉も旅先で用いたのが矢立でした。

「蒙古襲来合戦絵巻」(写)(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)中央の執筆係の足元にあるのが、檜扇型の矢立。

日本文具資料館所蔵品より。檜扇型矢立(作者・製作年不明)。鎌倉時代に描かれた「蒙古襲来合戦絵巻」に描かれたものと同じ檜扇型の矢立。松尾芭蕉もこのタイプの矢立を使っていたとか。

この成り立ちからも分かるように、矢立自体は中国から輸入されたものではなく、日本独自に発明されたものです。いつでもどこでも思い立った時に書きたい、という衝動は、現在のスマートフォンの成り立ちにも通じるものがあると感じます。

日本文具資料館では、江戸時代以降に使われていたとされるものを中心に、多くの矢立が常時展示されています。矢立の種類別に展示がされているため、材質や形状などの変遷を見比べて見ることもできます。

展示されている矢立の多くは誰がどこで使ったかは分からないものの、使用した痕跡は確実に残っており、どんな人がどういう時に使ったのか想像してみると良いかもしれません。

日本文具資料館所蔵品より。印籠矢立(作者・製作年不明)。墨壺と筆入れが分離しています。

日本文具資料館所蔵品より。引型矢立(作者・製作年不明)。幕末以降、矢立に使われる素材にも変化が表れるようになりました。

ついに舶来品の波が到来。

明治に入ると、鉛筆、万年筆、シャープペンシル(英語ではmechanical pencil。シャープペンシルは和製英語)の輸入が始まり、ようやく筆一強時代が終わりを告げたのでした。

日本文具資料館所蔵品より。「早川式繰出鉛筆」プラチナ萬年筆株式会社復刻版。日本最初の金属製シャープペンシルはSHARPの創業者、早川徳次氏の手によるもの。社名の由来にもなっています。

日本文具資料館所蔵品より。ヨーロッパから徳川家康に献上された鉛筆は、現在は久能山東照宮博物館に所蔵されています。伊達政宗の鉛筆は国産第一号と言われています。

しかし、外国製の筆記具に押される中で、新たな日本開発の筆記具「ガラスペン」が登場しました。風鈴職人が考案したガラスペン、これがとても便利なものでインクはもちろんのこと、筆で使っていた墨汁にも対応し、使った後は水で洗浄するだけという優れ物。
見た目も綺麗で、書き味もよく、世界中に広まりました。
ただ難点はガラスゆえに脆く、万年筆のように本体とインクが一体化していないこと。
さらに万年筆には国内メーカーも海外メーカーもあり、ガラスペンよりも早いスピードで製造、売上を伸ばしていきます。
西洋筆記具の波に押され、ガラスペンはいつしか忘れられる存在となってしまうのです。しかし、現代ではインク愛好家たちの間で人気となり、その存在感を再び盛り上げつつあります。

日本文具資料館所蔵品より。ガラスペンの数々。作家の森村誠一氏はガラスペン愛好家で、特注のガラスペンを2万本買い置きしたそう。

明治時代に訪れたペンの文化が今でも一般的になっていますが、しばらくボールペンも万年筆も握っていないという人も現れ始めているかもしれません。
それ単体では何も書けないのに、スマートフォンやタブレットと共に使えば文字が書けるペンも登場し、SF作品では空中に指で文字を書いている姿が描かれています。
しかし、筆記具はなくならない。デジタル配信と物理が共存していく時代となり、また新たな筆記具が出てくるのではないでしょうか。

──”La pluma es la lengua del alma.“(ペンは魂の舌である)
次なる“魂の舌”となる筆記具は、どんなものになるのでしょうか。

日本文具資料館 基本情報

住所:東京都台東区柳橋1-1-15(東京文具販売健康保険組合会館1F)
アクセス:JR総武線・都営浅草線「浅草橋」下車:徒歩5分
開館時間:13時から16時まで
休館日:土曜・日曜・祝祭日(12月28日から翌年1月5日)
観覧料:無料
公式ホームページ:日本文具資料館

芭蕉が使った矢立から徳川家康の鉛筆まで。進化する筆記具は日本人の魂の舌だった
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