江戸時代はSNS映えするスイーツだった!東京のソウルフードもんじゃ焼きの意外なルーツに迫る!

江戸時代はSNS映えするスイーツだった!東京のソウルフードもんじゃ焼きの意外なルーツに迫る!

目次

食事なのか? おやつなのか?? 時として論争を巻き起こしながらも、東京のソウルフードとして不動の人気を誇るもんじゃ焼き。ある意味不思議な立ち位置にあるこの食べ物、どんなルーツがあるんでしょうか。

季節を感じる食材や料理。毎日当たり前に食べているものにこそ、日本の食の豊かさを感じます。食材に思い入れのある人に、素材や料理をディープに語っていただく【日日是好食】。今回はもんじゃ焼き。もんじゃを愛してやまない「東京特産食材ともんじゃの店 押上よしかつ」の店主に自慢のひと品を焼いてもらいながら、もんじゃの歴史を聞きました。ひも解いてみると、もんじゃのルーツとされる文字焼きの進化の途上には、天賦の才をもった女性名人の存在があったようです……

もんじゃ焼きの前身は、文字焼き?

「蟹は人を黙らせる」と言いますが、一方で、人を饒舌にさせる食べ物もありますよね。東京下町のソウルフード・もんじゃ焼きは、鉄板を囲んでワイワイガヤガヤ、おしゃべりしながら焼き上げる時間が楽しいもの。
東京・墨田区でこだわりのもんじゃ焼き・お好み焼きと東京産の食材を使った料理を提供する「押上よしかつ」店主・佐藤勝彦さんは、粉モノをはじめ、日本の食文化の歴史を日々探求する料理人。人気メニュー「紅ショウガもんじゃ」を焼きながらもんじゃ焼きの歴史を語ってくれました。

「押上よしかつ」の佐藤勝彦さん。この日はおまかせしたが、基本は客が自分で焼く。もんじゃは、焼く行為そのものが楽しい!

食文化の歴史、特に庶民の食べ物のルーツや進化には「諸説あり」という但し書きがつきもので、もんじゃ焼きについても同様ですが、もんじゃの前身は文字焼き(もんじやき、もじやき)であると考えられます。
文字焼きは、小麦粉をゆるく溶いて味付けした生地を鉄板で焼いた食べ物。葛飾北斎の『北斎漫画』に文字焼きの様子が描かれており、江戸時代には広まっていたようです。

『北斎漫画』第一巻(明治11(1878)年刊)に描かれている、文字焼きのカット。小麦粉の生地を杓子で鉄板に落として焼く
国立国会図書館蔵

佐藤さんは、あらゆる商売の実情を書き記した明治時代の書籍『実業の栞』(明治37(1904)年刊)に「文字焼」の項目があることを教えてくれました。まずはこの資料をもとに、文字焼きについて探ってみましょう。

文字焼きは甘い食べ物だった!

『実業の栞』によれば、文字焼きはおもに子ども向けの食べ物で、原料は小麦粉・砂糖。「水を入れてドロドロに」し、店によっては飴(水飴)を入れるとか。
……つまり文字焼きは、甘い味わいだったんですね。
文字をかたどって焼いたり、亀や鶴などの動物の形を模して焼いたりしたそうです。
駄菓子屋さんが子どもに自由に焼かせる「ボッタラ焼」というのもあって、それはもっと安い食材を使っていたと書かれています。
軽食・おやつの類で、作るプロセスやでき上がった形を楽しむものでもあったようです。

名人・藤田タカのレシピと職人技

『実業の栞』には「一流の名人」という項目があって、ある職人が紹介されています。
新粉細工(米の粉を使った新粉餠でさまざまな形を作ったもの)に梶鍬太郎という名人がいるように、文字焼きにも「技量抜群の名人あり」。それは、文字焼き歴30余年のキャリアを誇る女性職人・神田区在住の藤田タカ。

藤田タカは文字焼きを大いに研究し、材料には「和製上等の小麦粉に唐三盆の白砂糖を溶き入れ」、さらに卵と水飴を使ったそうです。
こだわったのは素材だけではありません。藤田タカは金杓子を使って、まるで写生画のようにくっきりしたグラデーションをつけてモチーフを描いたとあります。

『世渡風俗圖會』第5巻(明治時代刊)にある、「文字焼」のイラスト。鉄板の脇の棚に完成品がディスプレイされている
国立国会図書館蔵

彼女が得意とした絵柄は「籠入(かごいり)の蕎麦」や「人物動物植物等」。籠入りの蕎麦? とちょっとひっかかってしまいますが、『世渡風俗圖會』に描かれた明治時代の文字焼きの屋台をよく見ると、亀と鯛をかたどった文字焼きがディスプレイされ、その下に、網目模様の何かが描かれています。これはおそらく籠。この図は藤田タカの店を描いたものではないわけですが、文字焼きのモチーフとして立体的に表現された籠が一般的に作られていたようです。

『世渡風俗圖會』「文字焼」部分。亀と鯛の下に、籠っぽいものが!

もし藤田タカの時代にSNSがあったら……、女子が文字焼きの写真を撮りに店に殺到していたかもしれません。

佐藤さん:小麦粉を溶いて鉄板で焼く食べ物ということで言えば、安土桃山時代におもに茶席で出された「麩(ふ)の焼き」というのがありましたね。文字焼きは文字や絵柄をきれいに描くのに技術が必要でしたから、その技量や芸が商売につながって、発展したんじゃないでしょうか。

文字焼きが訛ってもんじゃ焼きに

文字焼きは、言葉が訛って、後々もんじゃ焼きと呼ばれるようになったとされます。
造形にこだわり抜いた甘い味付けのお菓子から、干しエビなどの具を入れた食事寄りのものになっていったようです。

大正時代にはもんじゃ焼きがさらに変化して、具だくさんでテクスチャーの固めな生地に、当時はモダンだったウスターソースを合わせた「どんどん焼き」が登場。関西に渡って「一銭洋食」の名で広まり、お好み焼きの源流になっていく……という流れが、もんじゃ焼きやお好み焼きについて諸説ある中の一説となっています。

現在は、専門店で食べるのが普通になったもんじゃ焼き

下町の駄菓子屋さんの一画でもんじゃを焼く子どもの姿は、昭和40年代くらいまで見られたとか。今は駄菓子屋さんはめっきり姿を消し、もんじゃ焼きの専門店が人気ですね。

佐藤さん:昭和時代、戦争直後の東京のもんじゃ焼きは具が少量で、小麦粉の生地が主体のものだったようです。昭和の後半になってから関西ででき上がりつつあったお好み焼きの文化と混ざり合って、今のような、キャベツなどが入ったスタイルになったようですね。

野菜はすべて東京産! 「押上よしかつ」こだわりのもんじゃ焼き

文字焼きから考えるとかなり古い歴史をもつもんじゃ焼き。「押上よしかつ」の佐藤さんはこのもんじゃ焼きを、国産・東京産の食材にこだわって提供しています。

佐藤さん:なぜ東京産の食材にこだわるのかと言えば、もんじゃ焼きを東京下町の郷土料理として位置づけたい、地元の食材を使うことで郷土料理にできる、という思いがあるからなんです。

「押上よしかつ」で提供している伝統野菜。左から品川カブ(東京長カブ)、ごせき晩生小松菜、のらぼう菜、江戸千住葱、亀戸ダイコン、紫芽(足立のつまもの)、奥多摩ワサビ、練馬ダイコン、滝野川大長ニンジン、青茎三河島菜。上は下山千歳白菜、下は内藤トウガラシ。「江戸東京野菜」として認定されているものを中心に取りそろえる

「紅ショウガもんじゃ」の材料

「押上よしかつ」の人気メニュー「紅ショウガもんじゃ」は、東久留米市産の柳久保小麦に、米粉を加えた生地。八王子産のショウガ・青ヶ島の「ひんぎゃの塩」・近藤醸造の米酢で作った自家製紅ショウガと、練馬区産のキャベツ、江戸千住葱。そこに三陸産のアミエビ、北海道産のキリイカ、三河湾産の青のりをトッピングしています。
キャベツを細かく切り刻むのではなく食感をあえて残し、生地はもっちり系。ボリューム感のあるひと品です。

調味料も東京産にこだわり、もんじゃの味を決めるソースは東村山市で製造されている「ポールスタアソース」を使用。このソースに決めたのは、甘くなく程よいスパイス感があり、酸味のバランスがとれていて日本酒に合う味わいだと感じたから。

佐藤さん:うちは、純米大吟醸のアテになるもんじゃ焼き・お好み焼きを目指しています。生地に小麦粉と米粉をブレンドしているのも、お酒に合うように、しっとりもっちりやわらかい食感を出すためなんですよ。

子どもが駄菓子屋さんで食べていた時代から、今では東京のソウルフードのひとつとなり、大人のお酒のアテとしてもレシピが工夫されて進化しているもんじゃ焼き。「押上よしかつ」に行けば、東京の粉モノ文化について語りながら、地場の伝統野菜がたっぷりとれる特別なもんじゃ焼きと東京産・国産のおいしいお酒が味わえますよ。ぜひ足を運んでみてください。

「東京特産食材ともんじゃの店 押上よしかつ」

住所:東京都墨田区業平5-10-2
営業時間:
月~土17:00~24:00(22:30までに入店)
日・祝 11:30~14:00(夜は予約営業)
定休日:不定休
※営業時間・定休日は変更となる場合があるので、来店前に店舗に要確認。
公式サイト

「押上よしかつ」店主が伝統野菜の江戸千住葱を使ったレシピを紹介してくれた記事はこちらです。

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