保存食なのにおいしすぎ!ふわふわの「パンの缶詰」は阪神・淡路大震災をきっかけに広がった

保存食なのにおいしすぎ!ふわふわの「パンの缶詰」は阪神・淡路大震災をきっかけに広がった

巨大地震に猛烈な勢力の台風。日本は地理的に災害が多く発生する国だと言えます。そして今年は未知のウィルスまで。このような災害時に真っ先に直面するのが食糧問題です。そして食料の備えには賞味期限が大きく立ちはだかります。もちろん長期保存できる食料もありますが、正直あんまり美味しくない。
今回ご紹介する「パンの缶詰」は、長期保存ができ、保存食なのに美味しくてふっかふか。幸いにも災害に見舞われず保存期限を全うできた場合も、自宅で普通のパンと同じように美味しくいただけるという夢のようなパンです。実はこの「パンの缶詰」はある災害時に賞味期限ネックと被災者の声が元でできたパンなのです。

「パンの缶詰」誕生・広がりのきっかけ

1995年 阪神・淡路大震災

1995年1月17日5時46分、地鳴りのようなゴォーっという体感の数秒後、私が当時住んでいた大阪の自宅も大きな揺れに見舞われました。阪神・淡路大震災です。一般的に関西は大きな地震に見舞われることが少なく、神戸を中心とした被災地は経験したことのない被害に途方に暮れました。公共交通機関は全停止、高速道路はまるで薄っぺらい紙のように横倒しになり、幹線道路から小さな道までズタズタ。ライフラインは寸断され、被害が酷かった地域の人々は食べるものにも困っていました。防災・備蓄が叫ばれる現在ほどではない当時、いったいどれほどの人がこのような大災害への備えができていたでしょうか。

すぐさま各地で支援の輪が広がり、遠く栃木県那須塩原市のパン屋「パン・アキモト」もトラックに焼き立てのパンをいっぱい積み込んで駆けつけました。一部のパンは配ることができましたが、被災地の混乱は激しく、他の地域に配ろうとしたパンは賞味期限が切れたり美味しくなくなったりして配れませんでした。
そんな時、被災者から「乾パンのように保存性があって、なおかつ美味しいパンをつくってほしい」という声が上がったそうです。

美味しくて長期保存ができる。この相反する特徴を持つパンをつくることが、パン・アキモトの「パンの缶詰」の開発の原点となりました。

パン・アキモトは普段のパン屋のかたわら、保存性のある美味しいパンの開発に取り組みました。真空パックや瞬間冷凍など試行錯誤を繰り返すものの、思ったような結果を得られず失敗の連続だったそうです。例えば真空パックにすると、開封したときにどうしても “ふっくらしたパン” には戻りません。瞬間冷凍だと、解凍したとときに水分でベショベショになってしまいます。
そんな時に役立ったのが保存食の先端技術ではなく、保存食のルーツである「缶詰」でした。試行錯誤を繰り返す日々の中、社長の秋元義彦さんが近所の農産加工場に遊びに行った際に缶詰を見て、「缶詰の技術をパンに応用できるかもしれない」と思いついたと言います。
長期保存ができて尚且つ美味しいパン……。焼いたパンを缶詰にしている乾パンではなく、缶の中でパンを焼くという検討が始まりました。

菌に汚染されない、酸化しない、紫外線が入らないということが保存食の重要な条件です。パンと一緒に缶も焼くことによって、中身のパンだけではなく、それを保管する容器(缶)も殺菌することに成功しました。数多くの仮説の中から最終的にできあがったのが、今の「パンの缶詰」の焼き方でした。

2004年 新潟県中越地震

「パンの缶詰」が注目されはじめたのは2004年10月の新潟県中越地震の時でした。被災者からの評判がとても良く、不自由を強いられる被災生活の中でなくてはならない商品として認められたのです。

ラベルには災害伝言ダイヤルの利用方法の説明があって実用的

いつ訪れるかわからない災害。食料を備蓄すると、賞味期限が切れる頃には通常の生活の中で食べる必要があります。「パンの缶詰」は普段の食事としても美味しく食べられるというのも特徴のひとつ。

缶を開けると、見るからにふっかふかのパンが現れます。写真は上部を手でちぎった状態。その柔らかさもさることながら、その味にも驚きです。保存食なのに普段パン屋さんで買っているパンの味と遜色ない美味しさ!これはオレンジ味ですが、オレンジの果肉も入っていてかなり本格的で、保存食と言われずに出されたら騙されるレベルです。

被災地での食糧不足。大人は我慢できても子どもには難しいこともあります。そんな時にも「パンの缶詰」なら、普段の生活と変わらず美味しいパンを子どもに食べさせることができます。味も、オレンジ味の他、ストロベリー味、ブルーベリー味と、小さな子どもが喜びそうなラインナップ。

この「パンの缶詰」にはオリジナルのラベルを貼ることもでき、企業はもちろん、自治体や学校など多くの場で利用されています。

栃木県大阪センターはオリジナルラベルで県の魅力をPR

飢餓に苦しむ国々への支援「救缶鳥プロジェクト」

「パンの缶詰」の活躍の場は国内にとどまりません。新潟県中越地震と同じ年の2004年12月、インドネシア西部のスマトラ島北西沖でマグニチュード9.1という巨大地震・スマトラ島沖地震が発生しました。この時パン・アキモトに「津波にすべて流されてしまい食べ物がない。売れ残ったパンの缶詰を送ってほしい」と連絡がありました。新潟県中越地震直後ということもあり、売れ残りはなく、新品を数千缶送ったそうです。「パンの缶詰」の賞味期限は約3年です。この時に被災地からは賞味期限がMax残っているものでなくてもいい。期限が迫っているものでも送ってほしいという切実な声があったそうです。

実はこの時パン・アキモトでは同時に相反する問題を抱えていたのです。それは災害に備える地方自治体からの、「パンの缶詰」を新たに買い替える際に賞味期限切れを処分してほしいという依頼です。お金をかけて処分する食品。今必要なので期限が迫っていてもいいから欲しいという人たち。この2つの異なる声から生まれたのが、被災地や飢餓に苦しむ国々へ「パンの缶詰」を義援物資として届ける「救缶鳥プロジェクト」です。

賞味期限37ヶ月の「パンの缶詰」を2年で購入者から回収し、NGO等と協力をして被災地や世界の飢餓地域に届ける。賞味期限の迫った備蓄食料を無駄にせず活用するというプロジェクトの誕生は、2つの異なる要望から生まれたものだったのです。

現地では缶詰の容器がそのまま食器としても利用されています

支援物資として送られる「救缶鳥」 にはメッセージを書き込むこともできます。国際情勢などを学ぶきっかけとして導入する学校もあるそうです。

日本の先人の知恵が宇宙へ!

今では保存食として日本だけではなく海外でも活躍の「パンの缶詰」ですが、缶詰で作ることを思いついた後も、カビや結露など問題が山積みでした。結露に関しては、意外なことに日本の先人の知恵が応用されています。日本家屋に使われている障子が水分を吸い部屋の湿度を一定にする働きがあることに着目し、これを応用。和紙と同じ特性をもった紙を缶の内側に巻き、焼いた時に出る水蒸気を紙が吸うことによって結露を防ぐ事が出来ました。

そんな日本古来の生活の知恵が使われた「パンの缶詰」が、最先端技術が集結したスペースシャトル「ディスカバリー号」に乗せられ、宇宙食として活躍したというのは日本人として誇らしく感じます。しかしその根底にあったのはパン・アキモトの「助けたい」というシンプルな気持ちだったことも、災害と共に生きる我々が忘れてはならないことではないでしょうか。

パン・アキモト公式HP:パン・アキモト

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