Culture
2020.12.12

ナポレオンの愛読書?武田信玄が心酔していた?現代ビジネスにも使える『孫子』の思想

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「彼を知り、己を知れば、百戦殆(あやう)からず(訳:相手についてよく知り、自分についてもよく知っていれば、いついかなるときでも勝利を収めることができるだろう)」。

この言葉を初めて知ったのは、尼子騒兵衛(あまこ そうべえ)先生の『落第忍者乱太郎(らくだいにんじゃらんたろう)』作品中でした。2020年11月現在も放送中のアニメ『忍たま乱太郎』の原作であるこの漫画は、時代考証にも定評があり、アニメ・原作ともに大人気を博して、連載33年・全65巻という超大作となりました。

さて、「忍者のたまご」たちが口にしていたこれ、いったい誰の言葉だったのでしょう?

え、あれって有名な人の言葉だったの?

『孫子』の有名な言葉!

これは、2500年以上前の中国で書かれた『孫子(そんし)』に見えるフレーズです。
『孫子』の作者は、紀元前5世紀頃の孫武(そんぶ)とされ(孫武の子孫の孫臏[そんびん]・孫家に伝わる秘法をまとめたものなど、他説もあり)、中国の権威ある兵法書7書『武経七書(ぶけいしちしょ)』の中でも筆頭と見なされることの多い、名著です。

ビル・ゲイツ氏とか孫正義氏の愛読書だっけ。そんな昔の本なんだ。


日本には、遣唐使・吉備真備(きびの まきび)によって奈良時代にもたらされ、以後、坂上田村麻呂(さかのうえの たむらまろ)・源義家(みなもとの よしいえ)・楠木正成(くすのき まさしげ)・武田信玄(たけだ しんげん)ら、数々の武将がこの書物の兵法を実践して勝利を収めたといいます。有名な「風林火山」も、この『孫子』に書かれた言葉です。

また、欧米においても広く研究がなされ、ナポレオンの愛読書が『孫子』だったとも伝わっています。

え!ナポレオンにまで!

できれば戦うな!?

しかし『孫子』には、そんな優秀な兵法書にしては、ちょっと意外にも思える記述があるのです。

「戦わずして勝つことが最上であり、城を攻めることは最後で最低の手段である」

むやみやたらと衝突するのは、上策ではない、というのです。
戦い方を解説した本が、戦うな、と言っている?

猪突猛進型な私にはちょっと苦手な分野です。

その心は……

それには、こんな意味があります。

全面衝突は、物的にも人的にも、多大な資源を必要とし、しかもそれらを何も失わずして終えることはできない。にもかかわらず、手にするものはせいぜい城1つ、大きな犠牲に対してさほど大きなものともいえない。

……兵法書、ですよね?

でも、これこそが最上の兵法書である『孫子』の根底思想なのです。

力に訴えるのではなく、いかに戦わずして相手の矛先を収めさせるか。
こうした発想は、現代においても、いろいろな場面で応用できそうです。

『孫子』の基本思想

松本一男・著『「孫子」を読む』によると、『孫子』はある種のヒューマニズムに溢れているのだといいます。
戦術に関する記載もあるものの、大部分が戦略・戦争観・指揮官のあるべき姿といった心がけの部分で占められており、冒頭には以下の記述が見られます。

「兵は国の大事、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず」
(訳:戦争は人民や国家の存亡に直結する重大なものである。やむなく戦争を始めるときには、細部にまで渡った検討を綿密に行わなければならない)

最終手段としての交戦、極力避けるべきものである戦闘、こちらから仕掛けるのは最下策であり、払う犠牲に対して得るものも少ない――。
これが今から2500年以上前に提唱されていたというのは、やはり驚きです。同時に、これだけ広く読まれているにもかかわらず、地上から戦争がなくならないことにちょっぴり失望も感じます。

使える! 『孫子』のことば

実力行使を「下の下の策略」とした『孫子』、ベースとする本によって、細かな部分で異なる内容が伝わる箇所もあるのですが、基本的な思想は同じです。

最後に、現代にも通じるような、印象的なフレーズをご紹介いたします!

善(よ)く戦う者の勝つや、智名(ちめい)もなく勇功(ゆうこう)もなし

誰の目にも分かるような派手な勝ち方、世間にもてはやされるような勝ち方は、最善ではない。それは、少なからず「無理」が生じた結果だからであり、戦上手とは、その名を知られることも、功績を讃えられることもなく、自然に勝利を手にするものである。

流れる川のようだ……

勝兵(しょうへい)はまず勝ちて、しかる後に戦いを求め

戦に勝利する者というのは、勝利するために万全の体制を整えてから戦いに挑むから、勝利するのである。

善く戦う者は人を致(いた)して人に致されず

相手のペースに呑まれるな、不用意に手出ししたら不利だと相手に思わせ、こちらが自由に行動できるよう、ペースに巻き込め。

これの大切さはすごくよくわかる。

進みてふせぐべからざるは、その虚を衝けばなり

戦いを仕掛けるときには、敵の虚をついて戦わざるをえないように仕向ける。
戦いたくないときには、敵の目を別の方向に逸らしてしまうことだ。

君命に受けざるところあり

絶対的な権力者の命令であっても、従ってはならないことがある。

そうは言っても……というところもあったサラリーマン時代。

主は怒りをもって師を興すべからず、将は憤りをもって戦いを致すべからず

リーダーたるもの、怒りの感情をコントロールせずして事に当たってはならない。感情に任せて行動し、失ったものは決して戻ってはこない。常に慎重な態度で情勢を見極め、目的の達成に努めるのである。

そういえば編集長のセバスチャンが感情的に怒ったのって見たことがないな。
それはともかく、『孫子』が学ぶところの多い書だというのがよくわかりました!

参考文献:
・松本一男『「孫子」を読む』PHP文庫
・守屋洋『孫子の兵法 ライバルに勝つ知恵と戦略』三笠書房

アイキャッチ画像:一勇斎国芳『武田上杉川中嶋大合戦の図』国立国会図書館デジタルコレクションより

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。

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編集長から「先入観に支配された女」というリングネームをもらうくらい頭がかっちかち。頭だけじゃなく体も硬く、一番欲しいのは柔軟性。音声コンテンツ『日本文化はロックだぜ!ベイベ』『藝大アートプラザラヂオ』担当。ポテチと噛みごたえのあるグミが好きです。