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Gourmet
2020.12.24

干菓子の味は「木型」で決まる? 京都・鍵善良房の秘蔵木型が登場する、年末恒例“押物祭り”に潜入!

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正月前の一大仕事! 師走の「鍵善良房」の工房は落雁を打ちまくる!?

京都・祇園の一角で享保年間(江戸中期)よりお菓子をつくり続けている「鍵善良房(かぎぜんよしふさ)」。和三盆の干菓子「菊寿糖」、そして喫茶で供する「くずきり」で知られる店だが、実は店に並ぶお菓子はほとんどがロングセラーであり、どれも欠かせない人気商品だ。干菓子部門に、わたしが勝手に「干菓子界のおせち」とキャッチをつけた、落雁やゼリーなどの詰め合わせ「園の賑い(そののにぎわい)」がある。

これは秋の彼岸を過ぎたころの「園の賑い」。右端にある「菊寿糖」も秋限定の色あい。

木型というミニマルな道具に京都の歳時記を写す、これは木型職人と発注者である店主のセンスがものをいう。そしてその形を正確に表現する職人がいて、さらに一切の仕切りも使わずに箱に盛り込み、色や形を調和させて「ひとつの景色」として描く職人がいる。

職人から職人へ、手わざをつないで完成する「園の賑い」の最大の見ごたえは、少しずつ箱の中身が年間を通して変化することにある。形と味の異なるこれだけの数の干菓子を日々提供していくには、店主の心意気なくして続かない。その舞台裏を取材したのがこちらの記事に。

正月版「園の賑い」こそ、見て、食べて値打ちのある詰め合わせなんです

その「園の賑い」の景色がガラリと変わるのが、12月20日過ぎぐらいから登場するお正月バージョンだ。店を訪れた12月の頭の「園の賑い」の中には暖色の紅葉や雪輪のモチーフなど、ほっこり暖色の干菓子が詰められていた。この中身をほぼ一新して、その年の干支や縁起物などの型を使った落雁や半生菓子がふんだんに入る。箱の中は紅白に染まり、初めて見たときは息を飲んだ。

記事の最後に完成した正月版「園の賑い」を紹介します。この水仙がどこに入っているのか見つけてください。

落雁や和三盆は和菓子の世界では総じて「押物(おしもの)や打物(うちもの)」と呼ばれる。それは、木型にお菓子の生地を押し入れ、打ち出すことに由来するのだが、鍵善良房では正月用の干菓子を集中的に取り組むこの時期を「押物祭り」と呼ぶらしい……。

前回の取材でその話を聞きつけたわたしと宮濱カメラマンは、“祭り”の空気を少しでも味わいたく現場を見学させてもらうことにした。

お……工場のワンコーナーを陣取って落雁を打つ職人たちを発見! これが「押物祭り」なのか??

ここでおさらい。落雁ってどうやってできるの?

ここで落雁ができるまでを紹介しよう。基本を知ることで、鍵善良房の緻密に描かれた木型を正確に打ち出すことがどんなに手間のかかることか、より理解が深まるはずだ。
手の動きを追ったのは、鍵善良房の職人として40年を誇るベテランの千賀博(せんが・ひろし)さん。この日の“祭り”チームの中でも最年長で、当然のことながらいちばん難しい木型を扱っていた。

手前に見えるのが千賀さん。折り鶴の木型を手にしているところを撮影。

1.寒梅粉(かんばいこ)、砂糖、少量の水などをよく混ぜる

「しとり」と呼ばれる水分と乾燥のバランスが落雁づくりでは大事なこと。生地に着色する場合はここで色素が加わる。

2.生地をふるいにかけ、裏ごしする


千賀さんはふるいを回しながら、ボウルの中に粉の山を描いた。これが本当に美しく、ため息が出た。

3.指や道具を使って木型に生地を押し入れる

この木型は厚みを出す板を付けた2枚型で、上の板は薄くできている。1枚型の木型もある。木型には堅くて狂いの少ない山桜が使われる。



折り鶴をベテランが担当するのは理由があった。縁取りが六角形になっている上に鶴の顔や羽が鋭角なので、エッジを際立たるべき要所がたくさんあるのだ(この型はすべてが要所と言っていい)。なので、隅の角まで丁寧に指で生地を押し入れている。

「力を入れすぎると、できあがりが硬くなる。無駄な力はいらなけれど、押す力が甘いと尖っている部分が出ないんです」(千賀さん)。

4.棒で軽く叩き、木型から生地を浮かせる


「叩きすぎると固めた生地が崩れるし、なにより大切な木型が傷む。型に応じて必要な数をそっと叩きます」(千賀さん)。

5.手首を使って、素早く木型を裏返す



手早く返さなければ、湿り気のある生地が木型にひっついてしまう。また、勢いをつけて返すことで型から生地が抜けやすくなるというわけ。落雁は江戸時代には茶菓子として浸透したというが、この仕組みを考えた昔の人ってすごい!

6.蒸気をあて、ひと晩寝かせる


打ち立ての落雁はまだ柔らかい。ひと晩寝かせたのち、手に持って柔らかさを感じ、意匠の出かたなど仕上がりをチェック。基準に達したものが箱に詰められる。

正月に向けた“押物祭り”を見学して、初めて落雁の凄みを知る

黙々と木型を打つ4名の職人と、しばし同じ時間を過ごしてみた。ボウルの生地をザクッとすくい上げ、木型に詰める音。木型を棒で叩く「コン」という音と「カタッ」と木型を倒す音が、それぞれの持ち場から聞こえてくる。

職人によってそのリズムは違う。静かだけれど、確かにそれは「お祭り」っぽい響きであった。

印象に残ったのは、1年に1回、この時期だけ使う木型の扱いだ。たとえば「結び」の型。

結び目を含めてこちらも角を出すべき要所が多く、しかも細くて小さい。打ち始めはぼんやりとしか凹凸が出てこなかった。この日担当した千賀さんは「僕のプライドにかけて、打ち始めのものは写真に撮らないでね」と冗談めかして言葉にしたが、使い始めの木型はまだ眠りから覚めていないように見えた。

「打ち続けていると、表情が出てくるんです。生地も合わせた直後よりも、手で触るうちに調子が出てくるんですよ」と千賀さん。打ち出しても表情がピンとこないものは、ボウルの中に戻される。

干支を描いた木型にいたっては、12年に一度のお出ましである。


牛の全身、しかも牛の背中に梅の紋が入る木型を扱っていたのは澤村和哉さん。できあがりの列が歯抜けに見えるのは、ボツになった牛をボウルに戻しているから。いわゆる「歩留まりが悪い」木型にあたると苦労する。

さらには1回打つごとに、梅紋のくぼみに詰まった生地を歯ブラシで取り除いていた。澤村さんは在職26年ということで、難しめの木型が回ってきたようだが、はぁ……、気の遠くなる作業である。

ベテランといえども、12年に一度打つ木型を触る機会は数えるほどのはず。ということは、ここに立つ職人は次々と現れる「初めまして」の木型を手にしては、これまでの経験を総動員してどう攻めるか考えている。さらにその日の温度や湿度も総動員して、「打つ」行為に向かう。

「眠り牛」の愛らしい表情に笑みがこぼれる。12年ぶりに、おはようございます。

「正月用の木型を使うときは、打つ前に今年もよろしくお願いしますと心のなかで挨拶をします。やっぱりね、そういう気分になるもんです」と千賀さんが打ち明けたが、わたしにもその思いは伝わってきた。できあがりの姿が神聖なものだけに、木型を打ち続ける行為が祈りのようにも見えてきたのだ。

店に代々残されてきた木型に、現代を生きる職人が命を吹き込んで。「園の賑い」の正月版はいつも以上に、いまここに集まる人とお菓子を囲む幸せが感じれられるものだとわたしは思う。

当代の店主に聞く、鍵善良房の木型が語るもの

締めに話をうかがったのは、鍵善良房の14代当主を務める今西善也さん。

干支の型は12年ごとに使われることを考えると、ずいぶんと古い型を使い続けていることになりますね、と問いかけると「干支の型は親父の代で一度新調しているんです。絵描きさんに頼んで図案を考えたと思います」と予想外の答えが。

なんと! なつかしいように見えて新しいものだったとは……。古くからある木型と調和するためにはあたりまえの配慮とも言えるが、その馴じみかたがさすがである。

上の木型は「四つ輪の結び」と呼ばれるもの。このあたりは昔からある型で、木型職人に同じものをつくり直して使っている。線の細さに彫る人の緊張感が伝わる。

「正月ものの『園の賑い』は昔からやっていることなので、たとえば今年は新型コロナの影響で職人の数が少ないといったところで作ることを止めるわけにもいかないし、内容を変えるわけにもいかないんです。

正月用は扱う木型の数が多いし、丸種(まるだね)と呼ばれる薄い煎餅など特別な半生菓子も入るので(この宝船の煎餅のかわいいこと!)、みんなで年末に気合いを入れ直して取り組むのが恒例ですね」

鍵善良房の本店に入ると、使われなくなった木型がずらりと並べてあるのが目に入る。昔からある型でもつくり直して未だに現役のものもあれば、役目を終えたものもある。その違いはどこにあるのでしょう?
「昔は箱に詰めて売ることをそもそもしていなくて、お重に詰めて持ち帰ってお盆に持って出したりしていたようです。そのため木型が大きく、凹凸がしっかりあるものものが多かった。その大きい落雁をみんなで割って食べていたりしたようで、今とは食べ方が全然違ったんです」

と聞けば、「園の賑い」の小さく2段に積み重ねた折詰のスタイルは、ずっと昔からあるものではないことがわかる。これもまた、昔からあるようで時代に沿った形に微修正を加えながら今の姿があるのだった。

指でつまめる小ささが、現代の甘みには適当だろう。ほっくりと口の中でとける落雁の食感も適度な厚みがあってこそ。おいしいと今の時代に感じる鍵善良房の干菓子には、木型も大きく影響していることが、今回の取材で改めてわかった。

「うちにある木型は、花街にある菓子屋らしいといいますか。色合いも雰囲気もにぎやかで、あでやかなイメージのものが多いのかな。削ぎ落とされた意匠は琳派の影響があると思いますし、やわらかい色合いも京都らしいものだと思います。

特に色はその店独特のもの。色を見たらどこの店のものか、京都の古い店のものならだいたいわかります」

正月版「園の賑い」は1月15日まで発売中。お取り寄せもできます

お待たせしました。2021年迎春バージョンの「園の賑い」をご紹介しましょう。

あんなに手間のかかった落雁が、箱の中にひとつ!(重ねてあるので正確には2個入)。誇り高い鍵善良房の職人さんたちに代わって言いたい。このひと箱には、驚くほどの時間がかかっているんです。それを微塵も感じさせない晴れがましさが、またかっこいい。職人の仕事ってこうじゃなくっちゃ。

写真は木箱2号のサイズ(5,000円)。もう一回り小さい1号(4,000円)も木箱入りがあり、コンパクトな紙箱(1,800円)もあり。年内の発送は12月28日まで(オンライン予約は24日16時まで。電話の注文は25日まで)で、年始は2021年1月5日から。なお、宝船の掛け紙と共に正月版「園の賑い」の販売は2021年1月15日までとなります。

なんと、この記事の公開前に完売となってしまった干支干菓子の詰め合わせ「宝来」。上段の「宝船」が和三盆糖製になっており、打つのに苦労していた牛さんはここにいました! 2020年押物祭りの記録としてご覧ください。

新年を寿ぐひととき、気もちが明るくなるこんなお菓子があるといいですね。心優しくお茶の時間を楽しみたいものです。
鍵善良房

撮影/宮濱祐美子

書いた人

職人の手から生まれるもの、創意工夫を追いかけて日本を旅する。雑誌和樂ではfoodと風土にまつわる取材が多い。和樂Webでは京都と日本酒を中心に寄稿。夏でも燗酒派。企画・聞き書きを担当した本に『85歳、暮らしの中心は台所』(髙森寛子著)、『ふーみんさんの台湾50年レシピ』(斉風瑞著)、『鍵善 京の菓子屋の舞台裏』(今西善也著)がある。