2020年に発行される新パスポートのデザインに「冨嶽三十六景」が起用され、オリンピックイヤーを前に名実ともに日本の「顔」を象徴する存在となった葛飾北斎。2016年11月には誕生地である本所割下水のほど近くに「すみだ北斎美術館」がオープンするなど、ここ数年、ちょっとした北斎ブームが続いています。
そんな中、2019年の年明けから、「葛飾北斎」のほぼすべてを網羅した「北斎展」の決定版と言うべき凄まじい展覧会が始まりました。その名も「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」。
六本木ヒルズの超高層フロアを占拠して行われる本展では、多数の初公開作品を含む、過去最高クラスの展示点数となる約480件(※会期中展示替あり)が出品。しかも、出品点数のすべてが葛飾北斎の作品のみで構成されている豪華すぎる展覧会なのです。
おそらく展覧会を見た多くの人の中で2019年度の展覧会ベスト10になりそうな、魅力たっぷりの「新・北斎展」、筆者も早速行ってきました。本稿では、展覧会の見どころと魅力をお伝えします。
新・北斎展は、なぜ見逃せないのか? 展覧会に行くべき「3つ」の理由
毎年のように全国各地のどこかで開催されている葛飾北斎の展覧会。また、葛飾北斎にゆかりのある「すみだ北斎美術館」(東京)や、「北斎館」(長野)など、年間を通して北斎の展覧会を開催している専門美術館も日本には複数あります。
そんな状況ですから、目の肥えた美術ファンにとっては、「うーん、また北斎展か」と正直なところ若干食傷気味に感じられるかもしれません。でも、そんな上級者でさえも唸らせるだけの圧倒的なクオリティと展示点数を誇るのが今回開催される「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」。展覧会場に足を運べば、必ず満足できるポイントが見つかるはず。そこで、なぜ「新・北斎展」は絶対見ておきたいのか、「見逃せない理由」を挙げてみたいと思います。
見逃せない理由1 初出展作品・初来日作品が多数!
葛飾北斎は19歳で画業を志し、90歳で亡くなるまでの約70年間で、実に30,000点以上の作品を残したと言われています。そのため、没後170年となる今日でも、海外へと散逸した作品や、蔵の奥から発見された個人蔵の作品など、未だに国内の展覧会で1度も展示されたことがない作品がまだまだ多数あるのです。
今回の「新・北斎展」でも、初期の9メートル近い長巻の傑作「鎌倉勝景図巻」や、シンシナティ美術館所蔵で北斎最晩年の88歳時に制作された作品「向日葵図」が本邦初公開。特に重点的にチェックしておきたい作品です。
細密に配色された色彩のグラデーションが美しい作品。 「向日葵図」 弘化4年(1847)シンシナティ美術館
「鎌倉勝景図巻」寛政5-6年(1793-94)島根県立美術館(永田コレクション) ※場面替えあり
見逃せない理由2 東京でのラスト展示! ハイクオリティな永田コレクション
島根県立美術館
「新・北斎展」の展示は、企画監修者である故・永田生慈氏(惜しくも2018年2月に逝去)が生前に収集し、島根県立美術館に寄贈された2000件を超える「永田コレクション」から選りすぐった作品を核として構成されています。
永田氏は、長年北斎作品と向き合って鍛えてきた審美眼で、初期の錦絵作品から晩期の肉筆画まで状態の良い作品をまんべんなく蒐集しました。そんなハイクオリティな永田コレクションですが、生前の永田氏の意向により、今回の「新・北斎展」を最後に、それ以降は永久に島根県外で展示しない方針となりました。つまり、今回の「新・北斎展」で出品された大半の作品は、東京では見納めとなるのです。
見逃せない理由3 北斎の「知られざる」意外な作品と出会える!
北斎が描いた「小判戯画」という珍しいジャンルの作品。 「風流おどけ百句」皮きり/下手のまり/いくぢなし 文化8年(1811)頃 島根県立美術館(永田コレクション)
本展は、武者絵、美人画、幽霊画、花鳥画などあらゆるジャンルの錦絵や摺物はもちろん、デフォルメされた人物を滑稽に描いた「鳥羽絵」や、プラモデルのように立体的に組み立てて楽しむ「組上絵」、後進のために残した「絵手本」や、西洋画の遠近法をフィーチャーした「浮絵」などバラエティに富んだ作品群が時代別に網羅されています。
「春朗」時代に描いた初期の珍しい絵本。ダイナミックな構図の挿絵に引き込まれます。
北斎といえば「冨嶽三十六景」や「北斎漫画」が有名ですが、それ以外の作品については、案外初めて見るという方も多いのではないでしょうか? 北斎の意外な作品と出会えるまたとない機会が、「新・北斎展」なのです。
特に注目したい6つの見どころ
それでは、いよいよ展覧会の個別の見どころに入っていきましょう。どの展示も非常に珍しく、筆者にとっては初めて見る作品が多かったのですが、本展で特に注目して見ておきたい個別作品の「見どころ」を6つに絞ってお伝えします。
見どころ1 キャリア初期「春朗」時代の傑作群
本展で非常に充実しているのは、北斎が19歳から30代半ばまで所属した「勝川派」の絵師として「勝川春朗」と名乗って仕事をしていた時期の作品群。すでに並以上のレベルの絵師として活躍していた北斎は、師匠である勝川春章の作風を受け継ぐだけでなく、修行時代からすでに独自の試みを始めています。
「鍾馗図」寛政5-6年(1793-94) 島根県立美術館(永田コレクション)
特に、「春朗」時代の珍しい肉筆画「鍾馗図」は必見!展示ラストの「朱描鍾馗図(画稿)」と比べて共通点や違いを探ってみるのも面白いかもしれません。(※いずれも1月28日までの展示)
見どころ2 独自に打ち立てた「宗理様式」の美人画
35歳頃に勝川派を離脱した北斎は、2代目「俵屋宗理」の画号を名乗り、江戸琳派の頭領へと転身し、狂歌絵本や摺物(※非売品や贈答品として少量受注生産された高級な浮世絵)を中心に手がけますが、その頃に打ち立てた作風が、独特の「宗理様式」という画風です。
特に展覧会で注目したいのは、大画面の肉筆画で表現された細身の「宗理美人」の数々。清楚でありながら、憂いと奥ゆかしさを讃えた、独特の美意識が反映された細身の美人画は必見です。
見どころ3 展示に粋な仕掛けあり! 本展だけの贅沢な幽霊画の楽しみ方とは?
北斎がキャリア後期、「為一」期に手がけた作品の中で、特に注目したいのが「百物語」シリーズで展開された「幽霊画」です。お岩さんやさらやしきなど、いずれも幽霊や妖怪のおどろおどろしい表情が大きくクローズアップされた特色ある作品。
ここで特に合わせて楽しんで頂きたいのが、「語り」では若手人気講談師・神田松之丞が起用された音声ガイド。スペシャルトラック「66」では、名作「四谷怪談」ダイジェストを聞きながら鑑賞することができます。臨場感あふれる講談師のプロの語りと一緒に楽しんでみて下さい。
見どころ4 北斎の珍しい「立体作品」も楽しめる!
北斎はプラモデルのように組み立てて楽しむタイプの珍しい作品「組上絵」をいくつか手がけています。「組上絵」は、その作品の性格上、未使用状態で現存する作品が極めて少ないとされていますが、「新・北斎展」ではそんな貴重な「組上絵」から、未使用状態で奇跡的に残っていた「しん板くミあけとうろふゆやしんミセのづ」が展示されているのです!
組み上げると江戸時代の「銭湯」ができあがります。 「しん板くミあけとうろふゆやしんミセのづ」文化中期(1807-12)頃 島根県立美術館(永田コレクション)
そして、この「組上絵」は、大きく拡大されて記念写真コーナーのデザインにも使われていたり、復刻されて会場出口に設置された特設ショップでも販売されているのです!
巨大な組上絵(完成図)が配置された記念写真コーナー
特設グッズコーナーでも人気商品の一つに!
特設ショップの店員さんに話を聞くと「作り上げるのは正直かなり難しいですが、その分完成したときの喜びは大きいですよ。是非チャレンジしてみて下さい」とのこと。江戸情緒が感じられるちょっと変わったインテリアとして、お土産に購入してみてもいいかもしれませんね。
見どころ5 美しく状態の良い錦絵の数々もたっぷり味わえる!
「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」天保初期(1830-34)頃 日本浮世絵博物館
「新・北斎展」で展示されるのは、個性的な変化球的作品ばかりではありません。「冨嶽三十六景」「諸国名橋奇覧」「諸国瀧廻り」など、ダイナミックな構図が楽しめる定番の錦絵なども、状態のよい作品がきちんと網羅されています。
「北斎ブルー」が美しい、北斎を象徴する錦絵
特に、この時期になると「ベロ藍」と呼ばれた美しい濃紺の染料が日本へと入ってき始めますが、この当時最先端だった「ベロ藍」を真っ先に取り入れたうちの一人が北斎でした。本展では、この非常に美しい「北斎ブルー」が楽しめる状態の良い作品が多数展示されています。
見どころ6 絶対見ておきたいキャリア最晩年の「肉筆画」
通常、画家は最晩年になると筆触が荒々しく大胆になるものですが、北斎の場合はほぼ真逆。あらゆる画風をマスターし、最晩年に手がけた肉筆画は精緻な陰影表現や細部まで得手を抜かず描きこまれたモチーフなど、どれも神がかった冴えを見せています。
そんな最晩年の作品が、前後期の展示替えを挟んで約50点も展示される贅沢さ。1点たりとも見逃せません。
「弘法大師修法図」弘化年間(1844-47)西新井大師總持寺
特に、本展で最も大きな作品「弘法大師修法図」。北斎の画業の中でも特別に大判の肉筆画ですが、至近距離で見ると本当に丁寧に作り込まれていることがわかるのです。
「富士越龍図」 嘉永2年(1849)正月 北斎館
また、後期展示となりますが、富士山をバックに巨大な龍が悠然と天へと昇っていく「富士越龍図」も要注目です。本作は北斎絶筆となった作品ですが、北斎は自らの天命を悟り、巨大な龍に自分自身を投影して描いたのでしょうか。興味はつきません。
リピート必至! 大掛かりな展示替えで前後期の2回楽しめる「新・北斎展」
さて、見どころたっぷりの「新・北斎展」なのですが、約2ヶ月間の会期中(前期:1/17~2/18)、後期:2/21~3/24)に大きな展示替えが予定されており、大半の展示作品が前期と後期で入れ替わるのです。つまり、前期と後期でたっぷり2回楽しめるのです。
前後期で約480件と非常に大量の作品が展示されますので、1回目の鑑賞で公式図録を購入しつつ、復習と後期展示の予習をしてから後期展示で2回目を楽しんでみるのもいいですね。
島根県立美術館でも「北斎展」を同時開催中!
そして、島根県立美術館でも、2月8日から「北斎―永田コレクションの全貌公開 〈序章〉」というタイトルで、大規模な北斎展が開催されます。こちらは、一括寄贈された「永田コレクション」のみで構成される展覧会。代表的な北斎作品だけでなく、門人たちの摺物や肉筆画コレクションも展示されます。
今回の「新・北斎展」と合わせて観ると、北斎の画業をより俯瞰的・体系的に深く理解できますね。筆者も、冬の庭園美が美しい「足立美術館」や「出雲大社」とセットで観光を兼ねて近日中に遠征するつもりです!
いろいろな楽しみ方ができる「新・北斎展」
期間限定のコラボカフェ「THE SUN茶寮 featuring北斎」
今回の「新・北斎展」では、質の高い「永田コレクション」を筆頭に、初来日・初出展作品を多数含む非常に充実した展覧会となりました。本稿の中では字数の都合上取り上げることができませんでしたが、ユニークなコラボグッズが多数揃ったグッズコーナーや、展示会場と同じフロアに開設された、期間限定のコラボカフェ「THE SUN茶寮 featuring北斎」でのカフェメニューも用意されています。様々な味わい方ができる「新・北斎展」、ぜひ楽しんでみてくださいね。
(取材日:2019年1月16日 ※会期中、展示替えがあります。)
展覧会名 新・北斎展 HOKUSAI UPDATED
会期 開催中~3月24日(日)※会期中、展示替えあり
会場 森アーツセンターギャラリー
公式サイト
文・撮影/齋藤久嗣