微生物の世界に魅了された“発酵デザイナー”、小倉ヒラクさん。2018年から19年にかけて47都道府県を旅し、日本の超ローカルな発酵文化を発掘。キュレーターを務めた発酵食の企画展は大盛況となり、著作も増刷を重ねています。「微生物の視点」で文化を見つめる小倉さんに、日本の食や、現在の発酵ブームについて語っていただきました。
発酵デザイナー・小倉ヒラクさんはこんな人
小倉ヒラクさんは、「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことに取り組む“発酵デザイナー”。日本全国の醸造家や研究者、クリエイターたちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開しています。
小倉さんは大学で文化人類学を専攻。学生時代は世界各地を旅して過ごし、フランスで絵画の修業もしました。在学中からデザインやイラストの仕事をして、卒業後は企業のインハウスデザイナーとなります。
大きな転機が訪れたのは、デザイナーとして独り立ちした直後のこと。
元同僚の実家である老舗の味噌蔵から仕事の依頼を受け、小倉さんは蔵を見学することにしました。冷んやりした蔵に入りしばらくたたずんでいると、「ヒラク君…聞こえてますか」と、どこからか小倉さんを呼ぶ声が。
「キミの力で僕たちのことを、人間界に伝えてほしいんだけど…」
木桶の中で静かに暮らす微生物たちが、小倉さんに語りかけたのです。
微生物に強い興味を持ちはじめた小倉さんは再び大学の門を叩いて醸造学を学びました。人間の言葉や理(ことわり)が通じない微生物の世界。小倉さんはもともと専攻していた文化人類学のフィールドワークの手法で発酵文化に向き合いました。様々な土地を巡ってそこに根付いた発酵文化に触れ、それをアーカイブしていきます。
「Fermentation Tourism Nippon」展のすご過ぎる反響
東京・渋谷ヒカリエのd47 MUSEUMで2019年4月~7月まで開催された「Fermentation Tourism Nippon~発酵から再発見する日本の旅~」展(通称・発酵ツーリズム展)は、そんな小倉さんの活動がギュッと凝縮されたような企画展でした。
孤独で過酷な47都道府県発酵の旅
キュレーターを務めた小倉さんは、企画展の準備のため2018年の夏の終わりから2019年初春にかけて47都道府県をひとりで旅し、その土地に古くからある発酵食の製造現場を訪ねました。この旅を振り返っていただくと、
小 んー……、つらかったー(泣)
企画展では都道府県ごとに1つの発酵食品を選んで展示・紹介しました。八丁味噌、しば漬け、柿の葉ずしなど、馴染みのある発酵食もセレクトされていますが、中には地元の人ですら知らないような超絶にローカルなものも含まれています。その食品の情報を入手するのも一苦労。製造所が過酷なロケーションにあるケースもあり、現場にたどりつくのも、そこから帰還するのも大変でした。
企画展は前代未聞の来場者数を記録、旅の記録は1冊の本に
発酵ツーリズム展は想定を超える反響があり、途中で会期を延長することになりました。広告は一切打たなかったにもかかわらず、来場者数は約5万人。テレビなどメディアの取材・掲載数は350超。ミュージアムショップの売上げは、「食」にまつわる企画としては、これまでの企画展に比べて前代未聞の数字となりました。
この企画展の公式書籍『日本発酵紀行』(小倉ヒラク著 D&DEPARTMENT PROJECT刊)は、小倉さんが日本各地の山・海・島・街を巡って発酵食が生まれる現場を取材した、8か月間の旅の記録。多種多様な日本の発酵食とそれらが生まれた背景をディープに探り、その土地の味覚や暮らしの記憶を詳細に記述しています。
『日本発酵紀行』は2019年8月現在で3刷目を数え、発行部数は1万部を超えました。メジャー各紙がこぞって書評を掲載。海外から翻訳出版のオファーもあり、フランス語版のリリースが既に決定しています。
微生物目線で見た日本の発酵食の特徴ってなんでしょう? 発酵が注目されて盛り上がっている理由は? 小倉さんに聞いてみました。