日本屈指のお茶の生産地である佐賀県嬉野(うれしの)市。この地でお茶を生産し、新しい日本茶のあり方を発信しているEN TEAのふたりが茶畑の中にある特別な場所で、お茶を飲みながら語り合い、“お茶のある時間”の幸せを教えてくれました。
茶畑の中の茶小屋で過ごす贅沢な時間
佐賀県の南西に位置する嬉野の街から、山に向かって奥へ奥へ車を走らせること15分ほど。目に映る景色はすべて茶畑という山里の中に、茶葉の栽培家である松尾俊一さんの茶小屋があります。
夏の間、農作業の合間に休憩する場所ですが、日本文化を国内外に発信するプロデューサーの丸若裕俊さんと出会い、一緒に日本茶のブランド「EN TEA」を立ち上げてからは、この茶小屋は、伝統の技術を試しつつ、現代の生活につながる日本茶の開発と製法のアイディアをふくらませる場になってきました。
「まあ、雨の日とかは、ぼんやり何をするでもなく、ここで寝転がっていることもあるんですけれどね」と、笑う松尾さん。
EN TEAマスターブレンダーで栽培家の松尾俊一さん
昔ながらの茶を炒る釜がつくられ、茶摘みや茶をつくるときに用いられる古いザルなどが棚に並んでいます。床に敷かれた古い緞通やさりげなく置かれた調度品は、丸若さんが友人から譲り受けたものなのだとか。
丸若さんは、ほぼ毎月、東京から嬉野に通い、EN TEAのPRや商品開発を手がけ、海外の日本茶に関するイベントを企画することも。長年、日本美術や工芸に携わる人たちとコラボレーションして商品をつくってきた経験は、松尾さんと出会ったことで、日本茶を多くの人に伝える仕事に昇華しました。
EN TEA主宰の丸若裕俊さん。日本文化のプロデューサーとして、伝統工芸の職人たちと多くのプロジェクトを企画してきた
「うれしいのは、茶農家や陶芸家の方々など、多くの職人さんたちが応援してくれたんですよね。大量生産、大量消費のお茶が一般化して、急須でお茶を淹れる家庭が激減している時代に、これからの日本茶はどうあるべきかを、ずっと考えています」という丸若さんの言葉に、松尾さんもお茶を淹れながらうなずきます。
大切なのは日常の人々のお茶のある時間
おいしいお茶、上質なお茶を追求して、全国茶品評会で数々の賞を受賞してきた松尾さんですが、多くの人たちと関わるようになり、少しずつお茶に対する気持ちが変わってきたといいます。
茶の花
「賞に出すためにつくっていたお茶は、インパクトが強いものが好まれ、いわば“お茶が主役”でした。丸若さんたちと会って話をするうちに、お茶とは、もっと、人の生活に寄り添うものではないかと思いはじめて。人のためにつくるのであれば、茶葉のことよりも、まず人を知らなければならない。お茶を知れば知るほど人を知る、という心境です」
もちろんお茶のおいしさは大切だけれど、ゆったりとお茶を飲んで、人と話をしたり、思いをめぐらせる、“お茶のある時間”こそが、私たちの人生を豊かにするもの。EN TEAの茶づくりが、スタイリッシュになりがちな現代の日本茶ブームと一線を画するのは、“人々の日常の中にあるお茶”という軸があるからです。
極上のおいしい緑茶を30秒で抽出できる水出し茶は、新しい日本茶のあり方を提案するEN TEAの人気商品
嬉野は、室町時代より釜で炒るお茶が生産された地域であること。江戸時代、煎茶を売って暮らした禅僧・売茶翁も佐賀出身であること。人気絵師・若冲も売茶翁に憧れていたこと──。いつもは東京と嬉野で離れて活動するふたりが久しぶりに会すれば、お茶を片手に、茶談義はとめどなく。幸せな“お茶のある時間”が続いていきます。