季節を感じる食材や料理。毎日当たり前に食べているものにこそ、日本の食の豊かさを感じます。食材に思い入れのある人に、素材や料理をディープに語っていただく【日日是好食】。
今回はスイカ。店頭にスイカが並ぶと、夏が来たなーと実感しませんか。カラカラに乾いて水分と糖分を欲している夏の身体にしみるおいしさ。スイカは日本の夏になくてはならない食材ですね。
そんなスイカが好き過ぎて、スイカを使ったメニューまで開発してしまったシェフ・田辺年男さんに、スイカの話をお聞きしました。
日本の夏の風物詩、スイカの歴史と名産地
江戸後期、庶民も食べるようになったスイカ
スイカは熱帯アフリカ原産とされる食材です。いつごろから日本に広まったのでしょうか。
日本に伝わってきた時期については諸説ありますが、南北朝時代とも言われます。江戸時代後期には庶民が気軽に買えるようになって多くの江戸っ子が食べていたという記録があり、当時の歳時記には盛夏にスイカを切り売りする露店のイラストが描かれています。スイカは江戸の街でも夏の風物詩だったんですね。
出荷量1位は熊本県、名産地の植木町
現在、国内でスイカの出荷量第1位(2018年)となっているのは熊本県。歴史好きには西南戦争の激戦地・田原坂の所在地として知られる熊本市植木町は、熊本県の中でも特にスイカの栽培がさかんで、多くの農家がスイカを収穫しています。
熊本のスイカはハウス栽培が主で、大きく甘く作るために丁寧に間引きをし、大玉のスイカは1株に1個、小玉は1株に2個を目安に育てます。
ところで、熊本で作っているスイカの銘柄のひとつに「春のだんらん」という銘柄があります。スイカなのに春? と不思議に感じますが、これは夏前に収穫する品種。品種にもよりますが、熊本産スイカの出荷量のピークは5月ごろで、真夏というわけではないんですね。
シェフ・田辺さんの好みはシャリシャリした食感
東京・五反田で一軒家のフランス料理店「ヌキテパ」を営む田辺年男さんは、スイカ愛にあふれるシェフ。漁港から直接仕入れた新鮮な魚介の料理が看板ですが、スイカのショートケーキ、スイカの炭火焼など、スイカを使ったメニューも人気で、お店にはいつもスイカが用意されています。
田辺シェフが仕入れることが多いのは、やはり熊本のスイカ。取材にうかがった日、「春のだんらん」が入荷していました。
甘さよりも、シャキシャキした歯ごたえと香り、えぐ味がなく味わいがクリアなものが好きだという田辺シェフ。早いうちに旬を迎える熊本県産のスイカが終わった後は、鳥取県産や新潟の露地栽培もの、9月ごろには山形県尾花沢産、北海道の「でんすけすいか」などを仕入れます。
「スイカってのは、夏休みなんだよ」田辺さんのスイカ愛
田辺さんは、なぜスイカが好きなんでしょうか。
茨城県水戸市で過ごした少年時代、住まいの近所にはスイカを栽培する畑が広がっていました。夏、スイカの収穫時期に「おーい、スイカ冷やしておけ!」と大人に言われると、田辺さんは畑に行ってスイカを選び、井戸水に入れて冷やして、おやつの時間に食べていたそうです。スイカを食べるとなぜか食欲が出てご飯がすすんだとか。
田 スイカっていうと夏でしょ。今でも、昔の夏休みの記憶とつながってるわけ。スイカってのは、イコール夏休みなんだよな。海に行くときも持って行ったし、本当にうれしい時間を思い出す食べものなんだよ。
田辺さんは、体育大学を出てからプロボクサーとして活躍し、その後料理の道を志したという異色の経歴の持ち主。東京のフランス料理店を経た後フランスに渡り、ミシュランの星を持つ名店で修業を重ねました。帰国後、恵比寿に自分の店を開業し、1994年、五反田へ移転して「ヌキテパ」をオープン。その間、フランスでも日本でも、ずっとスイカへの思いは途絶えず、普段からよくスイカを食べていたそうです。
突然のアドリブで生まれたスイカのケーキ
恵比寿でお店をやっていたころ、席数は少なく、お客を2回転も3回転もさせて店を経営していた超多忙な時。常連客のひとりが「今日、妻が誕生日だから何かお祝いできないか」と田辺さんに突然相談してきました。ただでさえ忙しく、予約もなしに誕生日の特別なもてなしをオファーされて、田辺さんは困惑。
田 急に頼まれても何もできないよ、って言ったんだけど。でも、考えてみたら自分用のスイカがあった。それで、スイカにろうそくを立てようと思ったけど、あれ待てよ、クリームあるな。スポンジみたいなものもあるな、って。それでありあわせで、形だけでもケーキっぽくして出したの。
お客は喜んでくれましたが、田辺さんは「それは食べないで。形だけ作っただけだから、おいしくないから」とお願いしました。……でも、お客は結局口に入れて、「おいしい」と。
田 いや、おいしいはずないって。スイカにクリーム合うはずない、と思ったんだけど。自分でも食べてみたら意外とおいしいんだよ。
今となっては「ヌキテパ」の名物のひとつとなっている、スイカのショートケーキはこうして生まれました。田辺さんが自分のまかない用にスイカを常備していたことがそもそものきっかけ。その後、スポンジにスイカのリキュールを浸みこませるなどレシピを工夫して、人気デザートであり続けています。
魚介のコース、事前予約でスイカ料理も楽しめる「ヌキテパ」
フランス料理店「ヌキテパ」は、網元から直送される新鮮な天然の魚介類を楽しめるレストラン。「地ハマグリの炭火焼」や「磯魚のスープ ニース風」が看板料理です。土を使った「土のスープ」や「土のリゾット」も大きな話題を呼んでいます。
でも、シェフのスイカ好きが高じて偶然開発してしまったスイカのショートケーキが人気になり、そこから、スイカの皮を使ったスイカのサラダや、スイカのリゾット、スイカの片面を炭火でしっかり焼いて、赤ピーマンやトマト、バルサミコ酢等を使ったソースをかけるスイカの炭火焼など、スイカのメニューも増えました。事前に予約をすれば、通常のコースの数皿を入れ替えるスタイルで、スイカの料理をオーダーできます。
日本の夏の風物詩・スイカを、スイカ愛あふれるシェフの料理で、いつもとはちょっと別のアプローチで味わってみてはいかがでしょうか。
田辺さんが「ヌキテパ」で提供しているスイカのサラダの作り方を紹介する記事はこちらです。
「ヌキテパ」店舗情報
住所:東京都品川区東五反田3-15-19
電話:03-3442-2382
営業時間:
12:00~15:00(ラストオーダー13:00)
18:00~23:00、日曜は18:00~22:00(ラストオーダー20:00、日曜は19:00)
定休日: 月曜日