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2025.09.29

欧州に日本の木版画を伝えた男・漆原木虫。世紀末パリから起こった日本版画の「新しい波」

「最も鋭い目を持つ者たちは、その探索の中で魅惑的な効果を持ついくつかの図像を発見した。それらは幻想的な場面を表すアルバムにまとめられ、新しい彩色様式によって、観る者を魅了したのだ」

——ジークフリート・ビング『日本版画目録:S.ビング氏所有による重要な古版画コレクション』(パリ)、アメリカ美術協会刊、ニューヨーク、1894年、p.9

ジュール・シャデル(画家)およびプロスペル=アルフォンス・イサーク(彫師)《日本美術愛好協会 1914年1月27日(火)》、木版画、1914年。フランス国立美術史研究所(INHA)所蔵。
Jules Chadel (artist) and Prosper Alphonse Isaac (carver), “Les Amis de L’art Japonais. le mardi 27 janvier 1914”, woodblock print, 1914. Collection of Institut national d’histoire de l’art

「異国的」な日本の木版画(浮世絵)への称賛は、パリを拠点とする前衛的な美術商、蒐集家、美術評論家、芸術家たちを中心に広がりました。中心人物は、美術商であり愛好家でもあったジークフリート・ビング(1838–1905)でした。彼はまた『ル・ジャポン・アルティスティック』(1888–91年)を出版し、そこに掲載された日本美術の大判カラー図版は、ヨーロッパの多くの芸術家やデザイナーにとって重要な着想源となりました。

(こちらの記事「日本マニアの震源地、フランスで起きた「ジャポニスム」の真実。パリ在住キュレーターが解説」もご参照ください)。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ディヴァン・ジャポネ》、リトグラフ、1892年。
Henri de Toulouse-Lautrec, “Divan Japonais”, lithograph, 1892.

パリのシャウシャ通り19番地とプロヴァンス通り23番地にあった彼の店には、日本から届いたばかりの新着品を見ようと熱心なコレクターたちが訪れました。彼の顧客には、女優のサラ・ベルナール(1844–1923)、作家で愛好家のエドモン・ド・ゴンクール(1822–1896)、画家のクロード・モネ(1840–1926、葛飾北斎『神奈川沖浪裏』を所蔵)、ポール・ゴーギャン(1848–1903)、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853–1890)らが含まれていました。彼らは単に蒐集するだけではなく、浮世絵から題材や色彩、構図、雰囲気を取り入れ、ときに模写することさえありました。

ジュール・シェレ《日本版画展覧会ポスター(1890年4月25日〜5月22日、美術学校にて)》、リトグラフ、パリ、1890年。カルナヴァレ美術館(パリ市歴史博物館)所蔵。
Jules Chéret, Poster for ‘Exposition de la gravure japonaise du 25 avril au 22 mai… A l’Ecole des Beaux Arts…, lithograph, Imp. Chaix (Succ. Chéret), Paris, 1890. Collection of Musée Carnavalet, Histoire de Paris.

1867年の第1回パリ万国博覧会以来、西洋の観衆が日本の工芸品や浮世絵を目にする機会は多くありました。しかし、日本版画に特化した初の大規模展覧会は、ビングが1890年に開催した「日本版画展」でした。この展覧会では、17世紀初頭の鳥居派の浮世絵師から、最後の巨匠のひとり河鍋暁斎(1831–1889)に至るまでの作品が紹介されました。ビング自身の重要なコレクション(『神奈川沖浪裏』(1830–32年頃)を含む)に加え、彼の顧客であり同志でもある日本趣味愛好家、シャルル・ジヨ(1853–1903)、作家フィリップ・ビュルティ、宝飾商アンリ・ヴェヴェル(1854–1942)、そして何より浮世絵研究の第一人者であった林忠正(1856–1906)らからの貸出品も展示されました。展覧会のポスターは、フランス・ベル・エポックのリトグラフ作家で「近代ポスターの父」と称されるジュール・シェレ(1836–1932)が制作しました。

ジュール・シェレ《もし咳が出るならジェローデルのトローチをお取りください》、リトグラフ、1891年。カルナヴァレ美術館(パリ市歴史博物館)所蔵。
Jules Chéret, ” Si vous toussez/PRENEZ/DES/ PASTILLES GERAUDEL “, lithograph, 1891. Collection of Musée Carnavalet, Histoire de Paris.

2年後の1892年、ビングは「日本美術愛好協会(Société des Amis de l’Art Japonais)」の設立を主導しました。そこには前述のコレクターに加え、画家フェリックス・レガメ(1844–1907)、プロスペル=アルフォンス・イサーク(1858–1924)、アンリ・リヴィエールらが参加しました。

ビングの死(1905年)の翌年から、このグループは毎月の夕食会に手刷りの招待状を作る伝統を始めました。その会は現在も存在するイタリア大通り1番地のレストラン・デュ・カルディナルで開かれていました。

プロスペル=アルフォンス・イサーク《キャロット(人参)》、木版画、1912〜19年頃。フランス国立美術史研究所(INHA)所蔵。
Prosper Alphonse Isaac, “Carrots”, woodblock print, c. 1912-19. Collection of Institut national d’histoire de l’art

招待状は会員自身がデザインした木版による小さな版画で、日本のモチーフを取り入れ、当時のフランス前衛美術界における版画熱を証言しています。1912年12月14日の招待状には、日本人作家・漆原木虫(うるしばらもくちゅう/1889–1953)のモノグラムが記されています。彼は職人から芸術家に転じ、ロンドンを拠点に活動していました。

漆原は版画制作を学び、日本の古画複製を出版する神田の審美書院で働いていました。その縁で1910年、ロンドン・ホワイトシティで開かれた日英博覧会において木版技法を実演するため渡英しました。

その際、漆原はイサークと出会い、イサークは伝統的な木版技法(木版画)を学びたいと望み、漆原を1911年にパリへ招きました。漆原は数か月滞在し、イサークの紹介により日本美術愛好協会に参加し、夕食会用の招待状の制作においてイサークと共同制作を行っています。

プロスペル=アルフォンス・イサーク《椿(カメリア・ジャポニカ)を生けた花瓶》、木版画、1912〜19年頃。フランス国立美術史研究所(INHA)所蔵。
Prosper Alphonse Isaac, “Camellia japonica in a vase”, woodblock print, c. 1912-19. Collection of Institut national d’histoire de l’art

漆原は彫師・摺師として、同じ日本人移民である牧野義雄(1869–1956)やウェールズの画家フランク・ブラングィン(1867–1956)など、多くの芸術家と多数の版画を協働で制作しました。中でもブラングィンは、イギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の指導者ウィリアム・モリス(1834–1896)の弟子であり、ジャポニスムの第一波を目撃した人物でした。1895年には、ビング自身の依頼により、新設ギャラリー「ギャルリー・メゾン・ド・ラル・ヌーヴォー」の外装装飾を担当しています。ちなみに、このギャラリー名はその後の美術運動「アール・ヌーヴォー」にその名前を与えることになります。

漆原はまた、自身の創作活動にも精力的に取り組み、静物画、花のアレンジメント、ヨーロッパの都市景観や風景を数多く制作しました。後には、白黒の単純な描写による馬を主題とするようになりました。

ヨーロッパでの30年間の滞在の大半をロンドンで過ごした彼は、イサークやジュール・シャデル(1870–1941)、画家ウォルター・J・フィリップ(1884–1963)らを弟子とし、日本の木版画の制作と評価を促進しました。日本では「漆原」の名前はさほど取り上げられない傾向があるように感じます。しかし彼はヨーロッパにおける多色木版画復興の先駆的な役割を果たした人物だったのです。

漆原木治郎《デイジー2》、木版画、制作年不詳(1920年代頃)。マレーネ・ワグナー所蔵。
Urushibara Yoshijiro, Daisies 2, woodblock print, not dated (c. 1920s). Collection of Malene Wagner.
翻訳:安藤智郎(Translated by Ando Tomoro)
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マリーヌ・ワグナー

キュレーター、アートディレクター、「Tiger Tanuki: Japanese Art & Aesthetics」創設者。日本美術史の修士号取得後、出版業界やオークション業界を経て、現在はさまざまな観点から日本美術に関する執筆やキュレーション、アートディレクションを行っている。専門は日本の版画と19世紀から20世紀にかけての日本と西洋の文化交流。https://www.tiger-tanuki.com/
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