ジャン・シュランバージェと理解者バニー・メロンが、インスピレーションを与え合ったオーク・スプリングを訪れて…
名作「バード オン ア ロック」誕生のバックストーリー
出会いから抱き続けた敬愛の念と自然への共感
20世紀を代表するジュエリーデザイナー、ジャン・シュランバージェと、アメリカ社交界の名高い篤志家で園芸家、そして美術コレクターでもあったレイチェル・ランバート“バニー”メロン(以下バニー・メロン)。ふたりは親しみを込めて、互いを「バニー」「ジョニー」と呼び合い、四季折々の自然や庭の変化、制作中のジュエリーについて、ときにスケッチを添えて詩情豊かな手紙を交わす関係でした。
彼らが出会ったのは1954年、ニューヨークのマンハッタン。シュランバージェのサロンを訪れたバニー・メロンは、彼のジュエリーを初めて間近で目にし、触れた瞬間、その独創性に心を奪われました。そして、ジュエリーやオブジェを頻繁にオーダーするようになり、ふたりは長きにわたり美を分かち合う存在となっていったのです。
シュランバージェのクリエイションは、自然から着想を得て想像の翼を広げ、夢のような作品を生み出すことを信条としています。その制作は、常に膨大な数のスケッチから始まりました。そうして描かれた自然の断片は新たに構築され、詩的なジュエリーへと昇華されていくのです。
「私はあらゆるものを、まるで成長し続けているかのように、均一ではなく不ぞろいで有機的かつ動的にとらえたい」と語ったシュランバージェ。その言葉どおり、彼のデザインには昆虫の羽ばたきや波の揺らぎまでもが表現され、輝きのなかに物語を感じさせます。
1965年に誕生した「バード オン ア ロック」も例外ではありません。のちに彼の代表作となるこのブローチは、バニー・メロンのためにデザインされたといわれています。彼女が所有していたのは、まさにロック(岩)のようなラピスラズリの上にバードが佇む作品。バニーはこのウィットに富んだブローチをベレー帽につけて愛用していました。
ふたりの美意識と友情が後世に遺したもの
バージニア州アッパーヴィルの丘陵地に広がる約2000エーカーのオーク・スプリング。ここには、メロン夫妻の邸宅のほか、庭園、温室、農園、ライブラリーなどが併設されており、そのすべてに静けさと秩序を好んだバニー・メロンの哲学が息づいています。
夫から誕生日に贈られたライブラリーには、植物学や芸術に関する約1万9千冊の書籍を収蔵。現在、それらはオーク・スプリング・ガーデン財団の管理のもと、研究者に開放されています。
温室の屋根には1960年代初頭、シュランバージェがデザインした花束型のフィニアル(屋根の装飾。現在はレプリカ)が設置され、今もオーク・スプリングのシンボルに。その温室や庭園で作業するときも、バニーはエナメルのブレスレットや誕生石であるペリドットのリングを身につけていました。ブレスレットはエナメルがはがれるほど傷んでしまい、ティファニーが修理を勧めましたが、「ジョニーからの贈りものだから、このままにしたい」と申し出を断ったと伝えられています。
そんなバニー・メロンは晩年、「これらの作品はいつか人と分かち合うもの」と語り、シュランバージェのジュエリーとオブジェ140点以上をバージニア美術館に寄贈。これにより、美術館には世界で最も包括的なシュランバージェ・コレクションが誕生しました。現在、一般公開されているコレクションは、バニーとジョニーの自然と創造、そして友情に彩られた物語を伝えてくれます。

ヘア&メーク/HIRAMOTO コーディネート/高久純子
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※本記事は『和樂』2025年10・11月号の転載です。
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