京都で創業し、銀座の中心にも店を構える『鳩居堂(きゅうきょどう)』。お香や文房四宝(ぶんぼうしほう)の販売を始めて350年以上という歴史を誇る、日本を代表する老舗です。なかでも「香」と並ぶ創業以来の主力商品である「和紙」は、その質の高さとともに商品数の多さでも人気を博しています。日本が誇る和紙の魅力を、鳩居堂を通してみていきましょう。
鳩居堂の歴史は和紙の歩みとともに
書画用や半紙、華やかな料紙(りょうし)から、便箋やはがき、千代紙など、さまざまな和紙と和紙製品を扱う鳩居堂。明治13(1880)年、東京遷都にともない銀座に出店しましたが、その誕生はさらに古く、寛文3(1663)年、薬の原料の販売や調合を行う薬種業(やくしゅぎょう)として京都で始まりました。1700年代の初めには、薬の原料である白檀などの香木からよい香りがすることに着目し、薫物線香(たきものせんこう)を製造。原料の産地である中国からは、筆、墨、硯、紙の輸入を開始します。こうして鳩居堂は、薬種業から薫物と文房四宝の専門店へと変貌を遂げました。
江戸時代後期になると、筆や墨の製造にも着手。親交の深かった儒学者の頼山陽(らいさんよう)をはじめ、文人画家の池大雅(いけのたいが)や田能村竹田(たのむらちくぜん)らの要望もあったようです。漢字、ひらがな、カタカナと多様な文字を使う日本人にとって、中国の筆や墨、紙は必ずしも満足のいくものではなかったのでしょう。
写真/お祝いやお礼の気持ちを品に託す――。毛筆の文字が添えられた真っ白な掛け紙が、送り主の想いを伝えます。さらに水引を掛けると、より改まった印象に。
そもそも紙は、〝紙=神が宿るもの〟として、いにしえより各地で生産され、尊ばれてきたもの。原料となる楮(こうぞ)や三椏(みつまた)は繊維が長く強いため、やわらかく破れにくいという特徴があり、障子や襖などの住居素材としても用いられてきました。神聖なものであり、生活に欠かせない素材であり、さらに趣味の道具でもある――日本人に欠かせない和紙の産地は北海道から沖縄までおよび、鳩居堂でも手漉き技術の高い福井の越前や、京都の黒谷など、各地の生産者と深いつながりがあります。
そのこだわりは手漉きの高級和紙に限らず、便箋や原稿用紙といった日用品、消耗品も同様。毛筆よりペンが一般的な現代では、インクの種類も豊富になったため、紙と筆記具の組み合わせも多様化。改良や新製品の開発も頻繁になりましたが、鳩居堂ではその都度さまざまなペンで試作品に文字を書いては書き心地を体感し、数日経ったインクの状態も確かめる。その作業は、利用者に最も近い販売員や、仕入れを担当する従業員が行っているのだとか。よりよい和紙製品をつくり続けるため、利用者の声を的確に製作現場へ届ける、それが創業350余年を誇る鳩居堂の流儀なのです。
写真/ふんわりした手触りや、シフォンのように透けるものなど、和紙はそれ自体が美しく、温かみのある表情が魅力。
書家、画家、作家など、厳しい目をもった顧客に満足してもらうため、和紙製品の品質技術向上をはかっている鳩居堂ですが、その心意気は日常用のさまざまな商品にも行き渡っています。1枚80円からのシルク刷りのはがき、かわいらしいポチ袋、毛筆でも万年筆でも書きやすい便箋や一筆箋。上質素材でありながら気軽に使える和紙小物に、京都と銀座の中心に堂々と店を構える鳩居堂の気概を感じずにはいられません。長き歴史のなか、常に向上心をもち、よりよい商品を、サービスをと努力を重ねる。これが「鳩居堂へ行けば、いつでも上質な和紙とよい香りの香が手に入る」といわれるゆえんです。
文房四宝の聖地・鳩居堂の発展
明治13年/「宮中御用」としての使命とともに東京・銀座に出店
明治10年、鳩居堂8代の熊谷直行(くまがいなおゆき)は、代々の店主らが続けてきた社会奉仕や国事事業への貢献により、900年来宮中でのみ伝承されてきた宮中の「合せ香」の秘方をたまわります。東京遷都にともない、明治13年、当時は銀座尾張町と呼ばれた現在地(東京都中央区銀座5-7-4)に東京支店(出張所)を開設。武者小路実篤や志賀直哉ら、文豪もここに足を運んだとか。
大正13年/最初の改築は関東大震災の翌年。平屋から3階建てへと復興
大正13年、関東大震災の翌年末に東京支店は同じ場所で再スタート。下の写真は、それから数年後のもの。銀座のシンボルであるガス燈に柳、さらに石畳までもが見られ、東京鳩居堂が銀座の発展とともに歩んできたことがうかがえます。
昭和40年ごろ/地下鉄の出入口も現在と変わらない銀座4丁目交差点の、鳩のある風景
昭和57年に現社屋へと改築する前の、東京鳩居堂の姿。下の3枚の写真からはいずれも、熊谷家の家紋がモチーフになっている「向かい鳩」が見られます。物流が多様化した昭和40年代でしたが、文房四宝と薫物の専門店としての商いはゆるぎませんでした。
写真/明治(下)、大正(左)、昭和(上)の東京鳩居堂。
鳩居堂と銘和紙、5つの物語
京都で創業して350年という歴史のなかで、一点ものから消耗品までさまざまな文房具を扱い、製造にも力を注いできた鳩居堂。特に和紙は紙そのもの以上に、便箋やはがき、金封など、和紙を素材にしたオリジナル品が豊富です。それらの美しくかわいらしい品々には、鳩居堂が愛情を注ぎ改良を重ねてきた、和紙の魅力がつまっています。では、鳩居堂を通して和紙の魅力を探っていきましょう。
鳩居堂と和紙の魅力その一「日本を代表する銘和紙の宝庫!」
墨やインクのにじみやかすれも風情になる和紙ですが、鳩居堂では各地の製紙業者や工房との連携で、「鳩居堂」の名を冠した商品を生み出してきました。その産地は日本全国におよびますが、やはり最高峰のひとつは福井の越前和紙。中国から日本に紙が伝わった4~5世紀には、すでにこの地域で写経用の紙をつくっていたことが正倉院の古文書に記されています。
写真/雁皮紙(がんぴし)の代表である「鳥の子紙」は、厚手でにじみにくいので、毛筆になれていない人でも書きやすくおすすめ。
鳩居堂オリジナルの和紙製品は、巻紙(まきがみ:巻物状になっている手紙用紙)だけでも、この50年で数十品を数えます。なかには御用達制度ができる前から宮中で使われているものや、神社への奉納品なども。なじみの薄い巻紙ですが、好きなだけ文字を連ね、自由な長さにカットでき、巻いたり蛇腹に畳んだりと使い方は多彩で便利。巻紙に限らず、書くことが楽しくなる、日本人の手技が凝縮された美しい和紙は、鳩居堂のあちこちに並べられています。
鳩居堂と和紙の魅力その二「冠婚葬祭の由緒正しき姿」
相手を思いやる気持ちや、祝い、あるいは偲ぶ心、礼を尽くす姿勢や節度ある振る舞いなど、マナーやしきたりが現代も息づいているのが冠婚葬祭に関する事柄。鳩居堂には、さまざまな祝儀袋や不祝儀用の各種金封が並びます。その台紙の多くは、楮をさらして漂白した原料によるもの。この和紙の白さが、清浄、神聖、神妙など、贈り主の心を映すようです。
写真/桐箱に熨斗を付け、和紙の掛け紙をかけたものは祝儀用(参考料品)。金銀に輝く宝船を模した水引を結んだ、もはや工芸品ともいえる美しさ!
そんな和紙の金封を豊富に揃える鳩居堂ですが、商品を販売するだけではありません。地域や宗派による違いも少なくなく、戸惑うことも多いのが冠婚葬祭のしきたり。店頭で販売の際にアドバイスを求められる従業員の姿を目にしますが、そんなところにも、鳩居堂に寄せる顧客の信頼が表れています。商品を売るだけでなく、日本の文化や、よきしきたりを守り伝えることを使命とする、それが、鳩居堂という老舗のもつ本質なのです。
鳩居堂と和紙の魅力その三「日常を豊かにするポチ袋」
漢字で「点袋」ともあてるポチ袋。諸説あるようですが、関西で芸妓への祝儀を「ポチ」と呼び、「わずかな額を包む袋」という謙遜も含んだ呼び名からきているとも。心づけやお年玉など、紙幣を畳んで入れて渡すのに使われ、むき出しでのお金の受け渡しを無粋とする日本人らしい、気遣いのこもった製品です。最近は紙幣の二つ折りサイズや硬貨向きの小さなものなどもあり、サイズも豊富に。お金だけでなく、バッグやポーチの中でこまごましたものを整理するのにも便利と、使い道もいろいろです。
写真/どれもこれも可愛らしく、選ぶのに困ってしまうほど、取り扱うポチ袋の種類が多い鳩居堂。
この小さな和紙の袋に描かれる意匠は無限で、何より楽しい。小紋柄に吉祥文様、風物詩や四季をモチーフにしたり、洒落の利いたユーモラスなものなども。手描き、シルク刷、木版など印刷方法もさまざまで、水引や熨斗付きなど、〝本格的な祝儀袋のミニチュア〟といったものも。もらっても集めても楽しいポチ袋。眺めているだけで心が浮き立ちます。
鳩居堂と和紙の魅力その四「日本美を写した千代紙」
単色刷の小紋柄など粋でモダンなものから、錦絵のような華やかで古典的なものまで、日本の伝統図版や吉祥文様などを刷った千代紙。厚手の和紙に印刷されたものは工芸品や紙人形の衣装に使われたり、装飾品としても楽しまれてきました。鳩居堂では、折り紙に使う小さなサイズのものから、新聞紙を広げた大きさのものまで、幅広く取り揃えています。
写真/無地の民芸紙(みんげいし)や沖縄の紅型(びんがた)のような新型染め、友禅など、今は産地も染めや印刷技術も多様です。写真は小紋柄のもの。
主に京と江戸で発展し、京千代紙は西陣の染めの技術を応用して、有職文様(ゆうそくもんよう)や源氏物語の一場面を多色刷りしたものなど、雅な雰囲気のものが豊富。浮世絵の木版技術を用いてはじまった江戸千代紙は、歌舞伎の場面や役者紋をモチーフにしたり。鳩居堂店内の壁面には60㎝×90㎝サイズの大判和紙が並び、その一角はまるで呉服店のようです。包装や手芸などに使うほか、絵画のように飾ったりテーブルクロスにしたりと、外国人客にも人気の、美しき和紙製品です。
鳩居堂と和紙の魅力その五「心を託す最高の便箋」
美しい絵付きのものや無地のもの、罫線もさまざまと、便箋の種類はとても豊富ですが、鳩居堂に並ぶ100種類を超える便箋類のほとんどがオリジナル商品。毛筆専用のものから、主流の毛筆とペン両用のものまで、素材となる和紙の種類や性質にも改良が重ねられてきました。
写真/便せんや封筒、はがき、ペンに切手など、お気に入りのものを文箱に用意しておくと〝書くこと〟が楽しくなります。
これらは和紙工房や製紙会社とともに研究し、書き心地やにじみやかすれ具合、保存時の経年変化などを見ながら生まれたもの。行間隔や罫線の色、太さなど、利用者の声を従業員がくみ取り、商品づくりに生かしています。江戸時代から毛筆用の和紙を改良してきたように、よりよい商品をという社風は、こんなところにも息づいているのです。
気軽なコミュニケーションが主流の現代だからこそ、ひと文字ひと文字ていねいに書かれた手書きの手紙は心に響くもの。毛筆が難しければ、万年筆でも。和紙のやんわりとした風合いは、きっと気持ちを届けてくれるはずです。
こんな商品も、あんなサービスも!鳩居堂全利用ガイド
銀座に出かけると、目的がなくても寄りたくなる鳩居堂。いつ覗いてもなんだか楽しく、はがきの1枚でも買いたくなります。そんなココロときめかせる鳩居堂には、和紙以外の品からもサービスからも、〝日本的〟な心遣いがうかがえます。鳩居堂をもっと楽しむためのトリビア的ガイドをどうぞ!
〝鳩居堂製〟の実力を発揮します!<筆・紙>
書のための筆や日本画用の筆など、さまざまな用途に対応できるよう素材や大きさを揃えている鳩居堂。そのほとんどが、書家のアドバイスや利用者の声を参考に作られているオリジナル商品です。羊(山羊)、馬、たぬき、いたち、てん、猫などの毛を使ってつくる毛筆ですが、半年待ちという人気商品も。書道用半紙や美しい料紙、便箋など、書く(描く)ための和紙とともに、筆は鳩居堂の〝信頼の証〟なのです。
実用品から逸品まで揃う<墨・硯>
中国製の唐墨(とうぼく)、日本製の和墨(わぼく)と、墨は素材の配合や製法、墨色もさまざま。1,000円台から数万円のものまでと幅広く扱っていますが、鳩居堂では和墨の大産地である奈良でつくられるオリジナルの墨を中心に販売。文房四宝で唯一消耗品でない硯は実用的なもののほか、鑑賞用や装飾品として価値があるものも。500万円を超える硯もあるとか!
写真/ひとり2本までの予約制で半年待ちという、人気の小筆「未生(みしょう)」なども。墨の「金蘭室(きんらんしつ)」は皇室ご愛用品。
多彩な香りを楽しんで<線香>
鳩居堂ならではの品質で、絶大な信頼を得ているお線香。伽羅、沈香、白檀といった香木や、丁子など漢方に使われるものを原料に、宮中秘伝の調香法をもとにした鳩居堂独自のブレンドでつくられています。日々のお祈りからお彼岸やお盆、弔事、また嫁ぎ先への挨拶品に。果実や草花の香りなど、華やかな香りのものもあるので、香りを楽しむためにたくという利用も。
紙専用の虫除けもいい香り<防虫香>
日本の四季は自然豊かな風情を生みますが、反面、湿度の多い夏、乾燥する冬と、気候的なわずらわしさも。特に湿気や虫を嫌う和紙にとって、梅雨から夏にかけての数か月は用心したい季節です。鳩居堂には書画や掛け軸、書籍など、紙製品を虫から守る、レトロなパッケージも素敵な紙専用の防虫香が。江戸時代後期から薫香物をつくってきた同社ならではの、伝統の香りです。
写真/写真の線香は創業350周年の記念品。最上質の香木・伽羅を使用(参考商品)。天然香料を使用した紙用の防虫香。書画の虫除けにも。
あるようでなかった和の香り<白檀の香りのアロマキャンドル>
線香のほか、香道で使用する香木や煉香(ねりこう)、印香(いんこう)、神仏礼拝時に使用する塗香(ずこう)、匂い袋、さらにはアロマオイルを使用した製品まで、鳩居堂には香りにまつわる商品も豊富。最近の人気商品はアロマキャンドルで、白檀の香りが鳩居堂らしいと評判です。香りはにおい消しや虫除けなど実用的な用途のほか、気持ちを落ち着かせたりリフレッシュさせたりも。自然と背筋が伸びるのも、和の香りならではです。
外国人客やお土産に人気<人形しおり>
銀座の中心地にある東京鳩居堂は、連日開店と同時に買い物客でにぎわいますが、外国人客の割合も相当なもの。細やかな感性と高い技術による美しい和紙製品は、日本的なものとして大変人気です。なかでも外国人に人気なのが、1階の売り場を彩っている千代紙と人形しおり。千代紙は包装紙やインテリアに、人形しおりは飾りにと、手ごろな価格もあってか人気の2トップです。
写真/鳩居堂オリジナルのアロマキャンドルは、白檀とフローラルの2種類あり。和紙の「人形しおり」は数十種類が店頭に並んでいます。
自分の作品を立派なアートに!<お仕立て>
文房四宝の逸品から実用品、さまざまな和紙製品や薫物までを扱う鳩居堂では、それらに関連するサービスや商品の用意も。そのひとつが軸装や額装です。自分で描いた絵や書を…なんて気後れすることなかれ。名物裂(めいぶつぎれ)や額縁の力を借りるとなかなかのものに仕上がり、インテリアとして楽しむなら十分。子供が描いた絵や手紙などを仕立てても楽しいものです。軸装・額装から裏打ちのみなど、さまざまな要望に対応します。
念珠や扇子の「困った!」も解決<修繕サービス>
日本の習慣や風習、たしなみとしても欠かせないのが念珠や扇子。鳩居堂ではそれらの販売だけでなく、修繕も受け付けています。切れてしまった念珠の修復や、扇子の要(かなめ)のゆるみなど相談を(状況によっては修繕できない場合もあります)。
日本のしきたりが息づく<結納品>
最近では簡略化され、省略されることもある結納ですが、取り交わされる品々には真っ白な和紙と、豪華な水引飾りが。地域によって数は異なりますが、9、7、5品目など奇数で1セット。いずれも純潔や長生き、繁栄、平穏、子宝など、吉祥を意味します。鳩居堂の結納品は、昔ながらの手作業でつくられたもの。ここにも、日本の伝統と和紙のかかわりが残っています。
写真/結納用の水引の松飾りが付いた金包(参考商品)。寿ぐ気持ちを込めて。
撮影/小池紀行(パイルドライバー)、篠原宏明