取材は2024年5月上旬、日暮里・延命院で行った。 尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
平安貴族ファッションは国際色豊か! ギリシャやエジプトのデザイン柄
さっそく雅楽の音色を聞いてみよう! となる前に、まずは雅楽を演奏する際に着る衣装を着てみることに。音無さんが2種類の衣装を用意してくれ、どちらを着たいか阿部さんに選んでもらった。
阿部顕嵐(以下、阿部):ブルーも着てみたいのですが、今日はこちらの白でお願いします。
音無史哉(以下、音無):白のほうの模様は、立涌(たてわく)といいます。エジプトやペルシャからきた模様といわれていますね。
阿部:ペルシャですか。
音無:立涌は高貴な人にも好まれていました。今日持ってきたものは、立涌の中に桜が描かれています。
立涌は、波のような形を縦に並べ、膨らんだりすぼまったりする曲線。水蒸気がわいて立ちのぼる様子だという説もある。もとは西アジアの葉の模様(※1)と唐草模様が縦になり様式化したようだ。奈良時代に中国から伝わり、平安時代の織物に多くみられる。
唐草模様はエジプト、ギリシャなどの連続模様が起源になっているという。シルクロードを通って中国から日本にわたってきた。平安時代は遣唐使を廃止して日本国内の文化が発達したというイメージが強いが、衣服の柄はとても国際的だ。
立涌のなかに、波や藤など他の模様を入れて華やかさも表現する。藤をいれた「藤立涌(ふじたてわく)」は藤原家で使われた。江戸時代には桜など花を入れる模様もできたようだ。
音無:今日着てもらうのは狩衣(かりぎぬ)といって、平安貴族の普段着でした。もっと格式が高い「束帯(そくたい)」などはたくさん重ね着をしてルールもいろいろとありますが……。
阿部:たしかに今、とても楽です。以前、「風姿花伝」という独演会で平安貴族の衣装を着たのですが、そのときはもっと重かったです。
庶民のファッションも取り入れる平安貴族。プライドが高すぎず、良いセンス
平安貴族も演奏していた雅楽。現在、雅楽を演奏するときの衣装のひとつが狩衣だ。狩衣はもとは狩猟用の服装だったため、動きやすい工夫がある。狩りのときに袖口を絞ってくくれる紐(袖括/そでくくり)がついている。
阿部:狩衣、重ね着が少ないのでとても軽いです。平安貴族は狩衣を着て馬にも乗っていたのでしょうか?
音無:狩衣を着て馬に乗っていたと思います。袴は指貫(さしぬき)といって、ゆったりとして動きやすいです。
阿部:本当に狩りもできそうですね。
音無:狩衣は、庶民が着た麻で織った服のデザインをもとにしたといわれています。庶民の服を見た貴族が「いいじゃん、俺も着たい」と思って、絹でつくったのが狩衣。
阿部:いいですね。平安貴族はプライドが高すぎず、良いものはどんどん取り入れていた。
音無:庶民が馬を引きながら口ずさんでいた歌を、平安貴族がいいなと思って取り入れた「催馬楽(さいばら)」という歌物も、雅楽にはあります。
阿部:そうなのですか。僕は戦国武将にはとても憧れがあるのですが、平安貴族には少し、悪いイメージを持っていました。
給湯流茶道(以下、給湯流):たしかに。貴族は、庶民を見下しているイメージがあります(笑)。
阿部:でも実際の平安貴族は庶民の服装や歌も、良いと思えば取り入れていたと。素敵です。
音無:もちろん平安貴族はたくさんのルールを重んじていました。しかし一方で、新しいことを取り入れることも、大切にしたと思います。
音無:たとえば狩衣の袖、もともとはこんなに長くなかったのですが、平安貴族はどんどん袖を長くして新しいファッションを作りました。
給湯流:ヤンキー高校生を思い出しますね。昭和時代、ヤンキーが学ランを長くするのが流行っていたとか(笑)。
阿部:いつの時代も、そういうことがあるのですね。今だと制服のスカートの丈を校則ギリギリまで短くするとか。
音無:平安時代の宮中で「袖を長くするな」と禁止令が何度も出ていたようです。今、阿部さんと僕が着ている狩衣の袖の長さを見たら、藤原道長はブチ切れるかもしれません(笑)。「君たち、袖が長すぎる!」 と。しかし道長自身も贅沢な装いをしていたでしょうから、禁止令を出しても説得力がなかったという説もあります。
流行が気になる、新しいものが好き。現代人がもつ好奇心を、平安貴族も持っていた。ぐっと平安貴族の存在が身近になったところで、今回はここでおしまい。次回はいよいよ、平安貴族も演奏していた雅楽の楽器に阿部さんが挑戦します。お楽しみに!
撮影協力/延命院
インタビュー・文/給湯流茶道 写真/篠原宏明
参考文献/西田友広「16テーマで知る鎌倉武士の生活」・小山弓弦葉「日本の伝統もよう」
音無史哉
笙、雅楽奏者。コンピュータ音楽研究時に雅楽と出会い笙を手に取る。古典雅楽の研鑽・演奏を重ねる一方で、笙や雅楽の多様なあり方を模索・提示している。Tim Hecker ワールドツアー、蓮沼執太フィル、映画、ゲーム、TV番組、空間や映像のための音楽、ノイズやジャズバンドとのセッション、ペルシャ古典音楽やクメール舞踊など各国の古典と雅楽のコラボレーション、近作では「SHOGUN将軍」など、国内外の音楽プロジェクトに参加多数。
●活動情報
https://x.com/otns
https://www.instagram.com/otonashifumiya/
日蓮宗 寶珠山 延命院
今回、取材場所としてご協力くださった延命院。日暮里駅から徒歩3分、谷中にも近い風情あるお寺です。
住職は雅楽に興味をお持ちで、お寺で演奏会も多数企画されています。ぜひ皆様お立ち寄りください。
…今から400年前
延命院のはじまりは寺伝によると江戸初期慶安元年(1648年)、後の徳川幕府第四代将軍徳川家綱の乳母、三沢局が開基となり、七面大明神を守護する別当寺として日長により、新堀村(現在の日暮里)に開創されました。
山梨県身延の七面山に百日参籠し、霊夢をこうむり、祈祷法と七面大明神の鱗を授けられた日長が、寛永17年(1640年)、三代将軍家光から安産の祈祷を命じられ、翌年家綱が誕生したことを受けて建立が許されたといいます。社殿等は残らず大奥から寄進されたとされています。慶安4年の家綱の将軍就任後、徳川家の永代祈願所となり、庇護されました。
延命院の七面大明神は江戸の中でも最も古い七面大明神の一つであり、江戸時代前期から江戸名所の一つとして知られ、多くの参詣者を集めました。特に江戸城大奥から信仰を集め、正室の代参(本人に代わっての参拝)や、女中の祈願が盛んに行われたことで知られています。
〒116-0013 東京都荒川区西日暮里3-10-1
https://enmeiin.net/
阿部顕嵐 お知らせ
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テレビ東京 ドラマ『青春ミュージカルコメディ oddboys』
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