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愚かな連中は、迷いにとらわれ、悪の種をまけば悪の報いがあり、善の種をまけば善の報いがあるという原理を信用しない。(日本霊異記)
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Craft
2019.10.18

徳川幕府からオリンピックまで。日本の発明品・ビニール傘の歴史を辿ると驚きの連続だった!

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全国どこでも手に入るビニール傘が日本生まれであること、世界に広まるきっかけが1964年の東京オリンピックだったことを知る人は少ない。世界初のビニール傘を開発したのは、東京・浅草の「ホワイトローズ」。同社の生み出すビニール傘は、業界最高峰といわれ、今やその商品は皇室や歴代首相も愛用するほど高い評価を得ているが、そこに至るには苦難の連続だった。

大名行列の雨具を一式作る幕府御用達の商店

下町情緒が色濃く残る東京・浅草。その一角に世界で初めてビニール傘を開発した「ホワイトローズ」がある。創業は江戸期の享保6(1721)年。「武田長五郎商店」として始まり、4代目で雨具商に、5代目で大名行列の雨具一式を作る幕府御用達となり、7代目で和傘問屋として各地に販路を広げるまでに拡大した。

戦後、窮地の中生まれたビニール製傘カバー

順調に業績を伸ばしていたが、第二次世界大戦がその歴史を変える。当代・須藤宰さんの父、9代目の三男さんがシベリアに抑留され、帰国したのが昭和24年。戦後4年で他の傘メーカーが復興し、同社が入り込む余地がなくなったのだ。「窮地の中で父が生み出したのが、傘にかぶせるビニール製の傘カバーでした。当時の傘は綿が主流で防水性が悪く、色落ちして衣服が汚れるという欠点があったのです」と須藤氏は語る。これがビニール傘の原点だ。

5年の歳月をかけて、完全防水のビニール傘を開発

商品は大ヒット! しかし、防水性が高く色落ちしないナイロンの傘が登場したことで、ニーズは下降し始めた。そこで三男さんが思いついたのが、総ビニール張りの傘の製作だった。不可能とされた縫製を当時最先端の接着加工で実現。温度変化に耐えるビニール素材をメーカーと共同開発。5年もの歳月を費やして完全防水の傘を作り上げたのだ。

東京オリンピックを機に世界へ飛躍

画期的な発明だったが、売り上げは伸び悩んだ。旧来の傘職人の技術を必要としないため「こんなもの傘じゃない!」と既存の傘業界から抵抗を受け、販路を失ったのだ。厳しい逆境の中で千載一遇のチャンスが訪れる。
昭和39年秋、東京オリンピック観戦のため来日していた米国大手洋傘流通会社のバイヤーが、ビニールフィルムの張られた見たこともない傘を見て叫んだのだ。「おもしろい!ぜひニューヨークで売ってみたい」日本生まれのビニール傘が、世界へ飛躍する瞬間だった。

ホワイトローズのビニール傘は性能も美しさも別次元

その後テレビで取り上げられるなど、国内でも定着していった同社の透明ビニール傘。現在は海外での大量生産による安価な類似品が出回り消耗品のイメージが強くなったが、ホワイトローズの製品は性能も美しさも別次元だ。

ビニール傘「かて~る16桜」大人に似合う3色展開。全色防水加工生地の傘袋が付く。安っぽさとは無縁の本格仕様だ。商品名は、選挙候補者の依頼で製作したため「勝てる」から命名。選挙に「勝てる」傘と政治家にも好評だ。

オレフィン系の多層フィルムを3枚重ねにした構造は撥水性に優れ、開くときにくっつかない。透明度が高く、視界の悪い雨の日も安心。雨の浸入を防ぎつつ内側の風を逃がす「逆支弁」によって、風にあおられる心配も不要だ。

高品質なオレフィンフィルムをグラスファイバー製の16本骨が支え、堅牢さを実現。

「ハンドメイドで修理が可能なので、10年以上愛用しているお客さまも多いです。贈答用にも喜ばれます」と、須藤さん。究極の名にふさわしい名傘、ぜひ1本備えておきたいものだ。

「かて~る16桜」商品詳細

価格:11,000円(税込)
サイズ:長90cm、使用時の直径108cm、親骨の長さ65cm(16本)
重量:約570g
素材:中棒=白樺天然木、ハンドル=皮付き桜天然木、親骨=グラスファイバー、張り地=オレフィン系多層フィルム、ポリエステル
仕様:手動開閉式
付属:収納袋
製造:日本

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