取材は2024年12月上旬に行った。 尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
道長よりダントツにモテた? 藤原公任
給湯流茶道(以下、給湯流):藤原道長の同期だった、藤原公任(ふじわらのきんとう)についてお話いただけたらと思います。「光る君へ」で、公任を町田啓太さんが演じ、注目された平安貴族ですよね。公任が書いたとされる書も見ながら、ぜひご対談ください。
根本知(以下、根本):藤原公任の文字を語るとは、ずいぶんマニアックな対談ですね(笑)。
阿部顕嵐(以下、阿部):藤原公任は、道長との出世争いに負けたあと、自分にしかできない道を探した人だと聞いています。そんな生き方が気になっているので、ぜひ公任について教えてください。
根本:個人的な考察ですが……藤原公任は、道長よりもダントツにモテたと思います。
阿部:え、そうなのですか?
根本:公任は、漢詩や和歌、いろいろなものに詳しいインテリとして当時から有名でした。残念ながら道長のように、出世街道をぐんと躍進していったわけではない。
だから、公任は社会のなかで自分がどういう役割で生きていくかを考え、自分は文学だと、決心したのでしょうね。中国のあらゆる漢詩を詠み、紀貫之(きのつらゆき)の時代から自分が生きている時代までの和歌も全部読んだようです。
阿部:まわりに何を求められているのか、考えるのは大切ですね。
根本:道長に頼まれて公任は「和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)」という、声に出して読みたい漢詩や和歌を集めた“トリビュート・アルバム”まで作りましたし。
阿部:トリビュート・アルバム(笑)。相当な数の漢詩や和歌に詳しくないと作れないですよね。
根本:公任は古い和歌もオマージュしながら、女性に恋文を出していたと思うのです。
給湯流:平安時代、貴族の男女は実際会う前にラブレターを送りあい、女性に気に入られたら婿入りする仕組みでした。
根本:恋文を受け取る方も教養のある女性です。「公任様のこの恋の歌ってあの和歌をオマージュしているわね。ああ、こんな和歌のことまで知っているなんて頭がよろしいこと。この血筋が私の家柄に欲しいわ」と女性が喜び、公任はモテたのだと思います。
オリジナリティーの紀貫之より、インテリ藤原公任に女性人気が集まる時代
根本:逆に、紀貫之はぜんぜんモテなかったかもしれません。
阿部:なぜですか?
根本:紀貫之は斬新なことをした人だからです。
給湯流:漢詩が高貴な文学で和歌は下に見られていた時代に、紀貫之は古くから詠まれた和歌にこそ価値があるとイノベーションを起こした。「古今和歌集」を作った人です。
根本:紀貫之のような、今までにないものを切り開くキャラはモテなかったと思うのですよね。
阿部:今は、見たこともないものを発表することが重要な時代ですが、平安時代は違ったのですか。今とぜんぜん感覚が違う!
本人が書いた事実は“どうでもいい”古筆の世界
給湯流:ではこれから、「伝 藤原公任」といわれる書を見て、公任がどんな文字を書いたかお話できたらと思います。
根本:実はね、西洋美術と明らかに違う点だなと思うのですが、日本美術ではそのものが本物かどうか、本人が書いたかどうかなんて、「どうでもいい」と考える節があります。
阿部:そうなのですか?
根本:例えば、顕嵐さんが江戸時代に著名な文化人だったとしましょう。僕がその知り合いで下級の貴族。僕が巻物を見つけて「これ、すごくいいな」と思ったら、あの有名な顕嵐さんに見てもらおう、となります。
阿部:なるほど。
根本:顕嵐さんが「この書は良くないね」と言ったら、「すみませんでした」といってすぐ書を下げます(笑)。でも顕嵐さんが「うん、いい書じゃん」と褒めてくれた場合は、鑑定を頼みます。
阿部:はい。
根本:鑑定者は紙を触り、ある程度古そうだなと思うと「これ鎌倉時代かな、平安時代かな」と指で判定します。さらに墨ののり方見て、後から作った偽物じゃないだろうと確認する。紙は古くても、後から新しい墨で書いている場合もありますから。
阿部:紙だけ古い場合もあるのですね。
根本:和歌が書かれた古筆の場合は、その巻物が楽譜のようなものだと思ってください。楽譜の歌い方を見て「これ、平安のような豊かさがあるな」と時代を判別する。
阿部:書を音楽として鑑賞するのは、おもしろい。
根本:この歌い方に似合う、鑑定者が大好きな平安時代の人物を思い浮かべるのです。それで、これは貫之様にしようかなという感じで決めます。紀貫之なんかは、いわばハイブランドです。
阿部:知らなかった! そんな流れで決めるとは。本人が書いたかどうかより、ラグジュアリーブランドとしての気品があるかどうか、が大事なのですね。
テクニックの藤原行成、男らしさの小野道風…。公任の字は?
根本:鑑定者が書を見て「この書は貫之様の雰囲気に合うな」などと判断していくうちに、書家のキャラクターが決まっていきました。おおらかな紀貫之、テクニックの藤原行成、男っぽい字に小野道風みたいに。
阿部:へえ、おもしろい。
根本:では、さっそく見ていきましょう。これは「伝 藤原行成(ふじわらゆきなり)」の書です。
給湯流:藤原行成は、道長、公任と同期の平安貴族。行成はとても書が上手で平安中期の三人の能書家「三蹟」にも選ばれています。
阿部:斜めに書いているのは、わざとですか?
根本:わざとですね。和歌をラフに書くときには、わざと右に曲げることがあります。平安貴族はそのくらい自由です。
阿部:自由! いいですね。
根本:当時は、まだ日本語をどう筆で描くか型が決まっていませんでした。和歌を詠っているようすをどう具現化するか、みんな模索していた。究極のところ、モテるかモテないかが決め手だったと個人的には想像します。
阿部:モテ(笑)
根本:こちらは「伝 藤原公任」です。どう思いますか? 字自体だけではなく紙の雰囲気や、間も見て美術作品として味わってみてください。
阿部:しいて言うなら、文字の大きさに変化がないというか……。
根本:たしかに、小さい文字がずっと続いている感じがします。
阿部:どの文字もきちんと読んでくれ、といった強い感じを受けました。
根本:それは的確な指摘だと思います。文字の大小をつけて見せびらかすようなアーティスト、造形美といった要素を公任は押し出していないですね。
給湯流:書の違いを見つけるとは、さすが阿部さん!
根本:公任は文字の技巧さよりも、とにかくたくさんの漢詩や和歌を書写した人というキャラクターを後世の人がもったのかも。有名な「古今和歌集」だけではなく、いろいろな古典の書写に「伝 藤原公任」と名前がついています。公任はありとあらゆる書物を読んだマニアックな文化人、それが今に伝わる書から浮かぶイメージですね。
給湯流:アーティスト気取りで目立ちたがりよりも、博学でマニアックな貴族のほうがモテた。書を鑑賞するだけで、そこまで平安貴族の世界を想像できるなんて面白い! 前半パート、ありがとうございました。
いよいよ、次回は阿部さんが平安かなを書くことに初チャレンジ。お楽しみに!
根本知
博士(書道学)。
2024年、NHK大河ドラマ「光る君へ」題字揮毫および書道指導。
立正大学文学部特任講師。
腕時計ブランド「GrandSeiko」への作品提供(2018)やNYでの個展開催(2019)など創作活動も多岐に渡る。
無料WEB連載「ひとうたの茶席」(2020〜)では茶の湯へと繋がる和歌の思想について解説、および作品を制作。
また、近著に『平安かな書道入門 古筆の見方と学び方』(2023、雄山閣)、『書の風流 ー 近代藝術家の美学』(2021、春陽堂書店)がある。
https://www.nemotosatoshi.com/
阿部顕嵐お知らせ
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写真/篠原宏明
インタビュー・文/給湯流茶道