菊紋付蝶松唐草模様花瓶
高さ20㎝足らずの花瓶いっぱいに蝶と花をあしらいながら、決して華美すぎることなく、気品あふれる佇まいに仕上げている。皇室ご用命の帝室技芸員を務めた工芸家、並河靖之の面目躍如たる作品です。「並河が制作していた有線七宝は、金や銀、銅や青銅などの素地の上に、銀を細かくテープ状にしたものを樋(とい)のように立てて輪郭線をつくり、その中に釉薬(ゆうやく)を流し込んで焼く、という技術です。蝶の細部をよく見ていただけるとわかるのですが、羽の緑の青や赤の部分にも細い輪郭線をつくってあり、その間隔はなんと0.5㎜以下。現在ではもはや再現不可能の技です」(東京都庭園美術館学芸員/大木香奈さん)
そして、並河作品の魅力は、この超絶技巧だけに留まりません。「並河は独自に研究を重ねて、さまざまな色の釉薬を開発しました。光の当たり方で色合いが変わったり、繊細なグラデーションが表現できていたりするのも、釉薬の研究の成果です。なかでも、黒色透明釉薬は、並河作品の大きな特徴。この作品でも、背景の透明な黒が生み出す奥行きが、蝶や花の鮮やかな色彩をぐっと引き締めています。並河の中に強い美意識や表現への欲望があって、それをかなえるために、技術を開発していった。本展では、技巧だけでない、作家としての並河の類稀(たぐいまれ)な感性を提示できればと思っています」(大木さん)
並河靖之『菊紋付蝶松唐草模様花瓶』泉涌寺蔵
この『菊紋付蝶松唐草模様花瓶』、京都・泉涌寺の所蔵品ですが、実は今回の展覧会をきっかけに、並河作品だと判明したのだそうです。「作者不明だったのですが、並河作品ではないか、という話があり、現物を見に行ったのです。そのとき、ご遺族が運営される記念館から、1,000枚近い下絵の中に、似たようなものがあると聞いて、もう一度下絵をすべて見直したところ、同じデザインのものを発見しました。『あったあった!』とみんなで大喜び(笑)。この作品が並河作品として展示されるのは今回が初めて、ということになります」(大木さん)
作品の9割が輸出用として制作されていたため、国内では稀少な並河作品ですが、今回は初期から晩年までの七宝作品約90点、下絵等の資料約40点を展示。唯一無二の光に魅了されてください。
並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑-透明な黒の感性–
会期/2017年1月14日〜4月9日
会場/東京都庭園美術館
住所/東京都港区白金台5-21-9 地図
会館時間/10時〜18時(入館は閉館の30分前まで)
休館日/毎月第2・第4水曜日