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Craft
2019.09.13

現代根付の知られざる世界。名工・齊藤美洲を訪ねて 

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現代根付の夜明け

20歳で父の工房を継ぐ

続いて、現代根付をつくる以前の美洲先生の修行時代に遡り、現代根付運動が起こるまでの変遷について教えていただきました。

現代の根付作家たちは、すべての工程を1人で仕上げますが、以前は分担制です。美洲先生が幼い頃に工房にいたお弟子さんは5、6人。この時代は輸出用の根付を制作していたそう。当時は根付も他の工芸の分野と違わず師弟制で、師匠に付いて仕事を覚えると独り立ちするという流れでした。ただ、美洲先生がご尊父に付いて仕事をした修行期間は非常に短かったといいます。

「高校の時から美大受験の為太平洋美術学校に通い、西洋美術の彫塑やデッサンを学んでいたのですが、私が仕事を始めたのは19のときです。ただ、物心がついた頃から仕事場に入れてもらって父親の仕事を見たり手伝っていたので、普通のお弟子さんが3、4年で覚えるぐらいの仕事はできていました。父親は相当呑ん兵衛だったし、40の時の子だから、19のときに昔の平均寿命の60に近い年齢です。『やばいな』という感覚はありました。

仕事を始めてから2年で父親が倒れてしまって、ある意味、修行時代はなかったとも言えます。師匠がいないため、それからは独学です。その時に職人さんが7人いましたから、20そこらの若造がその職人さん達に回すための仕事の算段や、職人さんの仕事をつくっていたんです」

ご尊父が逝去されてからは、生業としてやっていた仕事の中で数多くの古典根付を観察し、さらに象牙彫刻家が所属する象牙彫刻会で作品を見せ合ったり、初代・齋藤美洲を知る明治生まれの先生方から話を聞き、学んだそう。

「仕事を始める前から道具の使い方は分かっていましたが、重要なのは、象牙屋の根付と古典根付は全然違うことを知っていた、ということです。まず、骨董屋さんが工房に出入りして持ってきていたため、古典根付はよく見ていました。そして当時の象牙界の根付とは、象牙彫刻家が制作する、写実を重視した根付のことです。

古典根付は江戸の浮世絵に見るような独自の感覚で作られた工芸品で、明治になるまでは実用品として制作されていました。ところが、西洋の芸術が入って写実全盛になった時に、リアリズムを重視する西洋理論に基づいてつくられたものの一つが、明治の象牙彫刻だったわけです。ちなみに、明治時代に花開いた象牙彫刻の基となる技術は根付から習得されたものです。石川光明も練習のために根付を作っていました」

象牙彫刻は明治中期頃から興隆を見せました。中には写実が身についた牙彫家も根付を制作しましたが、彫刻品としては優れているが実用には適さず、紐穴の位置がおかしい、といった作品が多く見られました。

インプレッション(感動をもった印象)

米国の根付愛好家であるキンゼイ夫妻が、現代根付の書籍『Contemporary Netsuke』を刊行するために、1971年に来日しました。そして日本の根付師に「古典を真似るのではなく、オリジナルをつくるように」と助言すると、その期待に応えた若い根付師たちは、作家性を発揮した制作を行うようになり、現代根付の夜明けを迎えることとなりました。

この時の様子について著書『根付を楽しむ―掌の上のアート』(日貿出版社)で、〈夫妻の言葉に呼応した有志の根付師たちは、「根付とは」という問いに、それぞれの作家性をもって応えた〉と描写されています。

もちろん美洲先生もキンゼイ夫妻の要望に応えた根付師の一人でした。

「初めてキンゼイさんにオリジナルをつくったは27のときです」

古典でもなく、リアリズムでもない根付を打ち出していく際に、初めて発表したのが《着水》という根付です。《着水》は、アブストラクトの方法論をさらに展開した発想で生まれたといいます。


「着水」 象牙 高さ4.0cm

「始めにたまたまテレビで白鳥が着水する格好を見て、インプレッションがありました。それでは根付の形にならないので、全フォルムを球体に還元し、その抽象体を具象表現したのです」

《着水》は、古典には全くない新しい造形でした。キンゼイさんは《着水》を見て感激し、本の表紙に掲載しました。この時、名人とされた曾祖父(初代)の名前を継ぐことにし、銘に「美洲」と付けたそうです。

書いた人

もともとはアーティスト志望でセンスがなく挫折。発信する側から工芸やアートに関わることに。今は根付の普及に力を注ぐ。日本根付研究会会員。滑舌が悪く、電話をして名乗る前の挨拶で噛み、「あ、石水さんですよね」と当てられる。東京都阿佐ヶ谷出身。中央線とカレーとサブカルが好き。