尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。取材日は2023年7月下旬。川上さんには真夏のしつらえで茶室や茶道具を取り合わせていただいた。
茶室は都会にある秘密基地…過酷な毎日から逃げ出したいとき、駆け込む場所
今回は阿部さん待望の、茶室「一円庵」を拝見させてもらう。江戸時代、関宿という藩が江戸屋敷に作った茶室を移築したもの。東京都指定有形文化財の貴重な茶室だ。旅行先で茶室を見るのがマイブームという阿部さんから、好奇心旺盛な質問が飛ぶ。
阿部顕嵐(以下、阿部):茶室のなかに江戸時代のものは残っていますか? それとも修復していますか?
川上新柳(以下、川上):畳などは取り替えていますが、基本はオリジナルのままですよ。
阿部:それはすごい!
川上:僕らの世界では、茶室のことを「市中の山居(しちゅうのさんきょ)」といいます。
山奥にある庵(いおり)※を都市の中に持ってくるというコンセプトです。
阿部:古い言葉なのですか?
川上:そうですね。現代風に言うなら、 日常を過ごしている中で辛くなったら、いつでも逃げ込める別世界を作っておく。秘密基地のようなものですね。
給湯流:阿部さんのように「明日はライブの本番だ、来週から映画の撮影が始まる」など激務の人は、山奥に逃げてのんびりすることは難しい。そういうシティーライフで戦う人がこころを休ませる秘密基地なのですね。
川上:茶室に集まった戦国武将は、明日死ぬかもしれないといった状況です。千利休も本業は商人で多忙なビジネスパーソン。ハードな精神状態の人が茶の湯をやっていたというわけです。
川上:茶室の庭は、 山奥までつづく山道のようなイメージで作られています。道を曲がりくねらせ、木々で視界を遠くまで見渡せないようにする。茶室は都市の中にありますが、その山道がどんどん奥まで続いていくかのように錯覚させます。庭の中にある道を歩いて茶室に向かうことで、自分が都市から徐々に離れていくように感じさせるのです。
給湯流:ハードな毎日から一瞬離れて、遠くの山奥に来た非日常を感じる。IT企業で毎日残業して働くような人が、週末に車を爆走させ近場の森でキャンプをする感覚に似ているのかも。忙しい現代人こそ、茶室に行くべきですね。
※庵(いおり)… 草木や竹で作った質素な小屋。世捨て人や僧侶などが住む小さな家や、今回のように茶室をさす場合もある。
お金持ちがつくった茶室なのに、廃材や粗末な建材をわざと使っている? 茶室、独特の遊び心
川上:では茶室をご覧いただきましょう。僕が先に入りますね。
茶道の茶室は「にじり口(にじりぐち)」といって、とても小さい入口があるのが特徴。まさに秘密基地に少年が吸い込まれていくようなロマンがある!
なぜ茶室の入り口が狭いのか、その理由はこちらの記事こちらの記事をお読みください。
阿部:自然の木がむき出しで、うねうねの、この柱すごいですね!
川上:茶室は、数寄屋(すきや)建築ともいわれます。数を寄せると書くように、いろいろな建築材を寄せ集めて作るのです。例えば建物をつくったときに余った粗末な材や、建物を壊したときに出てきた廃材を使う。そのような材の中に、茶人は良い景色を見出してきました。
給湯流:茶室を作る武将や利休といったら、みんなお金持ちのはずです。予算があるなら、丈夫で良質の木材をたくさん仕入れて、部屋の中で統一感をだすというのが常識でしょう。
阿部:こんな細くてうねうねした木じゃ、柱としての機能はないし…。この柱、はっきりいって、いらないですよね(笑)?
川上:たしかに、天井を支える柱ならまっすぐで太い木を使うほうが安定する。しかも同じ木材を集めた方が効率もいいはずです。
給湯流:なのに、敢えて建築材をそろえない。
川上:天井も場所によって高さや材を変えたりしています。窓の大きさも1つ1つ異なる。違うものを集め、どこを見るかで景色が変わる魅力もあります。
阿部:違えば違うほど面白い、ということですね。
破れやシミを楽しむダメージジーンズと似ている? 不完全さを愛でる美学が「わびさび」
川上:こういった茶室、数寄屋建築の美意識は「わびさび」がベースになっている。そう考える人もいます。わびさびを自分なりに言うなら、「不完全さをめでる美学」かなと。
阿部:僕、夏休みをいただいてヨーロッパを旅行しました。西洋のお城は豪華なのがいい、広ければ広いほどいいといった価値観が強かった気がします。その正反対を行く日本の茶室、素敵だな。
川上:お茶以外の世界でも、不完全さをめでる考えはありますよね。例えばジーンズも、まっさらなジーンズよりダメージのものを好む人がいたり。
阿部:床の間もかっこいいですね。僕、お花を習っているのですが一輪挿しがいちばん好きです。シンプルなものがいい。
給湯流:花を入れている器は、どんなものですか?
川上:竹の花入れ(はないれ)です。今は茶室で竹の器に花を入れるのは定番の1つです。じつは千利休が美しい竹の花入れを考案したのが、定番化のきっかけと考えられています。
給湯流:千利休の革命!
川上:利休たちが活躍する前、日本にまだ「わびさび」の概念もあまりなかった。ちなみに「わびさび」という言葉は後からできた言葉で、利休は使っていなかったようです。「ひえ、かれ、しみ」などという言葉が書物に記載されています。
給湯流:なるほど。利休が生まれる前、室町時代の茶会はギラギラしていたのですね!
川上:茶の湯では技術力高く精巧な、とくに中国産の器に花を生けることが好まれました。でも利休の少し前から「わびさび」の美意識が広まった。その中で利休は時代にあった茶道具を投入したのです。
給湯流:中国産の器はきっと値段も高かったでしょう。「わびさび前」の茶の湯は、高級品を見せびらかして、成金趣味みたいな要素もあったかもしれませんね。
川上:昔は竹といったら日常の材。そのような材でも美しい物をちゃんと選べば、大陸から伝来した宝物にも勝る。豪華なブランド品よりも、自らの審美眼でちゃんと選んだ物のほうが良い、というわけです。
貴重な文化財の壁に水をかける!? 日常の材でできている茶室だからできること
給湯流:ところで、お花のうしろの壁が濡れています。一輪挿しだけを見るより、景色がおもしろくなりますね。
川上:土壁なので、水で濡らしても大丈夫なのですよ。
阿部:お客さんとお茶を飲んでいる間に乾いてしまいそうですね。
川上:夏は特にすぐ乾いてしまいますから、お客さまを茶室に招く直前に濡らします。水をかけるところをお客さんに見せることは通常ないのですが、ちょっとやってみましょうか。
茶碗の中で抹茶をかき混ぜるときに使う道具、茶筅(ちゃせん)。茶筅を取り出した川上さんが土壁にぴしゃっと水をかけた。水しぶきの模様が涼し気だ。江戸時代の文化財にささっと水をかけるとは、びっくり。日常にある竹や土、廃材や粗末な材を敢えて使う茶室。不完全の美をめざす「わびさび」だからこそ、古く貴重な壁でも水をかけられるというわけだ。茶道の「わびさび」は、常識はずれでおもしろい。
川上さん:阿部さんもやってみますか?
阿部さん:いいんですか!
水をかける阿部さんの背中から、わくわくする気持ちが伝わってくる。子どもの頃、秘密基地を作ってドキドキ、楽しかった時間。茶室でもそんな気持ちにさせてくれる、川上さんのもてなしが最高だ。作法にがんじがらめにならず、お客さんが楽しむことを最優先で臨機応変に動く。これが本当の茶人の姿なのだと、スタッフ一同感動した。
次回はいよいよ阿部さんが抹茶をたてる、お点前体験をレポートします。お楽しみに。
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インタビュー・本文/給湯流茶道 写真/篠原宏明 スタイリング/川上新柳・阿部顕嵐(私物)撮影協力/江戸千家