前編:心を整える大切さとモデルとしての難しさ【SHIHOの楽禅ライフ13】
Dolce&Gabbanaのショーで感じたこと
SHIHO 先日、機会があってドルチェ&ガッバーナのショーをイタリアで見てくることができたんです。
横山 SHIHOさんのInstagramの投稿を見ていましたよ。今年はイタリアのサルデーニャ島でのショーだったんですよね。
SHIHO そうなんです!すごく素敵で感動しました。サルデーニャの民族衣装を着た”Sant’Efisio”(聖エフィジオ祭り)のパレードからコレクションが始まって、プチポワン、かぎ針編み、刺繍でつくられた花のモチーフなどなど、緻密なディテールが施されたモアレ、レース、ベルベットなども美しくて。メンズコレクションのショーではあるのですが、ラグジュアリーな美しさに溢れていました。
何よりも、伝統と民族、ファッションを融合させつつ、壮大な音楽とともに繰り広げられたショーで、初めて体験する貴重な時間でした。横山さんはファッションブランドについてはどのようにご覧になっていますか。
横山 私は、たとえばドルチェ&ガッバーナのデザイナー(編集者注:ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナ)は仏教の「空(くう)」の思想を理解しているんじゃないのかなとさえ思っています。
SHIHO それはなぜですか?
横山 「空」とは、つまりは「空っぽ」ということであって、実体がないということなんです。例えば、今ここに水の入ったグラスが一つありますけれど、このグラスのもとになってるものはなんですかと言えば?
SHIHO ガラスの成分ですね。
横山 そのガラスの成分は?
SHIHO 粒子のようなものですか?
横山 そうですね。その粒子は……というふうに突き詰めていくと、目に見えない原子にまで行き着きます。ガラスであればその原子もいろいろな原子が集まって、ガラスを形づくっているわけです。それはこのグラスだけじゃなくて、あらゆるものがそうです。つまり、「何か一つでできているもの」というのはこの世の中には存在しない。それが「空」という言葉の意味なんです。
SHIHO なるほど。
横山 そして、それは私たちの心も同じ。毎日自分が置かれてる状況やその日の天気や一緒にいる人、さまざまな条件によって全部移り変わっていく。般若心経というお経は、このことを説いているわけです。
それが何のためかというと、人間の本質とは何かを自覚させるために説いている。では、なぜ自覚させるのかというと、やはり私たちには欲があります。美味しいものを食べたらまた食べたくなるし、良いものを手に入れれば、またさらに良いものが欲しくなる。生存本能としての部分もあるでしょうが、自分がその欲に振り回され始めると、思い通りにならなかった時にそれは「苦しみ」になるわけです。
SHIHO すごくよくわかります。
横山 でもその「欲」も、さまざまな要素の寄せ集めであることがわかれば、振り回されること無く落ち着いて対処できるし、気持ちも変わるわけです。
SHIHO でもそれがドルチェ&ガッバーナのデザイナーにどう関係するんですか?
横山 彼らはSHIHOさんが訪れたように、毎年イタリアの各地で、そこでしかできないショーをやって、その時だけしかできない服をデザインしているわけですよね。つまり、その時の彼らの感性で、その時一着しかできないものを作っている。毎回、判で押したようなものをつくっているわけじゃないですよね。
SHIHO 毎シーズン異なるテーマとデザインで、世界に一つしかないアルタモーダコレクションを発表されています。
横山 移り変わる時間の中で、本当に良い物をつくり出そうとしている。つまり世の中が流転し続けるものであって、その「無常」の中でこそできるものがあると、彼らは思っているんじゃないでしょうか。私は彼らと話したことはないけれども、そうした感覚があるとすれば、それはまさに私どもが考える「空(くう)」の教えであって、だからこそ、彼らの作品に高い価値を見出す人が出てくるのだと思うんですよね。
ファッション業界から禅を学ぶ
SHIHO なるほど。特にドルチェ&ガッバーナは、ものづくりにかける想いがとても強いブランドだと思います。そして、イタリア愛がすごく強いの。でも、イタリアの固まったイメージを発信し続けているわけではなくて、毎回イタリア各地の都市を巡って、そこの伝統と文化、芸術や歴史などを掘り下げて、ファッションを通じて表現しながら世界に発信されているんです。そこにちゃんと「ドルチェ&ガッバーナらしさ」があるんですよね。
編集部 一方で、ハイブランドの商品は一般の人は手が出せないような値段のものもありますよね。資本主義的、商業主義的な部分を「欲」だと見ることもできるのではないでしょうか。
横山 たしかに、例えば数十万円するような服であっても、もとの素材や生地だけで言えば、そんな値段はしないはずですよね。ブランドのデビュー当時もおそらくそんなびっくりするような値段だったわけではないんじゃないかな。おそらく二人とも若い頃はかなり苦労して、だんだん実力を身に着けて有名になっていったわけであって、求められるから「じゃあ作りましょう」となっていったんじゃないですかね。
SHIHO ドルチェ&ガッバーナの服には、驚くような職人技が凝縮されていますからね。
横山 だから価格をそこまで引き上げたのが彼ら自身かといえば、消費者の方だと言えるかもしれない。もちろん、会社や組織の事業としての側面もあるとは思いますが。本当に良いものにお金を出したいと思うのは「欲」だとは言い切れないと私は思います。欲との向き合い方によっては、欲が欲でなくなるということもあるわけです。そういう意味でね、ファッション業界からも学ぶことは多いと思うし、SHIHOさんのInstagramを見ながら私はそういうことを考えたりしています(笑)。
【続きます】