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2026.03.01

紫式部が紡いだ清少納言の美意識。「春はあけぼの」誕生の背景【彬子女王殿下が未来へ伝えたいにっぽんのことば】

清少納言の美意識

「春はあけぼの。やうやう白くなり行く、山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」

春は、朝が明け始めるころ。だんだんと白んでいく山の稜線が少し明るくなってきて、紫がかった雲が細くたなびいている景色(がよい)と語る、あまりにも有名な『枕草子』の冒頭部分。ほのぼのとしたやわらかな光と共にゆっくりと明けてくる朝の空。太陽を背に少しずつ山の稜線がはっきりと見えてきて、まだ夜の色が混ざったような紫がかった雲が細くかかっている様子。頭の中に、淡い紫色と黄色味を帯びたやわらかい紅色が混ざったような、グラデーションのような優しい空が描かれる。霞がかかったように曖昧でやわらかい曙色の空を見ると、春のあたたかな風がふわりと吹くような気がする。でも、先日初めて知ったのだ。あけぼのを春の景色としたのは、清少納言その人だということを。

『日本書紀』に「会明(あけぼの)」という記載が数か所あるので、言葉としては使われてはいたようだが、『万葉集』や『古今集』などでは、同じ意味である「あさぼらけ」の用例はあるものの、「あけぼの」の用例はないのだそうだ。季節を詠みこむ和歌の中で、梅、鶯、霞などの春を想起させる言葉としては使われていなかったことがわかる。平安時代になり、『蜻蛉日記』に「あけぼのをみれば、霧か雲かとみゆる物たちわたりて、あはれに心すごし」という一文が見られ、あけぼのが和歌の題材となり得る「もののあはれ」と結びついたことがうかがえるが、文章の中で使われているのはこの箇所だけであり、春を表す言葉にはなっていない。

「春はあけぼの」の鮮烈な印象によって、当たり前のように春を代表する言葉だと思ってしまっていたけれど、実は清少納言が使った当時はあまり使われていなかった言葉なのだそうだ。だからこそ、春の景色としてあけぼのを選んだ清少納言の美意識は、とても斬新な感覚として、当時の人たちに驚きと共に受け止められたのだろう。

重要文化財『源氏物語絵色紙帖 薄雲 詞烏丸光賢』(土佐光吉筆、17世紀、京都国立博物館蔵)
(出典:ColBase[https://colbase.nich.go.jp/])

それに大いに影響を受けたのが、紫式部だった。『源氏物語』の中には、「あけぼの」という言葉が14例あり、そのうちの3例が「春のあけぼの」なのだそうだ。確かに「薄雲」の巻で、斎宮女御(後の秋好中宮)に源氏が「春と秋、どちらがお好みか」と問う。女御は秋を選ぶが、源氏は紫の上に対し、「女御の、秋に心を寄せたまへりしもあはれに、君の、春のあけぼのに心しめたまへるもことわりにこそあれ」と語りかけ、紫の上が春のあけぼのを気に入っているのもよくわかる、と春秋論争を展開する場面がある。女御の好むのは「秋」とシンプルに言っているのだから、紫の上が好むのもシンプルに「春」でもよさそうなものだが、わざわざ「春のあけぼの」と言っていることから、清少納言の「春はあけぼの」を意識したであろうことが確かにうかがえる。

そして、『源氏物語』の流行により、あけぼのは春を象徴する言葉として定着していく。清少納言と紫式部は同時代の人であるが、ほとんど面識はなかったと考えられている。『紫式部日記』の中で、「清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人…」で始まり、得意顔で偉そうにしていて、漢字などを書き散らしているけれど、まだまだ足りないところが多い…などと、かなり辛辣に批判している。紫式部は、きっと負けず嫌いな人だったのだろう。表向きにはどうしても認められないけれど、同じように漢籍の知識もある紫式部は、誰よりも清少納言の功績を評価していたのではないだろうか。だからこそ、自分が衝撃を受けたあけぼのという言葉を『源氏物語』の中で何度も使い、主要人物たちに語らせた。もし本当に言葉の通りに馬鹿にしていたのなら、清少納言の使った言葉を自分の作品の中で使おうと思うはずもない。『枕草子』の中でも1回しか使われていなかったあけぼのを、美しい日本の言葉として生まれ変わらせるきっかけを作ったのは、間違いなく紫式部と言ってよいのだろう。その裏には、清少納言への密かな敬意が隠されていると私は思っている。

三笠宮同妃両殿下が「あけぼの」に込めた思い

昭和22(1947)年、戦後間もない時期に行われた歌会始の勅題は「あけぼの」であった。この年、三笠宮妃殿下は「しらみゆくそらにうかびてむらさきにまづ見えそめぬあけぼのの山」という御歌を詠進されている。お伺いしたことはなかったけれど、『枕草子』の彼の一節を意識してお詠みになったのではないだろうか。

長きに亙る戦争が終わり、日本が新たな一歩を踏み出そうとする中で選ばれた「あけぼの」という御題。この時の三笠宮殿下の「あたらしくひらかむ国のあけぼのにふるひたたなむわれら若うど」という御歌には、当時の日本の人たちの未来に対する強い思いが込められているように感じる。長い夜がようやく終わると感じられるような、かすかな光が少しずつじわりじわりと広がっていくような感覚。明けない夜はない。つらい日々を耐え忍んだ先には輝かしい未来が待っている。そんな思いが「あけぼの」という言葉に込められていたのではないだろうか。

「春はあけぼの」やわらかくあたたかい光と共に、静かな夜が明けていく季節。

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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。

アイキャッチ画像:重要文化財『源氏物語絵色紙帖 薄雲 詞烏丸光賢』(土佐光吉筆、17世紀、京都国立博物館蔵) (出典:ColBase[https://colbase.nich.go.jp/])
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