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干し柿のように軒に吊した、ジャストフィットジャケット
颯爽と現れた織太夫さんが着ておられるジャケットに、スタッフみんなの目が釘付けに。見れば見るほど、上質な生地だというのが、伝わってきます。
「これはドニゴールツイード※1のジャケットなんですけど、16年ほど前に、いつもお願いしているペコラ銀座の佐藤さんに仕立てていただきました。すぐには袖を通さずに、軒下に吊して雨風に打たれてから、佐藤さんに微調整してもらったんですよ。そうすると、身体にしっくりくるんです」
「え、干し柿のように干すんですか?」とお尋ねをすると、かの白洲次郎(しらすじろう)※2もこのやり方をして、身体に馴染ませていたと教えていただきました。ファッションの道は、奥が深いです。
(※2)イギリス留学経験を持つ昭和の実業家・政治家。英国流の紳士道を実践し、妻の正子と共に本物を見極める生き方を追求した。

なんと、ブランドモデルデビューの過去が!?
ドニゴールツイードジャケットに、あえてのフランネルパンツをチョイス。上下ツイードにしないのも、上級者のお手本ですね。ご自身のポリシーを持ってファッションを楽しむ織太夫さんは、世間の流行とは関係なく独自の道を進んでいるように見えます。

ところが、意外や意外、「20代半ば頃に、プラダのモデルをやっていました」と驚きの発言!! プラダのコレクションがジャポニズムをテーマにして、俳優の金城武をアジア人として初めて起用した時に、日本での雑誌のポートレート撮影を、織太夫さんが担当していたそうです。まだ竹本織太夫を襲名する前の、豊竹咲甫太夫として活動されていた時期になります。
写真を見せていただくと、20代とは思えない風格と存在感に、皆ビックリ。髪型が一緒なんですね? の問いかけには、「私は高校生からずっと同じ髪型なんですよ。いつでもすぐに太夫として語れるように、このスタイルです。上方(かみがた)芸能の人間ですから、髪型も一緒じゃないとね」と、大阪人らしい洒落が返ってきました。
止まらない!ファッション談義
「ちょっと、これ見てください。今作っている最中なんですよ」と織太夫さんがスマホの画像を、鈴木 深『和樂web』総合統括に見せます。「あ、グレンチェックのスーツですか。これ、ダブルにされるのは珍しいですよね」、「そうなんですよ!」と盛り上がるお二人。

「今日、鈴木さんとお会いできるので、ベルベットのシューレースに変えてもらったんですよ。春、夏は麻紐にしているんですけどね」と織太夫さんが靴紐の説明をすると、「このジャストサイズの紐すごいですよね!」。エンドレスで続くファッション談義……。

やっぱりありました!深掘り解説
織太夫さんの気合いの入ったコーデを間近に見た鈴木 深『和樂web』総合統括の、ファッション魂に火がついたようで、今回も解説を皆さまにお届けします!
ファッション解説・鈴木 深
今日のキーワードは「黒い顔」です。なんのこっちゃ? とお思いですよね。これから解説していきますが、長くなりますので時間のない方は読み飛ばしてください。さて、今日の織さまの着こなしですが、いつも通り「遠目に見ると普通」。一見いたって普通です。
ファッションに興味ない人から見れば「おじさん風ジャケットに白っぽいシャツの普通のおじさん(織さん)」に見えるかもしれません。ところが!…この着こなしとたたずまいを、よーく見てください。そんな簡単な言葉でくくることを「絶対に許さない!」と一喝するような、得体の知れない迫力がプンプン漂っているのがお分かりかと思います。「決して普通のおじさんなどではない! 断じてない!」というエネルギーが充満しているこちらの着こなしについて、これからひとつずつ解説していきます。

着こなしの主役は、一見普通の「グレーのツイードジャケット」です。しかしよく見ると、こちらのジャケットの素材がかなり厚手なことがお分かりでしょうか。ラペル(襟)がゆるやかに立ちあがって上品な曲線を描いているのは、素材がしっかりと織られて厚みがあるからこそ! なのです。ここまで厚手のツイード生地は「堅そうでチクチクして着るのが大変そう」に見えるのですが、触ってみると実は驚くほどの柔らかさ! 思わずジャケットの袖をにぎりしめて「このツイード生地は、いったい何ですか?」と聞いてみると、われらが太夫は涼しい顔で「ああこれ、ドニゴールツイードなんですよ」とのお答え。
さりげなくクールに答えながらも口元がわずかに緩んでちょっと嬉しそうです。まるで「あ、わかっちゃった?こんな最上質のツイードをこれほど完璧に着こなしてるのは日本では僕くらいかと思うけどね」という凄まじいまでのプライドの高さと「どうせこのクオリティの高さをわかる人なんていないでしょ」という捻じ曲がった自意識の発する”黒い声”が聞こえてくるようです(笑)。そうですか、これはドニゴールツイードなのですね!? なるほど! 納得いたしました。

ドニゴールツイードとは、アイルランドの北西部にあるドネガル地方で織られているツイードのこと。昔ながらの製法で織り上げられるドニゴールツイードは今では大変希少です。そもそもツイードは英国スコットランドで誕生し、農作業や狩猟で使われた、厚手で丈夫なウール(羊毛)生地のこと。元来、分厚くてハリがある(つまり着にくい)のが当たり前のツイードですが、ドニゴールツイードは他の産地でつくられるツイードとはまったく違い、触ってみるとその柔らかい感触は驚愕!その理由は、アイルランド北部に住む羊にあります。こちらに生息する羊たちは「黒い顔」をしているのが特徴で、その特異な羊毛で織られたツイードのふんわりとした柔らかさは、ほかでつくられるツイードとはまったくの別物!なのです。
さらにドニゴールツイードは横糸にカラーネップを使って織り上げるので、生地の表面にカラフルな斑点がたくさん出ます。太夫が着ているジャケットも手触りの素晴らしさだけでなく、近くで見るとオレンジや赤、グリーン、黄色の細かな斑点が浮き出ていて、この上ない美しさです。
「黒い顔」の羊、恐るべし。
そしてそんなドニゴールツイードをさりげなく着こなしながら、「俺のハイレベルな着こなしの美学なんて、どうせ誰もわからないでしょ? でもわかってくれなんて思っていないからね」という太夫の複雑な自己顕示欲がチラチラ垣間見えます。我らが太夫の「黒い美意識」、恐るべし。ちなみに織さまがツイードジャケットに憧れたのは、もう20年以上も前のこと。たまたまパリでマルセル・ラサンス氏※3を見かけた時、マルセル氏はカシミアと思われる上質なざっくりニットにスウェットパンツ、足元は「オールデン」のチャッカーブーツ、そこにさらりとツイードジャケットを羽織り、なんと自転車に乗って登場したそうです。聞くだけでこれはもう、キザであることこの上ない、ノンシャランな「パリの伊達男スタイル」です。
その格好よさに打ちのめされ、太夫はすかさず真似してみたものの、マルセル氏の着こなしには遠く及ばず「ガキにはまだ早い」と諦めたそうです。それから時は流れ、キャリアを積み、憧れ続けたツイードが似合う大人となり、「寒かったからたまたまそこにあったツイードジャケットを羽織りました」風なさりげない着こなしを、今日も太夫は一分の隙もなくキメており(織)ます。

そしてさらに、一見「白っぽく見えるシャツ」ですが、こちらも凄まじいまでのこだわりが詰まっています。実は白いのは襟と袖口だけで、それ以外の部分はごくごく薄〜いライトなグレー、つまりクレリックシャツ※4なんです。仕立てたのはもちろんイタリアのマンデッリおばちゃまで、太夫の体型もお好みも知り尽くしている腕ききのサルトだからこそ、のなせる技です。もともとは太夫がお気に入りのライトグレーのシャツの襟と袖が擦り切れてきたので、マンデッリおばちゃまに修理をお願いしたところ、おばちゃまはあろうことか襟と袖部分を違う色(白)に付け替えて送ってきたそうです。この織さまとおばちゃまの楽しすぎるコミュニケーションは、ハイレベルすぎてもはやアナザーワールドです。
そしてやはりこのシャツも、遠目には「普通の白」に見えてしまうところがポイントです。ここでも太夫は「どうせ白シャツだと思ってるでしょ? 実は全然違うんだけどわかるはずないよね」という上から目線の「黒〜いオーラ」を発動されています。はい、すぐにわからなくてすみません。

そして最後は、パンツです。こちらのパンツは柔らかなフランネル素材ですが、よくよく見るとグレー地に茶系の細かな織り柄がビッシリと入っています。この織り柄が入ることで、同じグレーでも温かみが増し、ニュアンスが確かに変わってきます。織さまはこのグレーを「オートミールグレー」と命名。織さまによると「僕は普通のグレーは似合わない。スウェットのトップスでもパンツでも全然似合わないんですよ」とのこと。
「いやいや、なんなら今日のジャケットもパンツも、ざっくり言えばグレーですよね」なんて思うのは一般人の意見。我らが太夫の繊細にしてド変態的な感性(これ、褒めてます!)からすれば、「普通のグレー」と「オートミールグレー」は天と地ほど開きがあるんです。
ちなみに一般の男性であればツイードジャケットにはツイードのパンツを合わせます。素材感の重さのバランスを考えるからです。ところが太夫の感覚は、「バランスをとらなきゃ」とか「変に見えないように」とか「ルールを守れば安心」などというレベルとは全く違う世界で鋭く深く研ぎ澄まされています。ただ興味深いのは、世界でも類を見ないほどに磨き上げられた織さまのオーセンティックな着こなしが、時として「遠目には、いたって普通」と見えること。
ここで迂闊にも「織太夫さん、奇をてらわないトラッドスタイルがお好きなんですね〜」なんて軽々しく言おうものなら、あっという間に一刀両断、瞬殺されるに違いありません。なにせ太夫は「どうせ僕のこだわりなんて、あなたたちにはわからないでしょ」という「黒い顔」もお持ちなのですから。

文・構成/ 瓦谷登貴子 撮影/ 篠原宏明

