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風呂敷文化の起源は正倉院!? 宝物を包むことからはじまった風呂敷物語

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風呂敷文化の起源は正倉院!? 宝物を包むことからはじまった風呂敷物語

和樂の2017年10・11月号の付録はなんと葛飾北斎のダンス教本をモチーフにした風呂敷です。様々な包み方のアレンジができて便利な風呂敷。身近なアイテムですが、そのルーツをご存知でしょうか?近年再び注目を浴びている風呂敷の文化史をご紹介します。

風呂敷文化の起源は正倉院!? 宝物を包むことからはじまった風呂敷物語和樂2017年10・11月号の特別付録「北斎モノグラム風呂敷」がなんてキュート。

風呂敷が語る、日本人のモノを大切に使い続ける心

風呂敷文化の起源は正倉院!? 宝物を包むことからはじまった風呂敷物語江戸時代前期から中期にかけて京都で活躍した浮世絵師、西川祐信の『絵本常盤草』(国立国会図書館)より。セリフはイメージです。

四角い布が『風呂敷』という名前で使われるようになるよりずっと前の時代。そもそも『布』というものが誕生して以来、日本人はそれを身にまとい、敷き、被せ、吊るし、そして包み…と、さまざまに活用してきました。

古くは、正倉院御物の収納用に、『平包み』という名称の布が使われています。小さなものは小さな布で、大きなものはそれなりの大きさでと、収納される品物を想定して専用の布がつくられました。『包むもの』としての布の誕生です。四角いもの、丸いもの、細長いものなど、形を限定せずに包むことができ、くり返し使うことができる布。柔軟な発想で工夫をこらし、モノを大切に使い続けるという日本人の気質や精神性を、一枚の布が物語っているようです。
風呂敷文化の起源は正倉院!? 宝物を包むことからはじまった風呂敷物語あらたまったお届け物に。相手への敬意や心を込めて贈り物をする際、最もふさわしいのが結び目をつくらない「平包み」。色柄をふさわしいものに変えれば慶弔事にも使える包み方です。

室町時代になると、将軍の大湯殿に招待された大名たちが、脱いだ衣服を間違えないよう家紋入りの布で包んだり、風呂(蒸し風呂)の床に敷いたりしました。さらに江戸時代になると銭湯が一般化。手拭いや垢すり、軽石、ぬか袋などの湯具を包んで持ち運んだり、また脱いだ衣類をまとめ、湯上がりにはその上で身支度をしたりするうち、この布は『風呂敷』と呼ばれるように。こうして風呂敷は庶民の生活用品となります。

さらに元禄時代(1688~1704年)には、地方と江戸を行き来する行商人の必需品に。その後の旅の一般化や花見など物見遊山の大衆化で、風呂敷の用途も多様化していきました。子供たちはランドセルのように背負って学び舎へ通い、古典落語の噺(はなし)にも風呂敷はたびたび登場、その名もずばり『風呂敷』という演目も。日本人と風呂敷の密な関係がうかがえます。

こうして私たちの生活に浸透した風呂敷ですが、明治時代になるとその用途に大きな変化が起こります。結納や宮参り、弔事など、礼節や格式を重んじるシーンでも使われるようになるのです。これにより、素材や色柄も多様化。麻や綿に加え、絹織物の風呂敷も一般化され、日常生活から慶弔時まで、風呂敷は日本人の生活になくてはならないものとなったのです。

昭和40年代以降、ナイロンやポリエステルなどの化学繊維でもつくられるようになった風呂敷。大量生産とともに、より気軽に使えるものとして私たちの生活のさまざまなシーンで活躍…のはずでしたが、ほどなく使い捨てのポリ袋や紙袋に圧されることになります。
風呂敷文化の起源は正倉院!? 宝物を包むことからはじまった風呂敷物語「リボン包み」。風呂敷1枚でできる、かわいらしいラッピングです。はじめに正しい位置に置くことと、箱を倒すときにずれないように注意するのがきれいに包むコツです。

昭和から平成にかけていつしか『ちょっと古くさいもの』になってしまった感もある風呂敷ですが、じつは今、再び注目されるアイテムに!環境分野で初のノーベル平和賞を受賞したケニア人女性のワンガリ・マータイさんが日本語の『もったいない』に感銘を受けて提唱した『MOTTAINAI』という共通語とともに、日本の風呂敷も世界に知られることになったのです。外国からの旅行者などにも、風呂敷は人気のお土産アイテムなのだとか。

慶弔など特別なシーンから、旅行時の衣類整理やお弁当を包んだりと日常使いも。また防寒や日よけ、目隠しなどにも活用できるため、防災グッズとしても見直されています。日本人のモノを大切にする精神や気遣いの文化が、一枚の布、風呂敷に息づいています。

和樂10・11月号で様々な風呂敷の包み方をご紹介していますので、是非ご覧ください!

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