グリプティックという宝飾芸術を継承して未来へ
「グリプティック」とは、起源を古代まで遡ることができるサヴォアフェールのひとつで、その技術はユネスコの無形文化遺産に登録されています。「カルティエ」が宝石彫刻に関心を抱いたのは、20世紀初頭、インドで名高い宝石彫刻工房の作品に出合ったことがきっかけでした。それ以来、彫刻を施した宝石がクリエイションに取り入れられるようになり、のちに名作「トゥッティフルッティ」が誕生したのです。
グリプティックの技術はヨーロッパにも存在し、かつてはパリにも多くの工房がありました。それが仕事の減少と後継者不足で続々と閉鎖。近年は、まさに消失の危機にあるサヴォアフェールだったのです。
「カルティエ」はそうした現状を危惧し、フランスの伝統工芸技術を保存する取り組みに力を尽くしてきました。そして2010年、メートルダールの称号をもち、世界随一のグリプティシアン(宝石彫刻師)であるフィリップ・ニコラを迎え、グリプティック専用の工房をハイジュエリーアトリエ内に開設。後継者である弟子たちも、新たな工房に仕事の場を移しました。それから15年を経た今、彼の工房は「カルティエ」グリプティック ワークショップとなり、5名の職人が在籍しています。
そのチームは現在、フィリップ・ニコラの愛弟子だったエミリ・マルクが率いており、年に8〜10作品を制作。その創作のプロセスは、ストーンの買い付けから始まります。ストーンは、作品のモチーフやインスピレーションによって選定。個々のストーンの特徴に着目し、職人は創作のビジョンを示すグワッシュ画を描きます。それが承認されると、石膏、プラスチリン、ワックスなどの素材を使って彫刻のベースとなる模型を制作。ストーンは入念に分析され、カットを経て、ようやく彫刻が施せる状態に。
彫刻技術には、浮き彫りと沈み彫りがありますが、いずれも専用の工具にダイヤモンドパウダーをつけて行われます。ストーンは地球上に唯一無二。同じものが存在しないため、どんなに経験を積んでも緊張する作業だと職人たちは語ります。
グリプティックの制作は、ひとつの作品に対して平均2年という長い歳月を要します。その技術を用いたハイジュエリーは、まさに〝身にまとうことのできる芸術〟。後世に伝えるべき〝国宝級〟の価値をもっているのです。

5 完成した作品とその素材。この作品には色調の異なる2色の珪化木が用いられている。大きなストーンの場合は、どの部分を切り出すかも十分に議論される。 6 模型のサイズを厳密に測りながら、ストーンに写し取っていく。正確な作業が求められる。ストーンは金属などと違い、代わりがないため、すべての工程が慎重に行われる。 7 珪化木に彫刻を施す職人の手元。このように手に持って作業を行う工具のほか、机に固定されていて、石のほうを動かしていく工具もある。ダイヤモンドパウダーをこまめに塗布して作業を行っていく。 8 彫刻した作品をリングの台座に置いて最終チェック。リングの台座制作や宝石のセッティングなどは、ハイジュエリーアトリエの宝飾職人によるもの。
2色の珪化木がパンテールの二面性を独創的に表現

※本記事は『和樂』2025年10・11月号 付録の転載です。
※価格表記はすべて税込価格です。

