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2017.07.01

日本人以上に、日本文化を知り尽くした知の巨人!『和樂ムックドナルド・キーン』発売記念特集!

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ドナルド・キーン先生日本美を大いに語る!

日本研究の第一人者として日本文化を世界に紹介し続けてきたドナルド・キーン先生が今年6月に95歳の誕生日を迎えました。日本を愛し、日本を研究して70余年。2011年の東日本大震災直後には、日本を撤退する外国人が多い中、日本に対する感謝の気持ちを表して「今こそ、私は日本人になりたい」と、日本国籍取得を決意されました。
DMA-_LSK5973本番キーン先生の落款、鬼怒鳴門(キーンドナルド)の鬼。

以来、キーン先生は日本人として、『和樂』で発言や執筆をし続けてくださいました。そして今なお、情熱をもって執筆に明け暮れる生活を送られています。『和樂』に寄せてくださった貴重な文章や写真を95歳の誕生日を記念して『和樂ムック ドナルド・キーン』と題する一冊の本にまとめました。その内容をダイジェストでご紹介いたしましょう。
DMA-_LSI6392_BW95歳になったばかりのキーン先生。1922年6月18日、ニューヨーク生まれ。コロンビア大学名誉教授。日本文学と日本文化研究の第一人者で、欧米に日本文化を数多く紹介した業績は高く評価され、2002年に文化功労者に選ばれ、’08年には文化勲章を受章。

知の巨人、ドナルド・キーン先生95歳はどんな人?

今回発売となった『和樂ムック ドナルド・キーン』は、日本文化研究の世界的泰斗で、多くの日本文学を世界に紹介した知の巨人ドナルド・キーン先生の人生、すべての魅力が、一冊に詰まっています。まず第1章は、キーン先生の大研究。近代文学の錚々(そうそう)たる文豪たちとの交流や研究の実績、日本文化をより知るために学んだ伝統芸能の話。さらに趣味の音楽や陶器のこと、チャーミングな日常生活など。とても魅力的。必見です!

数奇な出会いで、しだいに日本に導かれてゆく…

1922年、ニューヨーク市ブルックリンの貿易商の家庭に生まれたキーン少年が、日本の古典文学や思想、伝統芸能の研究、現代作家の翻訳を通じて日本文化を広く世界に紹介し、86歳で文化勲章を受章。ついには日本国籍を取得し、日本人になりました。さて、どのように日本に導かれていったのでしょう。今回発売のムックの第1章では知の巨人になるまでの歩みを愉快なエピソードを織り交ぜながら記しています。
DMA-_LSK4516本番_2自宅の書斎で机に向かうキーン先生。床には諸橋轍次編纂の大漢和辞典が…。窓の外には、旧古河庭園の緑が広がる。「一日中部屋で仕事をする私にとって、窓から見える木々の緑はかけがえのない財産です」と、微笑む。

たとえば9歳のとき、父親が仕事でヨーロッパに旅立つと知ったキーン少年は、一緒に連れて行ってほしいと3時間も泣き続けます。大成功でした。「子供というものは怪我をしたり、欲しいものが手に入らなかったりすると、すぐ泣くものだ。しかし私は、幼児のときさえ一度も泣いた事がなかった」。それが3時間も泣いたので、父親は降参でした。この旅でパリに滞在したとき、父親の友人の娘で同じ年ごろのフランス人の女の子と会話ができず、「それでもなんとか彼女と理解し合いたいと必死になり、唯一知っていた”修道士のジャックさん”を唄った」。これが、”外国語を学ばなければならない”と、初めて啓示を受けた瞬間でした。

キーン先生が18歳のころ、ヨーロッパではナチスドイツが猛威をふるっており、反戦主義のキーン先生にとって最も暗い時代でした。そんなとき、本屋で偶然手にした英語版の『源氏物語』。その美しい世界に一気に引き込まれ、自分を取り巻くいやなものすべてから逃れるためにページを捲りました。そして、もっと日本文学を知りたい、知るべきだという思いが湧いてきたのだそうです。

19歳で日本語を習い始め、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃して戦争が始まると、海軍に日本語学校があり翻訳と通訳の候補生を養成していることを知り、米海軍日本語学校に入学したキーン先生。日本語の特訓を受けて11か月後にはハワイに派遣され、米軍が入手した日本軍に関する書類の翻訳や、日本兵の日記の読解、日本兵捕虜の尋問や通訳に従事します。捕虜収容所で尋問を通して日本人捕虜と親しくなり、クラシック音楽が聞きたいという捕虜のために音響効果のよいシャワー室で音楽会を開いたり、終戦後には焼け野原の東京に立ち寄って、親しくなった日本人捕虜からの手紙を懐に、消息を家族に伝えてまわりました。
スクリーンショット 2017-06-28 15.18.21新潟県柏崎市にある「ドナルド・キーン・センター柏崎」で、忘れ得ぬ作家たちとの交流を紹介する人物図鑑のコーナー。

24歳でコロンビア大学に戻り、再び日本文学の研究を志し、やがてコロンビア大学教授となり、毎年のように来日して日本文学の研究を深め、日本の文学作品を数多く世界に紹介してゆきます。三島由紀夫(みしまゆきお)、司馬遼太郎(しばりょうたろう)、川端康成(かわばたやすなり)、安部公房(あべこうぼう)、谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう)はじめ、錚々たる作家や文人たちと親交のあったキーン先生。「終戦直後、私が日本に留学していた当時は、日本文学の黄金時代でした。当時はだれもそうは思ってなくて、文句を言う人がほとんどでしたが(笑)」。日本文学に関して人並みはずれた豊かな教養をもちながらも、この温かく茶目っ気たっぷりのお人柄のせいか、気難しい作家や文人たちも、キーン先生には心を許していたようです。

キーン先生、日本と日本文化を想う!教える!怒る!

日本を愛し、日本人になったからこそ発したキーン先生の数々の提言は、常に私たち日本人にとって刺激的で多くの示唆(しさ)に富んでいます。『和樂ムック ドナルド・キーン』でも、ときに愛情に満ちあふれ、あるときは手厳しく、日本文化の素晴しさや問題点を語ってくださっています。思い出深い京都、日本文化の研究の原点でもある『源氏物語』、文豪・谷崎潤一郎の旧邸宅、世界に誇るべき文楽などへの、熱き想いを伝えます。

京都

世界の人々はなぜ京都に惹かれるのでしょうか?

若き日に京都で暮らし、今、京都名誉観光大使を務めるキーン先生に、なぜ今、世界は京都に熱狂するのか、その魅力をうかがいました。遡ること昭和6(1931)年ごろ、のちにアメリカ陸軍長官となるヘンリ・スティムソンは妻と共に京都を訪れ、京都の美に惚れてしまったといいます。
DMA-1764京都に行くとどうしても東寺に立ち寄りたくなるというキーン先生。

やがてアメリカ軍が京都を原爆投下の標的にしようとしたとき、陸軍長官のスティムソンは、絶対に京都に投下してはいけないと阻止しました。…京都の美しさが京都を救ったのです。さらに、キーン先生は、外国人が京都を好きな理由などを今回のムックの中でユーモアたっぷりに語ってくださいました。

文楽

文楽という日本遺産を救え!

2012年、当時の大阪市長の橋下徹(はしもととおる)氏が文楽協会への補助金を「大衆からの支持がない」などの理由で、凍結することを表明したとき、文楽を愛してやまないキーン先生は「文楽は日本の芸術の中で最も美しく、世界に通用する文化です。だからこそ補助は必要」と激しい口調で反論しました。
DMA-本番-94518最終『壇浦兜軍記 阿古屋琴責の段(だんのうらかぶとぐんき あこやことぜめのだん)』に登場する美しい傾城(けいせい)の人形。

また、およそ60年前に初めて文楽を観たときのエピソードや、ご自身の体験談を交えながら、日本の伝統文化や伝統芸能の楽しみ方を伝授していただきました。「いいものはつくりにくく、そして鑑賞しにくいが、一度その味を味わったら最高の宝、一生楽しめます」と、説得力のある言葉が心に沁みます。

源氏物語

生涯をかけた研究テーマ『源氏物語』との出会い

かつて18歳のキーン青年を日本文学へと目覚めさせ、突き動かしたのは一冊の本『源氏物語』でした。ニューヨーク市内のタイムズスクエアにある本屋で偶然にも見つけた天才翻訳家アーサー・ウェイリーによる翻訳本。1940年当時、ヨーロッパは戦火の真只中で新聞には残虐な記事しかなく、暗黒の時代でした。
スクリーンショット 2017-06-28 15.33.48やはり『源氏物語』に魅せられた京都の西陣織(にしじんおり)作家・山口伊太郎(やまぐちいたろう)氏が、105歳で亡くなるまで、40年近い歳月をかけて制作した『源氏物語錦織絵巻』を拝見しながら、キーン先生に『源氏物語』の話をうかがいました。

そんな折に出会った『源氏物語』の中には血なまぐさい争い事など一切なく、ただ美のために生きる人々が描かれており、一気にその世界に引き込まれたのです。『源氏物語』はキーン先生の救いでした。70年以上、繰り返し読み耽る『源氏物語』の魅力をキーン先生の言葉でぜひ!

谷崎

美しき日本家屋の旧邸で、谷崎潤一郎を想う!

文豪・谷崎潤一郎の旧邸「石村亭(せきそんてい)」【当時・潺湲亭(せんかんてい)】が、今なお当時のままに京都・下鴨神社”糺(ただす)の森”の側に大切に保存されています。生涯43回も転居したという、引っ越し魔の谷崎が、7年間も暮らし、こよなく愛した美しき日本家屋。
DMA-6444キーン先生が着ている浴衣はかつて谷崎にもらったもの。

名作『夢の浮橋』の中では「五位庵(ごいあん)」として、庭や部屋の有り様が克明に描かれています。キーン先生が、この谷崎邸を初めて訪れたのは昭和29年、32歳の夏でした。友人のサイデンステッカーの英訳原稿を届けたのが縁で、谷崎夫妻との交流が始まりました。今回、約60年ぶりに旧谷崎邸を再訪した時のキーン先生の思いも本書にてお楽しみください。

キーン先生の素敵な日常生活を拝見!

コロンビア大学名誉教授にして文化勲章受章者でもあるキーン先生。高名な学者でありながらも、その素顔はとってもチャーミング。人気連載の『鬼怒鳴門亭日乗(ドナルド・キーンていにちじょう)』として毎号お届けしていますが、今回発売のムックでは、まとめて連載を読めるのもうれしいところ。初公開の秘蔵写真にも注目です!

連載『鬼怒鳴門亭日乗』より、貴重な寄稿を集めました。

現在、キーン先生は東京都北区のアパートメントに養子の誠己(せいき)さんと共に静かに暮らしています。書斎の窓からは旧古河(ふるかわ)庭園の瑞々(みずみず)しい緑が一望でき、ご近所には日々の買い物に便利な霜降(しもふり)銀座商店街があります。そして、歩いて2分のところには、古の静寂と美を思い起こさせてくれるようなひっそりと静まり返った無量寺(むりょうじ)があり、その一画の美しい八重桜の下に、チャーミングな寿陵(じゅりょう)を建てました。そして、ますます元気なキーン先生です。
DMA-061 2ご近所の無量寺に寿陵を建て、ますますお元気なキーン先生。

そんな日々の中で、キーン先生が感じたことや貴重な思い出を『和樂』のために毎号書き綴(つづ)っていただき、『鬼怒鳴門亭日乗』と題して2年前から連載。その随筆11話と旅行記2話を今回の『和樂ムック ドナルド・キーン』では第3章として残さず収録。
 
日本固有の優れた文学ジャンルである日記文学について書かれた〈日記が物語る、日本文化〉。キーン先生がどれほど音楽を愛しているかがわかる〈音楽は生きている証〉。
差DMA-119メトロポリタン歌劇場でオペラ『マノン・レスコー』の開演が待ち遠しいキーン先生。

生涯を日本文学の研究に捧げたキーン先生が、いちばん尊敬する恩師のことを書いた〈私の日本文学の師、角田柳作(つのだりゅうさく)先生〉。子供のころ何よりも好きだった映画や、日本映画や能や狂言、文楽との出会いを綴った〈映画と演劇の歓び〉。キーン先生が家を選ぶときに大切にしていることや、現在の家との出会いがわかる〈生涯の家〉。93歳でなお新しい世界を求め、ニューヨークとイタリアに旅立ち、古い友に会い、劇場を愉しんだ〈キーン先生のニューヨーク&イタリア旅行記〉。
DMA-177ローマのサンタンジェロ城の階段を登り、屋上からローマを満喫。92歳とは思えない足取り!

夏は必ず行く避暑地・軽井沢の思い出を書いた〈軽井沢の庵〉。経済最優先で実利主義の安倍政権を真っ向から批判し、戦争が起こらないことを願った〈美しい日本文化を守るために〉。キーン先生の好物や得意料理、そして料理をするときは必ず料理本『COOK BOOK』を見ながらつくるなど、ほんわかした日常が垣間みられる 〈料理と私〉。94歳で、ポートランドとニューヨークで過ごした3週間〈キーン先生のアメリカ紀行〉。キーン先生が足繁く通う無量寺に骨を埋める決心をし、檀家となって真言宗徒となり、寿陵を建てたときのことを綴った〈春、無量寺に思う〉。骨董品の美しさに初めて気づいた1945年、戦後の中国で巡り会った人と骨董品の、まだどこにも書かれていない貴重な話が綴られた〈骨董との出会い〉と、〈続・骨董との出会い〉。読み応えのある内容です。
 
同居して、常に旅にも同行されている養子の誠己さんが撮ったキーン先生の素顔は、とても生き生きとして、幸せそう。そんな写真の数々から、キーン先生の充実した素敵な日常生活が垣間みられるのも、今回のムックの魅力です。
差DMA-_LSK4941cこちらもご近所の霜降銀座商店街にて、養子の誠己さんと夕食のお買い物。

必読!『和樂ムックドナルド・キーン』大好評発売中!

キーン先生と日本文化をもっと知りたい人のために!

DMA-3V9A1680和樂ムック ドナルド・キーン
知の巨人、日本美を語る!定価2,400円(税別)小学館

1922年6月18日生まれのドナルド・キーン先生。95歳の誕生日を記念して発売となった『和樂ムック ドナルド・キーン』は、第1章から第5章までで構成されており、世界的日本文化研究の大家の人生、日常、仕事など、その魅力をぎゅっとまとめてあります。日本人になったからこそ、より今の日本に厳しく提言しており、様々な日本文化、伝統文化を鋭く論評。また、京都の変貌、文楽など伝統芸能のことへの想いが熱く語られています。
 
また、第4章は日本文化で繫(つな)がる同志3名との、愉快で過激な対話集。まずは、作家の瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)さんです。共に1922年生まれで、互いに日本文学の錚々たる作家たちとの交流も深く、京都・嵯峨野にある寂庵(じゃくあん)を訪ねたときも、三島由紀夫との思い出話しが尽きませんでした。幾重もの深いご縁で繋がるふたりでしか語り合えない貴重な会談の後、当時93歳だったふたりが交わした往復書簡を掲載しています。
 
さらに、人間国宝の漆芸家、室瀬和美(むろせかずみ)さんとは「日本文学と工芸にみる、日本人の美意識」を語り合いました。また、人間国宝の染織家・志村ふくみさんの京都の工房を訪ねて、染めの材料や藍甕(あいがめ)の初染め、昔ながらの機織りを熱心に見学して、90代にして現役のふたりが、熱く語り合っています。 
 
本書の魅力はもうひとつ、キーン先生の元気でチャーミングな素顔の写真の数々です。知の巨人が見せる表情と、愛情あり、厳しさありの日本へのメッセージを本書でお楽しみください。