天才画家の意外な一面とは「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」

天才画家の意外な一面とは「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」

卓越した絵画技術を持ち、激動する時代の中で伝統的な花鳥画・山水画・歴史画から、浮世絵や風刺画、戯画まであらゆる画題を描き尽くし、幕末~明治中期にかけて活躍した天才絵師・河鍋暁斎。ここ数年、毎年のように相次いで開催された大型の回顧展により、河鍋暁斎の知名度は一気に高まりつつあります。

ところで、河鍋暁斎の作風や人柄に対して、読者の皆様はどんなイメージをお持ちでしょうか? 筆者も知り合いのアートファン数名に聞いてみたのですが、(筆者も含めて)書画会での派手な即興画パフォーマンスや「狂斎」と称して明治政府を強烈に風刺した絵を描いて投獄されたエピソードなどから豪放磊落な「反骨の人」というイメージや、エキセントリックかつファンタスティックな作品を好んだ「奇想の系譜」系の画家という印象を持っている人が多いように感じられました。

本展は、ここ数年河鍋暁斎に対してなんとなく固まりつつあったステレオタイプな見方の人物評価に対して、別角度から画業を振り返ることで一石を投じようとする意欲的な試みが光っています。単純に暁斎の優品を時系列に展示するのではなく、「狩野派絵師」としての活躍や、「古画学習」に焦点を当てることで、暁斎の知られざる人間性や作品に真摯に向き合った姿を浮き彫りにする好展示でした。

本稿では、何度も暁斎展に足を運んでいる上級者から、今回初めて暁斎の作品を見る初心者まで、幅広く楽しめる本展「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」の展覧会レポートを通して、展覧会の見どころや展示作品の魅力について紹介していきたいと思います。

見どころ1 「狩野派絵師」暁斎のハイクオリティな作品

天才画家の意外な一面とは?! 「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」展覧会レポート
右/河鍋暁斎「枯木寒鴉図」 一幅 明治14年(1881)榮太樓總本鋪
(展示期間2/6~3/4)
中央/河鍋暁斎「花鳥図」 一幅 明治14年(1881)東京国立博物館
(展示期間2/6~2/18)
左/河鍋暁斎「観世音菩薩像」一幅 明治12~22年(1879~89)日本浮世絵博物館
(展示期間2/6~3/4)

展覧会の入り口を入ると、まず目に入ってくる作品群が「これぞ河鍋暁斎!」と言わんばかりの代表作の数々。まず、図録裏表紙にも採用された、画像中央の花鳥画「花鳥図」を見てみましょう。

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河鍋暁斎「花鳥図」一幅 明治14年(1881) 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives (展示期間2/6~2/18)

画面全体に赤、青、白、ピンク、黄色と色とりどりの秋の草花が配置され、非常に丁寧に描かれた華やかな作品ですが、よく見ると画面中央では蛇と雉子が絡み合うエキセントリックな構図が見て取れます。美しさの中にグロテスクさがスパイスとして添えられた、ひねりの効いた暁斎オリジナルの「奇想系」作品です。

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河鍋暁斎「枯木寒鴉図」一幅 明治14年(1881)榮太樓總本鋪
(展示期間2/6~3/4)

続いては向かって右側の「枯木寒鴉図」(こぼくかんあず)。こちらは1881年の第二回内国勧業博覧会で「妙技二等賞杯」輝いた記念碑的な作品。狩野派で学んできた技術を生かし、墨の濃淡だけで木に留まるオウムを見事に描き出しており、それまで「戯画」作家だと思われていた暁斎への評価が一気に高まるきっかけとなりました。なお、本作に当時としては法外とも言える破格の「100円」の売値をつけて軽く炎上した暁斎。その時に放った「これは烏(からす)の値段ではなく、長年の苦学の値である」と絶妙のコメントを意気に感じた日本橋の老舗和菓子店・榮太樓總本鋪(今もあります!)の二代目主人がそのまま言い値の100円で購入したので、本作は「百円鴉」として更に評判を呼んだというエピソードが面白いですね。

また、画面左に配置された「観世音菩薩像」も、胡粉を散らした滝や波しぶき、観音が羽織る半透明のヴェールなどに観られる繊細で美しい描写が見どころ。岩に座る観音と向き合う善財童子の図は、テーマは違いますが、奇しくも同時代に岡倉天心らと新しい日本画を創出するため奮闘していた狩野派の同門・狩野芳崖の代表作「悲母観音」をどことなく彷彿とさせますね。仏教への厚い信仰があり、毎日1枚ずつ観音像を日課として描いていた暁斎が描いた仏画の代表作の一つです。

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左/河鍋暁斎「虎図」一面 19世紀 東京・正行院(全期間展示)
右/河鍋暁斎「鶴図屏風」二曲一双 明治3年(1870)以前 河鍋暁斎記念美術館(展示期間2/6~3/4)

さらに会場を進んでいくと、松・鶴・旭日とおめでたい画題が揃い、屏風の中を様々なポーズの鶴が舞う二曲一双の「鶴図屏風」、勇猛な体躯をうねらせてこちらを威嚇する虎が
真四角のやや窮屈な画面の中に、閉じ込められたかのような「虎図」など、いずれも狩野派が伝統的に得意としてきた画題の力作が目に入ってきます。

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左/河鍋暁斎「弾琴五美女憩いの図」一幅 河鍋暁斎記念美術館
右/河鍋暁斎「風神雷神図」二幅 河鍋暁斎記念美術館
(いずれも展示期間2/6~3/4)

また、狩野探幽ら先人も多数描いてきた、千手観音の眷属・風神雷神を描いた「風神雷神図」。俵屋宗達や尾形光琳の国宝があまりにも有名なので琳派の専売特許のように思われるかもしれませんが、狩野派も伝統的に得意としてきています。

面白いのは、よく見ると右側の雷神は変な格好をしています。大切な持ち物「雷太鼓」を下界に落としてしまったので、釣り上げようと悪戦苦闘しているのですね。ただ先人の画題に習って丁寧に描くだけでなく、自分なりの工夫やユーモアを加えて描こうとした暁斎らしい作品でした。

このように、本展前半部分には、周到な準備をかけて、狩野派が得意としてきた画題に取り組んでじっくり精緻に描いた力作が多数配置されています。一見「戯画」や「浮世絵」での派手な活躍に目が行きがちな暁斎ですが、室町時代から連綿と続く狩野派の流れを汲む画家であったことが示されています。

見どころ2 先人や古画から貪欲に学んだ暁斎の足跡

そして力作・傑作を一揃い見た後に続く展示は、暁斎が狩野派の過去の先人や、古画の徹底的な学習に基づいて、自らの画技をコツコツと磨いていった足跡です。

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河鍋暁斎「鳥獣戯画 動物行列」一面 河鍋暁斎記念美術館(展示期間:2/6~3/4)

たとえば、こちらは有名な国宝・鳥獣人物戯画を模写し、暁斎が自分なりにアレンジして生み出した作品。鳥獣人物戯画で表現されていたユーモア精神や擬人化された動物たちはそのままに、(若干グロテスクさも感じるほど)リアル路線へと大胆に翻案して描かれているのも面白いです。

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左/河鍋暁斎「鯉魚遊泳図」一幅 明治18~19年(1885~86) 河鍋暁斎記念美術館(ジョサイア・コンドル旧蔵)
右/河鍋暁斎「郭子儀図」 一幅 河鍋暁斎記念美術館
(ともに展示期間:2/6~3/4)

また、展示スペースの一角には、妙に円山応挙っぽい作品が固めて展示されているコーナーがありました。目を止めて解説を読んでみると、暁斎は狩野派の先人たちだけでなく、円山応挙にも私淑し、応挙の代表作「鯉図」「郭子儀図」や子犬を描いた絵画などからも積極的に学んでいたのですね。「郭子儀図」では老人や子供たちの衣服の衣紋線が狩野派らしいクセの強いスタイルに変更されていますし、「鯉魚遊泳図」で描かれた鯉の表情には暁斎ならではアレンジの跡が感じられました。ちなみに、応挙には私淑して深く学ぶ一方で、俵屋宗達や尾形光琳と行った琳派の先人達からは積極的に学んだ跡は見られないようです。

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河鍋暁斎「暁斎手控帖」 一帖 河鍋暁斎記念美術館

そして、これはぜひ見ておきたいのが、暁斎が古画の模写や画題を書き留め、大切に持ち歩いたとされる画家としての“ネタ帳”です。例えば、上記の「暁斎手控帖」をよく見てみると、持ち歩いて繰り返し見返したからなのか、画帳の端の方の紙が擦り切れています。画業への研鑽に真面目に打ち込んだ暁斎らしさがよく出ていますよね。「暁斎手控帖」以外にも「暁斎縮図」「惺々暁斎下絵帖」「風俗図等貼り込み画帖」など、河鍋家(河鍋暁斎記念美術館)に残された「自家製ノート」が本展では多数出展されています。

見どころ3 暁斎の文化人ネットワークがわかる作品や資料にも要注目!

そして展示室を降りて3Fに進んでいくと、後半部分で楽しめるのは暁斎の娘や息子の作品や、子供たちと共作した作品、さらに暁斎の人間関係がわかるような作品や各種資料群です。

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河鍋暁斎・河鍋暁雲・河鍋暁翠合筆「龍虎鷹山水図衝立」一双 東京・湯島天満宮

ダイナミックな山水や荒れ狂う海をバックに、龍・虎・鷹やなどが大きく描かれた迫力ある衝立は、暁斎が娘・暁翠と息子・暁雲と共作で描いたとされる珍しい作品。葛飾北斎と娘・応為のように、暁斎の子供たちも暁斎に近い作風だったようで(しかもかなり上手い)一見パッと見ただけでは、どこが暁斎筆で、どこが暁斎の子供たちの筆による部分なのか、素人目には判然としません。

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左/河鍋暁翠「百猩々」一幅 大正時代~昭和9年(1912~34)河鍋暁斎記念美術館
右/河鍋暁翠「寛永時代美人図」一幅 大正5 年(1916)河鍋暁斎記念美術館
(ともに展示期間:2/6~3/4)

特に、1人娘・暁翠は美人画を中心としてかなりの腕前に達していたようで、本展でも前後期合わせて3作品が展示されています。

また、難関校の大学入試でもしばしば登場する、明治初期に来日した著名なイギリス人建築家、ジョサイア・コンドルの旧蔵品や彼に関係の深い著書なども見どころの一つ。コンドルが鹿鳴館・ニコライ堂など著名な建築物を設計したのは有名ですが、1881年に河鍋暁斎に弟子入りして、暁斎が亡くなるまで日本画を習っていたことはあまり知られていません。

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河鍋暁斎「道釈人物鳥獣画帖」一帖 明治20~21年(1887~88)
河鍋暁斎記念美術館(ジョサイア・コンドル旧蔵)(全期間展示 ※場面替あり)

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左/ジョサイア・コンドル著「Paintings and Studies by Kawanabe Kyosai」一冊
明治44年(1911)河鍋暁斎記念美術館(全期間展示 ※場面替あり)

本展では、暁斎晩年の忠実な愛弟子だったコンドルが大切に旧蔵していた暁斎作品や、コンドルが暁斎から口伝で学んだ絵画技法を体系的にまとめた「Paintings and Studies by Kawanabe Kyosai」などが展示され、暁斎とコンドルの絆の深さを実感することができます。戦後日本では忘れ去られてしまっていても、海外で日本画家の第一人者として広く知ら続けたのは、暁斎が生前にコンドルをはじめ、ブリンクリーやエミール・ギメといった外国の一流文化人に対しても胸襟を開き、オープンに付き合ってきたことが大きいのでしょうね。

見どころ4 これぞ暁斎! 意外性あふれる作品群の数々

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もちろん、本展は狩野派の流れを汲む作品や、古画や先人たちの模写作品だけにとどまりません。「その手に描けぬものなし」と展覧会名にある通り、生前に暁斎が幅広く描いてきた奇想性・意外性あふれる作品群が沢山並んでいます!

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河鍋暁斎「僧正坊 鞍馬天狗 牛若丸 一名遮那王」文久3年(1863)9月 イスラエル・ゴールドマン・コレクション

もちろん、浮世絵だってあります。暁斎が最初に絵師として入門した浮世絵師・歌川国芳が始めた、3枚続きの大奉書を連結して1つのワイドスクリーンとして使うことで、迫力あるシーンを表現する手法を踏襲・発展させ、スペクタクルでファンタジックな作品が展示されています!

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河鍋暁斎「処刑場跡描絵羽織」一領 京都府(京都文化博物館管理)(展示期間2/6~3/4※場面替あり)

また、こちらの絵は、着物に血まみれの受刑囚が血まみれで惨殺された場面を描いた残酷絵。絵柄はなかなか直視するのもしんどいのですが、面白いのは落款のところに「応需」、つまり求めに応じて描いたと残しているところ。幕末の動乱期~明治期にかけて、御用絵師という特権的な立場を失い、食べるためには浮世絵でも戯画でも即興画でも厭わず必死に取り組んできた暁斎の仕事感が垣間見える作品でもありました。

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左/河鍋暁斎「閻魔大王浄玻璃鏡図」一幅 明治20年(1887)か
右/河鍋暁斎「地獄太夫と一休」一幅
共にイスラエル・ゴールドマン・コレクション

そして、こちらは過去の展覧会でも非常に評判が高かったイスラエル・ゴールドマン・コレクション。共に非常に奇矯な画題ではありますが、一切手を抜くことなく描かれた浮世絵風の美人と、骸骨たちの対比が鮮烈で、一度見たらそのクオリティも含めて忘れることはありません。実際、本作は過去にも来日して全国の巡回展で展示されたことがありましたが、この絵の前で「これ前見たよね」と足を止めるお客さんを複数見かけました。

この他にも大英博物館から出展された作品をはじめ、貴重かつハイクオリティな作品が多数出展されています。自分なりのお気に入り作品を探してみるのも面白いですね。

ハイクオリティな作品群で暁斎の新たな一面を見つける楽しみ

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森羅万象を描き尽くした北斎同様、暁斎があらゆる画題・対象を貪欲に描き尽くすことが可能だったのは、狩野派絵師としての確固たる自負の下、日々の弛まない画業への研鑽と、古画・先人から貪欲に学び取る姿勢があったからなのです。

自らも「画鬼」と名乗り、浮世絵師と狩野派絵師という2つの全く異なる出自を併せ持つ河鍋暁斎。本展では、暁斎のハイクオリティな肉筆画を中心とした作品展示を通じて「狩野派絵師」としてのルーツが強調されるとともに、敬虔な仏教徒としての日課や弟子達との幅広い交流、そして何よりも絵を学ぶことにかけて人一倍貪欲だった暁斎の新たな一面を知ることができました。展覧会名にある通り描けないものはなかったと言われた暁斎。その変幻自在の筆さばきは、日々の弛まぬ研鑽によって成し遂げられていたのですね。

非常に良い展覧会です。細かく展示替えも行われますので、ぜひ時間のある方は複数回足を運んでみてくださいね。

===== 展覧会情報 =====
展覧会名 「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」
場所 サントリー美術館
会期 開催中~3月31日(日)※展示替あり
公式サイト

文・写真/齋藤 久嗣

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