人間国宝という言葉は有名ですが、正式名称を「重要無形文化財保持者」といい、工芸と芸能の分野の人に限られていることはご存知でしょうか。その数は2019年2月現在で110名(重複認定があるため実人員109名)。人間国宝とは、工芸と芸能の分野における、まさに国の宝なのです。
そこで今回は、蒔絵の技術で2008年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された漆芸作家、室瀬和美さんに、工芸で人間国宝の認定を受けている中でも一押しの3人を挙げていただきました。
●プロフィール
室瀬和美(むろせかずみ)1950年生まれ、漆芸家。父は漆芸家の室瀬春二。父の兄弟子が松田権六。東京藝術大学大学院美術研究科を修了後、日本伝統工芸展に出品しつつ、三嶋大社の国宝「梅蒔絵手箱」や金刀比羅宮本殿格天井「桜樹木地蒔絵」の復元なども手がけ、大英博物館をはじめ国内外の展覧会に多数出品してきた。
1.竹工芸なら、藤沼昇さん
「木竹工なら藤沼昇氏。彼は、私と似た芸術感やエネルギーをもっている。いろんなかたちで尊敬できるひとりです」(室瀬さん)
藤沼昇 束編花籃「念」 平成27年 第55回東日本伝統工芸展 竹材の選定から素材の調整、拭漆仕上げまで幅広い技法を体得しており、様々な編組技法を駆使して、竹を生かした力強い作品をつくっている藤沼昇氏。竹工芸の分野で ’12年に人間国宝に認定。海外でもアートとして高い評価を得ている。
2.陶芸なら備前焼の伊勢崎淳さん
「陶芸はいろんなジャンルの方がいらして多種多様。それぞれ魅力的な方ばかりなのでなんとも言えませんが、伊勢﨑淳氏でしょうか。私より10歳以上年上の方で、備前焼をずっとやってらっしゃる。土の肌合いのつくり方や、生き様に惹かれます。淡々とつくり、喜怒哀楽をほとんど出さず、作品にすべて閉じ込めていくというようなスタイルは私の好きな世界。土を練り、それを造形して、火にかけて仕上げるという、ほんとに素朴な表現方法。私のように数多くの工程を積み重ねるジャンルとは、ある意味正反対です。自然の火にまかせてつくるというようなところに魅力を感じますね」(室瀬さん)
伊勢崎淳 備前壺 平成27年 第62回日本伝統工芸展 04年に備前焼の人間国宝に認定された伊勢﨑氏の作品。土は、田んぼの土と山土、黒土を配合して、数年寝かせてから使うことが多い。備前焼は歴史も古く、土を捏ねて、造形して、あとは高温の窯に入れ、火の力にまかせる素朴な手法。
3.金工なら、田口壽恒さん
「金工も技法が細かく分かれているのですが、田口壽恒氏の仕事は見ていて面白いです。硬い金属をバンバン叩いて1枚の板を造形していく方です。やはり自分にはできない仕事に、魅力を感じます」(室瀬さん)
田口壽恒 鍛朧銀煎茶器 平成27年 第44回伝統工芸日本金工展 年に鍛金で人間国宝に認定された田口壽恒氏。銅3と銀1の合金「四分一」に隠し色として金を加えた硬い板金を金鎚で打ち、延ばしたり曲げて造形する。金属の肌に結晶が現れ、銀灰色の独自な輝きを放つため「朧銀」と呼ばれる。
以上、伝統工芸にまつわる方々の話でしたが、伝統とは、実はかたちがあるものではなくて、日本人が千年以上かかって大事にしてきた価値観こそ伝統だと思うと室瀬さん。
「たとえば式年遷宮のように、平安時代の形と技術をひたすら変えずに続けるというのは伝承。伝統と伝承は似ていますが意味が違います。見えないものこそ大切にして、常に新しく創作を積み上げていくのが伝統。これが私にとってはものすごく大事な要素で、それを表現するために技術が必要なのだと思っています。結果として、それを国が判断してくれただけで、人間国宝になるためにものをつくってきたわけではないのです。私にとって技術も大事ですが、日本人の心や美意識を、技を通して表現することが重要だと思っています」(室瀬さん)
▼和樂12月号で国宝をもっとご覧いただけます。 和樂(わらく) 2020年 12 月号