1999年の「ディオール ファイン ジュエリー」の誕生から20周年を迎えた今年、その創設からアーティスティック ディレクターを務めてきた稀代の天才ジュエリーデザイナー、ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌは、これまでの集大成ともいえる宝石への愛に溢れたハイジュエリーコレクションを発表しました。
この「ジェム ディオール」と題されたコレクションは、“鉱物としての宝石”にインスピレーションを得た全99点もの極めて贅沢で、オリジナリティ溢れるハイジュエリーで構成されています。
宝石の魔術師と讃えられる大胆なカラーストーンの組み合わせ、想像を超えた色彩のコンビネーションはそのままに、今回は“宝石の原石”を思わせる幾何学的な構造と抽象的なデザインにこだわったというヴィクトワール。
コレクションを象徴する数々のドラマティックなリングを通して、彼女が新たに挑んだ革新的なクリエイションの魅力をご紹介いたしましょう。
自然界の法則に倣ったアシンメトリーで幾何学的な想像を超えた意匠性
カラーストーンが織りなす心浮き立つハーモニー
これだけ多くの色を合わせつつ、ひとつの世界観を生み出すことができるのは、だれよりも早く自由な発想でカラーストーンをハイジュエリーに取り入れたヴィクトワールだからこそ。
燃え立つような緑色がエメラルドの最たる魅力の「Green」
鮮明なグリーンの光彩を放つエメラルドは、数年前からセレブリティの間で急速に人気が高まっている宝石。その魅力は、華やかさに勝るエレガンス。非凡な才能をもつヴィクトワールも、そんなエメラルドに魅了され、またひとつ常識を覆す圧倒的なボリュームのジュエリーを生み出しました。
偶然生まれたかのような遊び心溢れる造形美
正面の大きなエメラルドは、青みがかった緑色が特徴のアフリカ・ザンビア産。産地によって微細に異なる色や不揃いのシェイプを効果的に用い、モダンに調和させたデザインがヴィクトワールならでは。無機質の宝石にも生命力を感じさせる、言い尽くせぬ魅力を秘めたジュエリー。
鮮明な色と輝きが誘う迫力に満ちた華やぎの世界の「Pink」
いつの時代も女性の心を捕らえて離さないピンク色の宝石。その華やかさには惹かれるものの、大人の女性には非常にハードルが高いカラーといえます。ヴィクトワールは、それを潔く単色で用い、強烈な個性とインパクトを宿すハイジュエリーに…。そうした類い稀なセンスこそが、彼女を世界で唯一無二の存在にしているのです。
極上のサファイアが基準の妥協を許さぬ宝石選び
非常にめずらしいエメラルドカットのピンクサファイアが、中央で圧倒的な光彩を放つリング。エメラルドカットは内包物がほとんどない極上の宝石にのみ施すことができるカット。その鮮明なセンターストーンに合わせて、すべてのピンクサファイアの色を完璧に備えている。
話題の宝石を主役にした時代が求める「Multicolor」
かつて宝飾界でカラーストーンといえば、貴石と呼ばれるサファイア、ルビー、エメラルドを指す言葉でした。その3石の組み合わせが“マルチカラー”とされてきたのです。そうした常識を覆し、真の“マルチカラー”ジュエリーを提案したヴィクトワール。純粋に色と美しさで選ばれた宝石たちが、これまでにない新鮮な色彩のハーモニーを奏でます。
すべての宝石が主張し、高め合う絶妙なバランス
2本の指につけるダブルリングは、ボリュームがあっても安定し、重さも気にならない秀逸なアイテム。中央のトルマリンのネオンブルーに負けない宝石を組み合わせることで、迫力に満ちた華やかさに。
独創的な発想が生み出す迫力のトリプルリング
大きなペアシェイプの宝石は、澄んだグリーンが美しいパライバタイプトルマリン。緑色とブルーのカラーコンビネーションが清々しいトリプルリングは、その名のとおり3本の指につける斬新なジュエリー。ランダムなようで緻密に計算された構築的なつくりで指にフィットし、大ぶりのリングを重ねる以上に手元をあでやかに彩る。
補色を効果的に使った宝石が共鳴するデザイン
青と黄色、緑と赤といった補色同士を巧みに組み合わせ、宝石が互いを引き立て合うデザインへと昇華。無色のダイヤモンドの澄んだ輝きも、カラーストーンの色を際立たせる重要な役割を果たしています。
天才ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌが語る、20周年のハイジュエリーコレクションはまさに“宝石へのオマージュ”
「ディオール ファイン ジュエリー」誕生20周年を祝し、特別なコレクションを発表したアーティスティック ディレクターのヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌ。天才といわれる彼女がこだわったクリエイションの秘密について、パリで話を伺いました。
『最後に残るのは、素材とカラー』~ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌ~
これまでファンタジーの世界に遊ぶかのようなジュエリーを生み出し、自らのクリエイションには“物語”が不可欠だと話してきたヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌ。そんな彼女が記念すべき年に、これまでのクリエイションとは一線を画す宝石そのものに着目したハイジュエリーを発表。それについてヴィクトワールは、次のように語っています。
「今回のコレクションは、宝石へのオマージュ。これまでの物語性のあるジュエリーとは異なり、宝石だけをクローズアップしたようなイメージです。過去のジュエリーをシェーカーに入れて振ったら、さまざまなカラーストーンが抽象的なデザインとなって出てきた、といった感じでしょうか。私はそうしたデザインを“有機的抽象”と呼んでいて、幾何学的でありながらも非対称な点がポイント。それは、自然を観察していればわかることだと思います。」
自然へのリスペクトについては日本文化の影響も受けたというヴィクトワール。今回は、宝石の選び方ひとつにも、これまでのコレクションと異なる点が多かったといいます。
「このハイジュエリーコレクションでは、宝石を“鉱物”として捉えました。鉱物がカットされ、構築的になっていく…そんなイメージを抱きながら制作。そして、今回の抽象的なデザインには、透明度の高い宝石が合っているように思い、選んでいます。また、バゲットカットやスクエアカットなどの直線的なシェイプに力強さを感じ、多く使用していることも特徴といえるでしょう」
宝石の魔術師といわれる実力を遺憾なく発揮した今回のコレクション。宝石を組み合わせるうえで最も重視したことはなんなのでしょう?
「お互いの魅力を殺さず、生かすこと。マッチさせることに尽きます。それは、今回に限ったことではありませんが…。私はこうした仕事が心から楽しく、好きなのです」
ヴィクトワールの望みは、人生最後の日までジュエリーデザインを読み続けること。宝石への愛と情熱が、彼女のなかで尽きることはありません。
−和樂2019年10・11月号より−
※表記は、本体(税抜)価格です。
文/福田詞子(英国宝石学協会 FGA)
撮影/武田正彦
コーディネート/今津京子