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Gourmet
2019.08.15

鰹節=カチカチに硬い、あのイメージはどこからきたの? 焼津で知った衝撃の事実

この記事を書いた人

ダシをとったり、料理にトッピングしたり、日本の食卓に欠かせない鰹節。
突然ですが、「鰹節」と聞いてみなさんが頭の中で思い浮かぶのはどんな鰹節ですか?

すでに削られてある鰹の削り節のことでしょうか。昔はどの家庭にも鰹節削り器が置いてあり、削りたての鰹節を楽しむのが一般的でしたが、今ではすでに削られてあるパック包装の鰹節がお店に並ぶのが当たり前に。削る前の鰹節の姿を見る機会はほとんどなくなってしまいました。では、その鰹節ってどんなものか想像できますか?

多くの方がこのような茶色く乾燥したカチカチの鰹節をイメージすると思います。しかし、そちらは「本枯れ節」といって、実は全国の鰹節製造量のうち1割にも満たしていないのです。では現在、鰹節製造のほとんどを占めているのはなにか?

それは、「荒節(あらぶし)」といって、見た目も全く異なる黒褐色の鰹節です。

鰹の水揚げ量日本一である静岡県焼津市は、この荒節の秘密を知るのに最適な場所。その実体を知るべく、荒節をメインに鰹節製造を手がけるトマル水産に行ってきました。

代表の大石智之さんにお話をうかがうと、荒節の存在自体を知らなかった私にとってびっくり仰天なことばかり!

トマル水産とは?


鰹節業界の多くは、削り節の原料となる“鰹節メーカー”と鰹節を削る“削り節メーカー”の2つに大きく分かれており、焼津港の近くに位置するトマル水産は前者。鰹節メーカーの中では珍しい、粉砕用鰹節の「つぶし原料」を専門としています。

そもそも鰹節って?


鰹節は鰹の肉を煮熟し、乾し固めた日本の伝統食品。叩くと乾いた木材をを叩いたような音が鳴り、世界一硬い食品とも言われています。燻(いぶ)して乾燥させたり、優良カビを付けることによって、極限まで水分を抜くことであの硬さが生まれるそうで、削る前のものを鰹節、削ったものを削り節と呼びます。

鰹節の魅力はなんといっても旨みと香り。旨みが凝縮された鰹節の出汁は、素材のおいしさをも引き立ててくれます。

鰹節業界は今、荒節がアツイ?!

ーー本枯れ節の流通が全体の1割未満だったとは驚きました! 鰹節について詳しく知らない私からすると、鰹節=本枯れ節だとずっと思い込んでいましたから…。

トマル水産代表の大石智之さん

本枯れ節は、昔ながらの製法でつくられた鰹節で、つくるにはかなりの技術が必要です。荒節のつくり方とは、最初に鰹を包丁でさばくところから違います。本枯れ節の場合は、鰹を3枚におろし、更に背側と腹側に切り分けます。それをお湯で煮上げてから、1本残らず骨を抜いていきます。そのときできた傷や窪みすべてにすり身を埋め込んで平らにしてつくっていきます。

ーーだから表面が平らで綺麗なんですね!

はい、本枯れ節は最初にさばいたときの形そのままにつくっていきますが、荒節の場合、大体は頭とお腹(内臓)を機械で切り、煮てから、鰹を手で割って形をつくります。

ーー荒節が主流になったのはいつ頃なんでしょうか?

削り節のパックが登場した昭和40年代の頃からだと思います。それまでは本枯れ節が主流でしたが、現在は鰹節メーカーの大半が荒節をつくっています。伝統的な本枯れ節をつくっているメーカーは焼津では1、2軒ほど、あとは主に鹿児島でつくられています。

家庭で鰹節を削らなくなったことも理由のひとつですが、本枯れ節は完成するまでには、早くても3カ月、長いと半年以上かかります。一番時間がかかるのが、カビ付け。天候の影響ももちろんありますが、こちらの工程だけで2、3カ月はかかります。そうすると生産効率が悪く、資金もうまくまわりません。大量生産ができませんので、本枯れ節を製造し続けるのは大変ですね。

ほとんどの鰹節は発酵されていなかった?!

ーー荒節って一体何者なんでしょうか?

鰹節には、枯れ節と荒節の2種類があります。製造工程をざっくりまとめると生切り、煮熟(しゃじゅく:煮る)、骨抜き、焙乾(燻して乾燥させる)、カビ付けですが、荒節はこのカビ付けを行なっていません。そのため大きい鰹だと完成するまで約1ヶ月。こちらの工場では小さいものを使用しているので2週間ほどで完成します。

ーー発酵していないということでしょうか?

発酵はしていません。薪で燻し上げた燻製品のようなイメージです。

ーー鰹節=発酵食品だと聞いていたけれど、ほとんどが発酵されていなかったんですね! ということは、荒節は本枯れ節ほど硬くない…?

荒節でも、焙乾(燻して乾燥)だけで本枯れ節と同じくらいまで硬くなります。カビで乾燥させるか、燻しで乾燥させるかの違いで、最終的な水分値が低くなればなるほど硬くなります。なので、荒節よりも本枯節の方が硬いとは言い切れません。

ーーなるほど!

一般的に削り節用に使う荒節は水分量20%前後ですがこちらでは水分量15%以下まで乾燥させた荒節をつくっています。焙乾の工程で、燻す、休ませるを繰り返しながらじっくりと乾燥させているので、本枯れ節に匹敵するくらい十分硬さがあります。

鰹節の技術はひとりの男によって全国に広がった!

ーー日本古来の食品といわれていますが、そもそも鰹節の技術はいつ頃誕生したのでしょうか?

鰹を天日で干して乾燥させたものは古代から作られていたようですが、煙でいぶして乾燥する現在の鰹節の技術自体は、江戸時代に紀州和歌山で確立したと聞いています。永らくは紀州と土佐だけの秘伝とされていましたが、土佐与一(とさのよいち)という男が土佐藩の掟を破り、鰹節の製法を全国に広めていったと伝えられています。

鰹節の発展を支えたのは焼津が生んだ技術?

鰹節の産地は鹿児島県のあと、静岡県の伊豆へ広がりますが、焼津は比較的新しい産地です。焼津が大きく発展したのは明治から大正にかけて。鰹の水揚げ量が多く、東京など大消費地への輸送ルートもあったため、焼津の鰹節は地の利を生かして発展を遂げました。

ーー焼津発祥の技術もあるのでしょうか?

鰹節には焼津型と呼ばれる切り方があります。この切り方は焼津で生まれた技術です。鹿児島発祥の薩摩型という切り方もあります。それは鰹節の上部が一直線に切られています。焼津型の鰹節は身がついていて少しくびれがあります。これは鰹の頭の後ろにあるハチの身という部分を切ってしまうのが勿体無くて、焼津ではそれを残す切り方を編み出しました。今、流通している本枯れ節のほとんどがこの切り方になっています。

赤い丸の中にあるのが、鰹のハチの身の部分。

鰹節を燻す工程で使う焼津式乾燥機も焼津の人が創ったもので、全国的に使われています。それまでは急造庫(きゅうぞっこ)という、下から薪を燃やして上にある鰹節を燻しあげる方法がありましたが、これは鰹節を上へ上へとあげる作業に非常に人手がかかります。そこで、効率良くできないかと編み出したのが焼津式乾燥機。薪を横で燃やし、ファンで部屋の中に煙を循環させる方法なので、鰹節を水平レベルで移動できる。台車1台、1人で移動が可能です。

左/急造庫:火床が地下(もしくは1階)にあり1階、2階、3階…と上へ鰹節をあげ煙の濃度をコントロールする。右/焼津式乾燥機:ファンで煙を循環させ、部屋の中にある鰹節をまんべんなく燻していく。

ーー焼津の人が生みだした効率の良い機械化によって、全国の鰹節が発展したんですね!

写真は急造庫の2階。下で薪を燃やして煙で上にある鰹節を燻している。

削り節パックには、荒節と枯れ節がある!

普段みなさんが目にするのはパックに包装された削り節ですよね。その原料の多くは荒節です。削り節のパッケージ裏面にある原材料名のところを見てみてください。『かつおのふし』と書いてあるのが荒節で、『かつおのかれぶし』と書いてあるのが枯れ節。値段も違います。

ーーし、知らなかった! 今度買うとき見てみます!

ですが、『かつおのかれぶし』としてつかわれている鰹節の中には、伝統的な本枯れ節とは少しつくり方が違う「枯れ節」が使われているものもあります。

ーー本枯れ節ではなく、枯れ節というのがあるんですね?

はい、途中まで荒節と同じ工程で、最後にカビ付けを2回以上行ったものも「枯れ節」として使われています。本枯れ節の場合は、1番カビ、2番カビ、最後に5番カビくらいまでカビ付けと天日干しを繰り返しますが、決まりとしては、削り節の原料として2回以上カビ付けしたものを「枯れ節」としてみなします。削り節の原料として使うため、伝統的な本枯れ節の製造工程を極力簡略化し、出来るだけ質を落とすことなくコストをおさえたものです。

ーーなるほど。荒節と枯れ節の出汁で味や風味の違いはありますか?

ほとんどの方はあまり気づかれませんが、同時に比較してみると違いがわかります。好みもありますが、荒節の場合は燻しているので煙が表に出てくるような香り。濃厚でパンチがあります。枯れ節の場合は煙の強い香りはなく、角がとれてまろやかな風味がします。発酵によって表面にある脂肪を分解して旨みが生成されているので味の奥行きが深いです。

荒節ができるまで

トマル水産では5〜6tの鰹と1tの薪を使って、1tの荒節をつくります。取材のあと実際に工場を見学させていただきました。

このとき使う薪も重要な原材料のひとつ。硬く火持ちが良いコナラの木を使います。香りが良いため、薪として使うのに優れています。

1 生切り


頭とお腹を機械で切り落としていきます。昔は1体ずつ包丁でさばいていましたが、機械化によって大量生産が可能に。この機械も焼津の人が開発したもの。ちなみに、焼津では心臓のことをへそと呼び、新鮮なものは身が赤く、レバ刺しのようにごま油を付けて食べると美味しいのだとか。

2 煮る


お湯で煮て鰹に火をとおしていきます。このとき使った煮汁は、回収されて鰹エキスに加工しほかの食品に用いられます。鰹の頭はミールにして肥料・飼料に、内臓は酒盗に、鰹は捨てる部分はないのだとか。

3 骨抜き


煮上がったら手作業で骨、皮、ひれ等をとりのぞきます。鰹が冷めてしまうと身が硬くなって取りづらくなってしまうため、温かいうちに取り除いていくのがポイント。鰹を堅い魚と書くのはそこからきているのかも…?

4 焙乾


乾燥機をいくつか移動しながら燻す、休ませるを繰り返し行なっていきます。荒節はカビ付けを行わないため、休ませることでじっくり水分を抜いていきます。乾燥機はそれぞれ温度や煙の濃度が異なり、煙の濃度は乾燥機の特徴や薪の量によって変えられます。鰹を燻すときは、身が崩れないようになるべく高すぎない温度に保つのが大切。温度計で確認しながら、薪の本数や置き方などを決めます。

トマル水産では、はじめに急造庫・焼津式乾燥機ではなく、ダイヤルひとつで温度調整ができて安全性の高い、ガスを使った特殊な乾燥機を使います。骨抜きされたあとの鰹は水分が多く、菌が繁殖しやすい状態なのですぐに熱を入れる必要があるからです。ガスを使ってはいますが、燻すために下の部分で薪を燃やして煙を送ります。

ちなみに、燻し途中の鰹節はとても美味しい! なまり節よりも生臭くなく香りが立っています。

乾燥工程の中で3分の1くらいの鰹節。表面は黒いが柔らかい。

5 選別


皮のシワの寄り具合と、色目を見ながら脂分と水分量が多くないか選別。内側と外側が均一に水分量15%以下まで乾燥しないと、きれいに粉砕されません。茶色いものは水分が残っている可能性があるため割って確かめます。このあと検査室でしっかり検査をしますが、目視の感覚も経験によって培った技術。効率よく選別していきます。

良い鰹節は乾燥が均一で綺麗にポキッと折れ、割れ目に光沢感がある。脂が多い部分は白くぼやけてしまう。

終わりに

ーー大石さんのおかげで鰹節のことを詳しく知ることができました。それにしてもみなさんやっぱり鰹節=本枯れ節だと思っていますよね。

そうですね。今は削る前の鰹が流通することもないですし、鰹節業界もテレビに出るとなると本枯れ節だけなんです。ですが、以前、荒節を使っている加工食品のCMの中で有名俳優さんが「焼津の荒節がっ!」と言いながら、両手に持った荒節をじっくりと見つめていたシーンがありました。

ーー画期的ですね!

私たちが精魂込めて作っている荒節を、もっともっと理解してもらいたいと思っていますので、私たちにとっては画期的なできごとでした!

ーー取材前にこちらの公式サイトを拝見したのですが、その思いがすごく伝わります。きれいに形を整えてつくる本枯れ節も良いですが、形ではなく味や風味で鰹節らしさをとことん追求しているところがとても素敵だなと思いました。

ーーでもひとつ気になったのが、右下にある大石社長のブログ。クリックして見ると、鰹節のことはあまり書かれていなくて、ほぼフルマラソンのお話です。

実は鰹節の「カンソウ」とマラソンの「カンソウ」を掛けています。荒節の乾燥は水分量15%ですが、私のフルマラソンの完走は100%です。

ーー今後も鰹節業界の第一線として駆け抜けてもらいたいです(マラソンだけに)。ありがとうございました!

◆株式会社トマル水産
住所 静岡県焼津市浜当目2-5-3
公式サイト