商店街の食堂と侮るなかれ!絶品、鯖寿しに舌鼓
-文/和樂スタッフ渡辺倫明(通称、和樂の日本美術部長。白洲正子、伊藤若冲の記事は毎回担当)-
かれこれ、20数年前のこと。とある文士に連れられて、明治生まれの生粋の江戸っ子なのに、古きよき風情にひかれて京都に移り住んだという伝説の古美術商のもとを訪れたことがある。彼は店を構えずに商いをするという目利きだった。見るからに質のよい着流しを粋に纏い、やせこけた風貌とは裏腹の鋭い視線に圧倒されていると、ふと「お前さんは鯖寿しは好きか?」と聞かれた。「はい」と答えたら「それなら京都では出町柳(でまちやなぎ)の満寿形屋に行け」と言われて訪れたのがこの店の原初体験だった。
鯖寿しをつくり続けて80余年の歴史があるという「満寿形屋」の鯖寿しは、白板昆布と山椒がのせられている。鯖寿しが2つ付くうどんセットもある。棒寿しを持ち帰りして車中のお供にするのもおすすめ。
翌日、さっそく自由になる時間ができたので出町桝形(でまちますがた)商店街を散策すると目当ての店はすぐに見つかった。しかし、見れば「すし・めんるい」というユルイ看板を掲げたただの食堂ではいか。ここで本当においしい鯖寿しがいただけるのだろうかと、暖簾をくぐると店内は本当に地元密着型の食堂で、いいだしの香りに誘われてか客の多くはそばやうどんをすすっている。麺類に眼がない自分も「ここは好物のカレーうどんでも」と思ったが初志貫徹。壁に掲げられた鯖寿しの文字を確認して注文し、ひと口食べて驚いた。脂ののった肉厚の美しい鯖寿しは、酢のうまみを上品に効かせた鯖と酢飯の取り合わせが絶品至極だったのである。鯖街道の終着という立地にふさわしい、そして京都の食の底力を存分に味わわせてくれる体験で今も強烈に印象に残っている。