そこまでする?地下トンネルに、上着に詰め込む禁制品!「抜荷」と長崎奉行所の仁義なき攻防戦
その地に、今なお現存するのが。
長崎奉行所の判決記録『犯科帳』だ。
寛文6(1666)年から慶応3(1867)年の幕末まで。
およそ200年間の記録で、全部で145冊ほどになるという。
当時の膨大な資料が、原爆の被害を受けた長崎に残っているのは、
まさに奇跡と言っていいだろう。
『犯科帳 長崎奉行の記録』(森永種夫著)によると。
前後通じて犯科帳に記録された犯罪の数は、約8200余件。
そのうち一番多い犯罪はというと。
──「抜荷(ぬけに)」
今でいう「密貿易」のことである。
当時の長崎では。
一攫千金を夢見る有象無象が。
甘い花蜜に群がる蝶のように。
引き寄せられては、散っていったのである。

